第33話「天候操作」
「おっと……」
あれ?
ここは………………??
グラリと、体の傾く感覚にクラウスに意識が覚醒する。
どうやら荷車の御者台の上で意識が戻ってきたらしい。
ブルヒヒーン!!
ついたぞ──とばかりに振り返る驢馬の首を軽くたたいてやり、周囲を見渡す。
そして、今さらながら体が冷え切っていることに気付き身震いした。
「うぉ……寒い!」
『東雲の深山』の特徴である、冷えた霧雨がしのついていた。
ここは鬱蒼とした山岳系フィールド。
動物系モンスターと自然素材が豊富に取れるフィールドのため、比較的人気が高い。
だが、今日は遅い時間に到着したこともあり冒険者の数はまばらだった。
「変だな? まばらは、まばらなんだけど……なんか、」
なんか変だな?
「ん? おい、アンタ──今から入山するつもりか?」
「お、おう。そのつもりだけど?」
フィールド入り口で野営準備をしている冒険者が、クラウスを見つけて声をかけてくれた。
「やめとけ、やめとけ。悪いことはいわねぇ、今日は無理しないほうがいい」
「は? なんでだ? 時間はちょっと遅いけど、まだまだ日は高いぞ?」
日没まであと2~3時間はある。
入山に向いた時間帯ではないが、魔光石(極大)から作ったライトもある。
下級の狩場なだけあって、注意さえしていればそう危険な狩場でもないはず──。
「そうじゃねぇ。山の上を見てみな」
「上………………って、──うぉぇぇええ?!」
言われるままに、見上げたクラウス。
その視線の先には白い冠を被った『東雲の深山』が────。
「ゆ、雪?! この時期に降雪だって?!」
「おーよ、季節外れの雪だ。まったく、まいったぜ──昨日まで汗ばむくらいだったのによー」
そういって、寒い寒いと焚火の準備を始めた冒険者。
よく見れば、麓にはいくつものキャンプがある。
どれもこれも防寒装備がないため、下山を余儀なくされたらしい。
山岳系のフィールドでは、狩りや採取のため長時間の行動が主となるのだが、それがゆえに天候は最大の敵なのだ。
「う、嘘だろ、こんな時期に雪が降るなんて聞いたことないぞ!」
なんて、ついていない。
まるで、天候が意地悪をしているよう────……。
はて?
「…………………………天候?」
天候って、たしか────。
「い、いや。まさかな……」
まさか、……な。
『
チェイル……。
彼女のユニークスキルは、確か──。
「【天候操作】……」
いやいや。妨害のためだけにこんな真似をするはずが──……。
「ひぇー……。寒い寒い。まるで誰かが、わざと雪を降らしたみたいだぜ」
「まぁ、朝は蒸し暑いくらいだったしな。今日だけさ、たぶん」
「凍えちまうぜ、はやく一杯やろうや! っくしょん!!」
昇級試験に関係のない冒険者はのんびりとしたものだ。
だが、クラウスはそうはいかない。
こんな状況でも、進まざるを得ない事情がある。
「く。たかだか雪くらい……!」
甘く見るなよ。俺のユニークスキルは!!
「──結構優秀なんだぜ」
「お、おい! アンタ、まさか山に入る気か?! よせよせッ! 雪が降ったとなると、連中が出てくるぞ──」
(ご忠告感謝。だけど、譲れないね……!)
冒険者の忠告を尻目に、クラウスは【
「短時間の入山なら大丈夫なはず……」
薄手のマントを羽織、口元を隠すと、クラウスは大きく息を吸った。
「おい! 人の話を──」
ステータスオープン
ブゥン……。
スキル『自動資源採取』
※ ※
《採取資源:クルメルの実×5》
⇒採取にかかる時間「00:23:33」
※ ※
「よし! 近い────まずは一つ目のクエストを完了させる」
「おい、無茶するな!!──……ああ、もう!!」
お節介な冒険者が背後でギャーギャー騒いでいたが、クラウスは構うことなく、『自動資源採取』を発動する。
幸いにも、急激な気温の低下を受けたためか魔物の動きも低調だ。
(ふっ……。もし、チェイルの仕業だとしたら、裏目にでたな……!)
