第37話「グール上位種」
ギィィィィイイ……。
不気味な軋み音を立てて開かれる扉。
閂は落とされており、手で押すだけで開閉する──。
「
封印された扉の先、
第八階層は、どこか
空気の流れは淀んでいるが、格子のついた穴が所々開けられており、地上までつながっているという。
だが、しんと静まり返っている空間に新鮮な空気など望むべくもなく。
埃と黴の匂いが充満した空間は異様な雰囲気が漂っていた。
しかし、思っていたよりも
どこか人の気配がかすかに感じられるところを見るに、たまに人の出入りがあるのかもしれない。
(ま。……まだ第8階層だしな。一応墓守も入る区画だ──)
たまに消し忘れの蝋燭が揺れて居たり、
持ち込まれた、お供え物の花が妙に際立つ
それが逆に気味が悪くもあるのだけど……。
「そろそろ、
先ほどまでと変わり、なんとなく空気が重くなり始める。
チラリと視線を向ければ、
数々の横の通路は行き止まりで、そこに空いた無数の穴の中には
そして、見るまでもなく、あれは包帯に包まれた死体なのだろう。
「ったく、ゾッとしねぇな……」
この地域の安置の仕方は、横穴を掘り、その壁面に人が一人入れる穴をくりぬいて足からすっぽりと押し込む形式だ。
これなら、這い出ようにも身動きできないから──という理屈らしい。
もっとも……、死体が這い出ることが前提なのが怖い。
また、身分が高く生前に大金を寄付しているような人物の墓になると、その横穴のリーダのような安置のされ方をする。
具体的に言えば、横穴のど真ん中に棺を置いてそこに安置してもらえるのだ。
つまり、横の通路に開けた横穴がいっぱいになると、その通路をふさぐように棺を安置して蓋をする。
こうして、壁に埋め込まれる有象無象と通路を塞ぐ金持ちの棺で、無数の通路を埋めていくのだ。
おかげでどこの景色も似たようなものばかり。
その割に、岩盤に当たるたびに、地下のあちこちに掘り広げるため、まるで蟻の巣だ。
「気配探知には──……ネズミ程度かな? さすがに、グールはいないか」
もしグールがいるなら、さっさと狩り取ってクエスト完了と行きたいのだが、そううまくはいかない。
やはり、階下におりて、上位種を探すしかないだろう。
こんな場所にいるのは間違いなくグール系の魔物だ。
「………………ありゃ?」
そういえば、第8階層に降りた時からメリムの気配がない。
あれほどくっ付いていたくせに、いつの間にか逃げ帰ったらしい。
やはり「使用中」の区画は怖いのだろう。
「……まぁいいか。『自動戦闘』でどんな被害が出るかわからないしな」
スケルトンジェネラル戦ではティエラが傍にいた。
あの時は、たまたま彼女も無事だったからよかったが、『自動戦闘』中は意識がないので、どんな戦い方をしているのかわからない。
もしかして、無茶苦茶に刃物を振るって戦っているのかもしれない。
ともすれば周囲の人間を巻き込みかねないのだ。
「はぁ……
なんとなく口にした言葉。
後日それが実現することになるのは────まだ先の話。
「っと、第8階層はここまでか──」
そうして、第9層に続く扉の前に立ったクラウス。
ここも『使用中』の区画だ。
ここに来るまでにすでに第8階層は半分ほどが死体で埋まっており、かなり不気味な雰囲気。
正直、うんざり気味──。
だが、この先はそれ以上。
第9層が完全に埋まっているからこそ、第8階層を使用しているのだ。
……だが行かねば────。
中級への昇級には、クエストアイテムが必要なのだ。
少なくとも、試験に落ちてゲインに笑われるような事態だけは避けたい。
「次を待ってもいいんだけど……。ここで奴の思惑通りに負ければ、俺の
いってみれば男の意地だ。
くだらないと思うかもしれないが────……。
「……譲れないときもあるんだッ」
だから行く。
たとえ少々おっかなくても、勝ち目がある戦いに背を向けるわけにはいかない──。
ギィィィイイ……。
そうして、さらにさらに深層へ下っていくクラウス。
腐臭が黴の匂いと化し、
そして、明確な敵意のようなものが満ちる空間に足を踏み入れていく──……。
踏み込んだ瞬間、むわッ! と埃と黴の匂いが押し寄せてくる。
そして、
「うぇ……。ホントに非アンデッド化してるのかよ?」
第8階層までは、整然と収められていた死体群が、ところどころ散らばっていた。
しかも明らかに動いた形跡のあるものや、何かに
「だけど、気配探知には…………やはりネズミ程度? おかしいな──……少なくとも真下の第10階層には、上位のアンデッドがいるはずなのに?」
ここに足を踏み入れた時、確かに何かが這いずる音を聞いた。
少なくとも、ネズミより大きいものがいるのは間違いないはずなのだが……。
「──気配がないからって油断するなよ。俺の気配探知はそこまで高性能じゃないしな……」
耳に痛いほどの沈黙。
だが、無音ではない。
たしかに、何かが蠢くような妙な気配がする。
「……そろそろ、敵地ってことか」
シャキンッ!!
