第36話「最後のひとつ」
バチャバチャ……!
泥を撥ねる音をたてて、クラウスが荷車の位置に戻ってきた。
「ひっどい泥だな……」
『自動移動』後の意識が戻った時、クラウスは『東雲の深山』の麓にいた。
だが、その景色は昨日とは一変しており、一面が泥濘に覆われている。
一晩中降り続いた雪があっという間に解けたのだ。そりゃあ泥だらけにもなるだろう。
(さすがに、この足場じゃメリムも大変だろうな)
一度山を振り返るクラウス。
【
一応周囲をみてみるも、さすがにメリムの姿はどこにもなかった。
この分だと、『自動移動』中におそらく山中で巻いてきたんだろう。
自動で動くクラウスは、メリムの目にどう映っていたんだろうか……。
「……残り時間約7~8時間。その間に、採取。または購入して────数を揃えるッ」
残すアイテムは、
え~っと──────。
バシャバシャ、バチャ!!
「お、おのれ~……! めっちゃ早いやんけー! クラウスぅ!」
「……お、お前!? お前、すげーな」
目を丸くして驚くクラウスのもとに、ヘロヘロになったメリムがやってくる。
さすがに構う余裕はクラウスにはなかったが、メリムのガッツには正直驚かされる。
「ゲホゲホ……おぇぇぇ」
「お、おう。お疲れさん。疲れてるとこ悪いが、俺も試験の最中なんでな、……埋め合わせは今度するから、勘弁してくれ」
残す時間はあと半日。
そして、取らねばならぬクエスト品は────……。
「──すまんが、試験を優先させてもらうぞ」
「ぷひ~……。仲間だろぉ! おいてくなよー!」
すまん、メリム!
【
グッタリとしゃがみ込んだメリムを尻目に、
パラリっ……。
試験用紙を読み返す──。
〇 クルメルの実×5、
× グールの下顎×5⇒妨害により、失敗
?
〇 幻ナッツ×5、
?
? 彷徨う皮鎧の胸当×3、
?
? サラザールの簪×1、
残り5つのうち、1つだけ…………。
※ ※
洞窟スライムの濁り液は、おそらく不可能。
あれは採取場所が限られているので、先にゲインの手が回っているだろう。奴らがすでにダンジョンを正常化していると考えて動いた方がいい。
そして、『一角鹿』と『彷徨う皮鎧』も同様。
一角鹿は、狩場以外にも普通の山中や街道で遭遇することもあるが、非常に稀だ。
そして、「一角鹿」にクラウスは今までに遭遇したことがないので、『自動戦闘』で追うことも難しい。
……とすると、『絹蜘蛛』くらいしかいないのだが、「
つまり、時間的に不可能……。
「……くそッ! 八方塞がりじゃねーか!!」
イチかバチか「一角鹿」を探すか……?
──…………いや、厳しいだろうな。
「とりあえず、【
ゲイン達『
ダンジョンやフィールド外のモンスターを狩るという手しか、今は望めない。
──ゲインの野郎……。
(それもこれも『特別な絆』の妨害のせいで……)
ゲイン達のすました顔が脳裏に浮かび、一発ぶん殴りたくなってきた。
「だけど、まだチャンスはあるはず──」
ステータスオープン!!
『自動戦闘』
ブゥン……。
※ ※
《戦闘対象:
⇒戦闘にかかる時間「21:32:22」
※ ※
「く……! 昨日ならギリギリ間に合ったかもしれない距離か──。これは恐らく、近場の下級ダンジョンじゃない──別の狩場だな」
次だ、次だ!
※ ※
《戦闘対象:彷徨う皮鎧×5》
⇒戦闘にかかる時間「34:11:45」
※ ※
くそ!
…………次!!
※ ※
《戦闘対象:グール×5》
⇒戦闘にかかる時間「18:27:30」
※ ※
「くそぉぉッ!! どれもこれも時間が足りない……!」
自動戦闘を検証した結果。
近隣の魔物を最短距離かつ最適の方法で倒すことが分かっている。
そのうえで18時間以上かかると言っているのだ。
それ以下ではどうやって無理だろう。
なら、どうしろと──……。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…………!」
「なーよー。クラウスぅ? 別にスケルトンとかでもいいんじゃねーの? 洗ったっていえばわかりゃしねーって」
「お、お前な……」
呆れた理屈のメリム。
確かに彼女の言う通り、見た目は腐った死体の下顎でも大差はないだろう。
「そーゆーのは『偽造』っつうんだぞ!」
「わかりゃしねーって」
おいおい……。
「ギルドを甘く見るな。あれで、しっかりと見てるとこは見てるんだぞ?」
「──え~。じゃーどうすんだよ?……いっそ、その辺の腐った死体から下顎を失敬するか?」
「ばか! そんなことしたら、死体損壊で衛兵に逮捕されるぞ? 大体、そんな都合よく死体なんてあるか!」
つーか、怖ッッ!!