ようやく黒曜石に短剣を引き抜いたクラウスは、手に持っていた魔光石のランタンを腰に結わえ付けた。
これからは、いつ戦闘が始まってもおかしくはない。
カツン、コツン……。
石造りの床を叩くクラウスの足音だけが響き、掘り抜きの壁に自身の影が躍る。
そして、死体が散らばる第9階層を進み、あっさりと第10階層に到達。
ここから先は教会も管理していない放棄された地域──。
聖なる封印もすすけて風化し、守るものは頑丈な扉と閂のみ。
ここからが本当の死者の帝国だ────。
※ ※
カシャンッ!
奥を確認するため、扉に取りつけられている覗き窓を開けてみる。
小さな窓は難なく開いたものの、強烈な臭いが噴き出してくる。
「ひ、ひでぇ……」
内部はうっすらと明るく、霊魂が浄化されずに漂っているらしい。
ゴースト系は魔法で散らせるが、墓所の霊魂はダンジョンと違い、勝手に壁をすり抜けて出て行ってしまうため地下に残っていること自体が稀だ。
おそらく、弱い霊魂が残っている程度のなので、無視していいだろう。
それよりも霊魂の光に浮かび上がる内部の光景が、また凄まじい。
第9階層もひどかったが、この階層はまるで白骨デパートだ。
横穴から引きずり出された死体はバラバラで、何かに食い散らかされた死体の乾いた肉はなく、とっくに骨だけになっている。
「俺、……死んだ後は
こんなとこで何百年も放置されるくらいなら、どっかの見晴らしのいい場所で土に埋めてもらった方が何倍もいい。
「だけど、やっぱりグールはいないな?」
もっと奥なのか……?
このまま、覗いていてもしょうがない。
「たったの5体分のグールの素材でいいんだ……。落ち着いていくぞ」
閂を外そうとするも、やはりここも閂が落とされていた。
(こんなとこまで誰かが……?)
それを訝しく思いながらも、ゆっくりと扉を開けていく。
ついに「使用中」区画から、「
教会が管理を放棄した地下墓所の一角。
……上位のアンデッドが蠢くと言われるその場所へ。
ギィィィィイイイ…………。
「…………何もいない?」
カンテラをかざして内部を覗き込むクラウス。
念のため、扉の脇をすぐ裏側も確認するも、アンデッドが潜む気配はない。
「ち…………。向こうからこっちに来てくれれば、狩りやすかったんだけどな」
クラウスの計画では、入り口付近にたむろしているであろうグールを少数ずつ第9階層に誘い込んで、一体ずつ仕留めるつもりであった。
そうすれば、『自動戦闘』の発動可能な、「一度は交戦」という条件を達成できるはずであった。
だが、思惑が外れて敵がいない。
「うーん……もしかして、それ程数はいないのか?」
第9階層までは教会が定期的に浄化しているという。ときには冒険者の護衛をつれていくこともあり、だからこそクラウスはこの地下墓所の存在を知っていたのだ。
もちろん、下級冒険者でしかないクラウスが地下墓所への護衛任務を受けられることは一度もなかったけどね。
「まぁ、数がいないならさらに下の階層に行ってもいいかもしれないな。横穴はあるけど、基本通路は一本道だし」
散らばっている死体を躱しながらそっと第10階層に潜り込んだクラウス。
すると、クラウスは持つカンテラの光を怯えるように、奥の方でフワフワと頼りなげに踊っていた霊魂が逃げるように墓所の奥へと飛んでいった。
……それはまるで誘われているかのよう。
「いやーな感じ」
シンと静まり返った墓所を進むクラウス。
第10階層に入った時から痛いほど視線を感じるのに、何の気配もない。
あるのは、ぶちまけられた死体だけ────ここが神聖な教会の地下だなんて誰が思うだろうか?