この子、シレッと結構
死体から下顎を失敬するとか、普通そういう発想が出るかッ?!
「死体、ねーの?」
「あるか馬鹿ッ! お前、ばーーーか!! 死体は普通、教会の地下墓所──……………………あ、」
……………………あったわ。
「ん? どーしたん? 野糞して、紙を忘れた学生みたいな顔して──」
「あった……。それだよ──」
つーか、どんな顔だよ……。
「え? 紙、か?」
「ばっか!!」
今、紙の話してなかっただろうが!!!
だいたい女の子が、「野糞」というないッ!!
まったくシャーロットといい、メリムといい……………………。え?
…………くんくん。
「おれ、臭い?」
「はぁ? べ、別に?」
だ、だよねー。
「…………って、それどころじゃないっつーの!」
「じゃ、なんだよ?? 情緒不安定か、クラウスぅ?」
「教会だ……」
「はぁ? 情緒不安定だからって、今さら教会でお祈りしてもどうにもならねーって」
「ばっか!! もう、お前バッカ!!」
黙ってろ、クソガキ!
恩人だけど、クソガキ!!
クソガキだから、クソガキ!
……誰が、祈りに行くかよ。!
なにが悲しくて、試験終盤でお祈りに行くねん?!──意味わからんわ!!
「…………教会へ行く目的は地下だ」
「ち、地下ぁ??」
そう。
教会……。地下墓所。
下顎────。死体損壊。
「え~~?! ま、ままま、まさか、教会の地下に潜る気か?!……クラウスが、さっき死体から取るのはダメっていったんじゃん!!」
「取るわけねーだろ。俺はサイコパスか!…………そうじゃなくてだな、義¥グール素材の当てを思いついたんだよ。」
そう。
『
「ま、まさか、クラウス……」
「あぁ、そのまさか、だ。町の教会の地下墓所は天然ダンジョンじゃないからな。先回りで正常化されることもない」
最後のクエストアイテム、
グールの下顎を入手するために、
「──街の教会、その地下墓所に棲息する──……グールの上位種を狩る!!」
※ ※
と、いうわけで。
「よ~し、到着!」
────バヒュン!! と、『自動帰還』で街に帰ってきたクラウス。
かなり時間を浪費した気もするが、まだ数時間を残して街に帰還することができた。
そして、なぜか汗だくのメリムも追従してきている。
「ぜーぜーぜー……。だか、ら。荷車乗せてくれよー」
荷車にもたれかかりぐったりとしたメリム。
【自動機能】のクラウスについてくるのだらか大したガッツだ。
しかし、時間もあまりないため構っていることもできずにクラウスはすぐさま目的地に向かう。
「お、おい! どこ行くんだよ? 僕、まだ街に詳しくなくて──」
「ついて来いなんて言ってないぞー」
「いーや! 行く! 僕の【直感】がついていけって言うんだよ!」
「へーへー。好きにしろ。ただし面倒は見ないぞ」
一瞬ためらうようにキョロキョロとしたメリムだが、
意を決したようにクラウスの背後についていくのだった。
そして、二人で教会に敷地に踏み入ると、
リンゴーン♪
リンゴーン♪
ちょうど昼を告げる鐘がなる。
ギュルルルルルル……。
メリムの腹も鳴る。
「う……」
珍しく顔を赤くしたメリム。
……しょうがない奴。
「ん」
「え? あ、ありがと!」
リズ特製のサンドイッチをムシリと半分にしてくれてやる。
少々固くなっていたが、味は悪くないはず。
「うめ!」
「旨い……」
行儀悪くモッサモッサと口にくわえながら厳かな雰囲気のある教会の敷地を抜けるクラウス。
……その背後にそれはひっそりとあった。
教会地下、
「冒険者です。はい、墓参り許可書」
手についたパンくずを舐めとるメリムとともに、入口を施錠している鍵を墓守から預かり、開錠。
建付けの悪い格子扉が嫌な音を立てて開いていく。
「お、おい……」
「……メリム。もうついてくるなとは言わないけど、邪魔だけはするな。俺にはお前への恩はあるけど、お前の人生の面倒を見る気はないからな」
「わ、わかってるよ……。だけど、こんな気味の悪いとこに入るなんて正気か?」
薄暗い地下墓所の階段を下りていく二人。
かび臭い匂いが内部からこみ上げてくる。
「決まってんだろ。もうここくらいしか
「討伐証明って……。こんな浅層じゃ、教会の神聖力でアンデッドは発生できないはずだろ?」