そうして、第10階層の中ほどまで進んだ時、
ガッコォォォォオオオン!!
「ひぅッッ?!」
突如、大音響は大層内に響き渡り、クラウスの背中が跳ねる。
(な、なななななな、なんだ今のは?!)
「メリム?!……メリムお前か? 悪戯はよせッ!!」
入口の方から聞こえたぞ?
もしかして、逃げ帰ったメリムが引き返してきたのだろうか……。
「メリ──」
慌てて振り返ったクラウスは、この直後──凍り付く。
『ウギギギギギギギギギ…………』
ヌゥー……。と横にある通路から顔を出したのは、しわくちゃに死蠟化した死体──。
「ぐ、グール?!」
待ち伏せ?
馬鹿な……!!
(ま、まずい! 後ろを取られた!! 位置が悪すぎるッッ)
慌てて駆け出すクラウス。
幸いにもグールの動きは、さほど早くない。
ならば、一当てして逃れる。
「邪魔だぁ!!」
のそり、のそりと横穴から這い出たグールがクラウスに迫る。
そこに、
「たりゃぁぁあ!」
当たった……?
ガッ!! と、骨を討つような感触を腕が捉える。
これで一撃────…………だけど、何だこの手ごたえ?!
スケルトンジェネラルでさえ、もう少し手ごたえを感じたというのに、コイツときたらまるで────ッッ!
ガシッ!
まずい!!
「ウギギギギギギ!」
「ぐ……コイツ?!」
のろくてとろいと思っていたグール。
だが、その手の動きは死体のそれではない!!
乾いた肉に突き立つ短剣をいともたやすく握りとる。
今まで見せていた動きがまるで演技でもあったかのように、素早く反撃。クラウスが突き立てた黒曜石の短剣を刃ごとガシリと掴むと、ブンッ! と体を振りぬかれた!
「ウギギギィ!」
「んな!」
うわっ!! と、悲鳴を上げた時には体がふわりと浮かんでいた。
低い地下墓所の天上すれすれまで舞い上がり十メートルばかり飛ばされると、
「ぐぁああ!」
バリバリバリ! と床に散らばる骨を砕きながら入り口付近まで跳ね飛ばされてしまった。
「いづづづづ……」
やってくれる……!
死体がクッションになっていなければ骨折していたかもしれない。
だが、それは幸運でもなんでもなかった。
せっかく入り口付近までぶっ飛ばされたんだからそのまま逃げようと起き上がったクラウスは絶望に顔を染める。
「なん、だと!!」
いつの間にかグールが三体!
さっきぶん投げられたやつとは別に、小柄の奴と大柄な奴。そして、女性タイプの二体が通せんぼするように立ち塞がっていた。
──
『ウギギギギギギギ……!』
『ゲギギギギギギギ……!』
まるで連携するかのように、獲物を誘い込みクラウスを罠に嵌めたグールの上位種。
それはまるで生前時のように、あたかも意思があるかのよう……。
(そ、そんな馬鹿な?! グールに知能があるなんて聞いたことないぞ?!)
あろうことか、扉を閉めやがった!!
さっきの入り口の音はこれか!!
「と、閉じ込められた!?」
ゲギャギャギャギャギャギャギャ!!
グギャーッギャッギャッギャッ!!
ボロボロの皮膚をうごめかしゲラゲラと笑うグールが4体!
こいつ等、狩りに手慣れてやがる!!
女性タイプは頬肉がそげそうなくらい大口を開けて笑う。なぜかまだ髪が伸びており、目玉もある。
その表情の恐ろしい事!
「くっそぉぉ……。どーりで教会が管理をあきらめるわけだよ!」
な、並のグールなんかじゃない!
だが、慌てない。
「慌てるなよ──俺」
すでに「一度戦闘した」からな──。
──ステータスオープン!
慌てて起き上がったクラウスはさっそく切り札を発動。
目の前の奴らを殲滅するべく動く。
「餌になると思ったら大間違いだぞ!!」
ブゥン……。
『自動戦闘』
※ ※
《戦闘対象:蟲毒化グール×4》
⇒戦闘にかかる時間「00:19:55」
※ ※
「こ、蟲毒化グール? 新種の上位種か──!!」
なんだこれ?
聞いたこともない種だぞ??
いや、それよりも……。
「ぐ……! 自動戦闘で20分も戦闘を?────」
大丈夫なのか、それ!?
これまでは長時間戦闘と言えばレッサーイビルバットくらいなものだった。
あれは空を飛ぶ種類ということもあり単純な相性の悪さだろう。
だが、今回は閉鎖空間で20分も戦うという。
それって、
それって、
……クラウスに可能なのか!?
「いや、迷うなッッッ!」
何度も何度も!
、【
「──とっとと、眠りさらせ屍野郎ぅぉぉぉぉお!」
「「「「ウギギギギギギギギ!」」」」
クラウスの叫びとともに蟲毒化グールも一斉に殺到する。
数十年ぶりの肉を貪り食わんとして────……。
しゃらくせぇぇ!!
「自動戦闘…………発動ッッ」
一瞬にして『自動戦闘』を発動ッ。
骨の破片が舞う中────次の瞬間、クラウスの意識は闇に落ちた。
……フッと意識がおちたあと、クラウスは覚醒する。
それは体感的には一瞬ののち────。
ガクンッ。
「ぶはぁぁぁ……! はぁはぁはぁはぁ……!」
クラウスは荒い息をついて、壁に黒曜石の短剣を突き当てていた。
「ウギギ……」
その刃の上には、蟲毒化グールの首が千切れて鎮座しており、二・三度ほど口をガチガチと動かした後、短剣で上下に分かたれていた体が地面に落ちる。
ドサッ……。
※ ※ ※
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
※ ※ ※
2レベルアップか……。
さすがに中~上級クラスの魔物なんだろうな。
「はぁはぁ…………はぁー」
カランッ……。
刃こぼれの目立つ短剣が手から滑り落ち、全身を筋肉痛が襲う。
一気にアップとか、どれだけ格上だったんだあのグールは!?
ゆっくりと首を巡らせれば、クラウスの周囲には4体のグールの屍がある。
無意識の間に、よほど激しい戦闘が行われていたのか床に散らばっていた白骨の類はもはや粉々になっていた。グールの死体?も四散して無茶苦茶だ。
「おぇ……。これは、きっつい……!」
起き上がるのも億劫だったが、またグールが出ないとも限らない。
「くそ、あと一体か……」
これだけ苦労してよやくい二体。
しかも、ただのグールではないらしく、蟲毒化グールという聞いたこともない種だ。
「はぁ、しんど~」
腰のポーション入れから高級ポーションと取り出すとかび臭いこの空間の中で一気に飲み干す。
そのまま俯いて、味わうように口に含んでゆっくりと嚥下していく。
これは以前、ティエラにいわれたことを忠実に守っている。
冒険者たるもの、高級ポーションくらいもっておけって──。
「ほんと、ティエラ先輩の言う通りだぜ──」
ぽいッ。パリン…………。
まるでたちに悪い酔っ払いのように、瓶を投げ捨てたクラウス。
ふと、その先に視線が行く──。
ッッ!!
「ホンッと、どうやったらアンタみたいなゴキブリが生まれるのかしらね……」
「お、おまッ!」
こ、コイツは?!
視線の先に、やたらと白い足が映り込み、慌てて体を起こすクラウス。
……な、なんでこいつが!!
なんでこいつが地下にいる?!
み、ミカ……。
「──ミカ……キサラギ! 『
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