地下墓所に暗闇に怯えたメリムが、ピッタリとクラウスにくっ付く。
おっふ。なにか背中に──。
「あ、あぁ。だから、もっともっと地下を目指す。時間的には結構ギリギリかもな」
そういって、魔光石のランタンに明かりをともし、地下の入り口に掲げられている地図をメリムに見せてやった。
それは螺旋を巻くように下へ下へと続く地下墓所の地図。
「合計で地下15階層──……」
「ひっ」
ニヤリと笑うクラウスの顔の印影にメリムが怯える。
「ようこそ、辺境の町の地下墓所へ。……長年。この町の住民が葬られているからな。奥の方だけで数千体の遺体があるって言う、永年の一大集合住宅さ」
住民は永遠の眠りにつくか、起き上がって死肉を食らっているだけのアットホームなマンションです。
「あ、悪趣味なこと言うなよぉ……」
どうやらメリムは地下空間と言ったところが苦手らしい。
ちなみに、この地域全体では、死体を土葬や火葬にせず、防腐処理などを施して地下墓所に安置する習慣がある。
墓所は地下15階層で構成されており、
年々死体の数が増えているため、現在は地下15階層から8階層までが「使用中」となっている──。
「おえッ。……ひっでぇ臭い。僕こーゆーとこ苦手なんだよね」
「だったら、ついてくんなよ」
ヒタヒタとランタンの明かりに浮かぶ自分たちの影法師が揺れるのを、メリムがおっかなびっくり眺めている。
心なしか、距離が近い────というか、服の端をずっと掴んでいやがる。
「おい、離れろ。ここはまだ、死体は置いてねぇよ」
「だ、だって! うわ!! なんかいるーーー!!」
やかましいメリル。
彼女のいう「なんか」とは。
死体を安置する予定の横穴や横に続く通路が無数に掘られており、そこから怪しい目線がジロジロとクラウス達を追っているのだ。
「……ただの浮浪者だ。町のあちこちにある通風孔から勝手になかに住み着いている。ま、武装した冒険者には襲ってこないから安心しろ……多分な」
鋭い視線や、メリムを見る粘っこい視線を感じつつも、
そんな陰鬱な空間をテフテフと下っていく二人。
……それから数十分は歩いただろうか?
同じような風景をぐるぐると回っていただけのようだったが────。
「おっと、着いたぞ」
「へ?」
ついに「使用中」区画の第8階層に到着した。
そこには頑丈な扉が据え付けられ、内部からは空けられない様になっている。
つまり、
「…………ようこそ、死者の国へ」
「よ、よせよー」
※ ※
扉には、死者を慰める聖なる封印も施されており、
まるで牢屋のようにのぞき窓もついていた。
どうやらそこから、8階層の向こうがのぞけるようだ。
「ん……? なんで、閂が開いてるんだ?」
そこだけは定期的に教会の関係者の出入りがあるのか、入り口部に小さな明かりがついており、フラフラと揺れていた。
しかし、
明かりがついていうのもそうだが、なぜか閂が下ろされており、封印されているはずの扉が解放状態で放置されていた。
「だ、誰か入ったのか?」
「いや、どうなんだ? 墓守の爺さんは特に何も言ってなかったけど──」
くんくん。
不意にメリムが鼻を鳴らす。
「ん? なんだこれ? 香水の匂い??」
「はぁ? お前のか?」
「僕が使ってるように見える?」
「見えないな」
ムキ―!
「どういう意味だよ!」
「お前が聞いたんだろ!!」
それにしても、確かに香水の匂いだ。
まるで最近まで女がここにいたような痕跡────……まさかね?
「地下墓所のグール駆除のクエストでも受けた奴がいるのかな?」
「それって上級冒険者が受ける奴だろ?──あんまし実入りがよくないクエストだからほとんど塩漬けだって聞くぜ?」
そうなんだけどね。
な~んか、嫌な予感…………。
だけど──。
ガコッ……ギィィィイ────。
「い、行くのかよ?」
「ここまで来て帰れるかよ」
その先は酷く淀んだ空気が漂う不気味な静寂空間。
不法居住者もおらず、生きているものはクラウス達をのぞいて誰一人いない…………。
こここそが古き町の訪れるものもいない……
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