スキル『自動資源採取』。
「………………──発動ッ」
「お、追いついたー……」
意識が途切れる寸前、クラウスの視線の端に、ヘロヘロになったメリムの姿が見えた。
(タフなガキだな…………!)
顔を覆うほどの暖かそうなローブが少しうらやましく感じたその瞬間──……。
──フッと、いつもの【自動機能】を使ったとき同様に意識が飛ぶ。
そして、気付いたときには、両の手には、クルメルの実が5つ!
「よーし!! ノルマひとつ達成!!」
あっけなく手に入れられたことに安堵する。
周囲の景色も見覚えのある場所だ。つまり、さほど深いところにまで登っていない。
「『東雲の深山』に降雪があるとはいえ、どうやら山の頂上付近に限られるみたいだな。……むしろ、魔物のほうが寒さに参っているみたいだぞ?」
これは…………案外チャンスなんじゃないのか?
……おそらく、ほかの狩場はゲイン達に先手を打たれている。
だが、幸いにも『東雲の深山』には手が回らなかったのか、あるいはほかの理由があったかで正常化されていない。
代わりに、妨害としてチェイルのユニークスキルの【天候操作】で雪を降らせているのだろう。
正常化されず、狩場のフィールド化が維持されているなら、まだ『東雲の深山』にはクエスト
「問題は、時間と雪と入手難易度か……」
ここで採取できるクエスト
しかし、やっかいなことに幻のナッツは高山に生える木の実だ。
つまり────……。
「頂上付近にしかないよな……」
念のため『自動資源採取』で採取時間を確認すると、約2時間程度。
おそらく、山の上までの移動距離がその大半なのだろう。
どうするか思案しているとそこに、
「ひーひー……きついぃぃ!」
「……お前?!」
メリムがぜいぜいと肩で息をしながら追いついてきた。
「馬鹿! さっさと引き返せ! この先は危険だ!!」
「う、うるさい! お前が僕の前を歩いているんだ!」
コイツ……。
「付きまとっても、俺はお前のクエストの面倒は見ないし、仲間になる気もする気もないぞ!」
「ち、ちがわい! お前が勝手に────」
あーもう! 勝手にしろ!!
コイツに構っていられるか!!
「警告はしたからな! これ以上付きまとっても、命の保証はできない」
本気でこの先は危険だ。
おそらく、降雪の中ギリギリの旅程になる。
下手をすれば死の行軍だ……。
「うぅー……!」
ガチガチと震えるメリム。
ローブは羽織っているが、軽装でとても雪山を踏破できるものではない。
しかも、これしきの登山でゲッソリしているのだ。
そもそもが冒険者に向いていないのではないか?
どうやってか知らないけど、昇級試験を受けるくらいに実績は積んでいるみたいだけど……。
「俺は言ったからな! あとは知らんぞッ」
そうだ……。
コイツに構っている時間はない。
さっさと、幻のナッツを手に入れよう。
「ぼ、僕は──」
「────発動ッ!」
スキルのクールタイムが終わるや否や、クラウスは躊躇せずに『自動資源採取』を使用した。
※ ※
《採取資源:幻のナッツ×5》
⇒採取にかかる時間「02:19:45」
※ ※
その瞬間、視界が暗転し、僅かな時をもって意識が覚醒する。
そして────。
ビュゴォォォオオオオオオオ……!
「く……!」
思わず開いたばかりの目を閉じる。
その瞬間、瞼が凍り始める。
「な、なんて寒さだ……!」
目を開けることもおぼつかず、クラウスは手元にあるであろう幻のナッツを鞄にしまうと、手探りで周囲の状況を確認し始めた。
どうやら、木立の中にいるようだが、風は防げず叩きつけるような吹雪に充てられる。
「まずい……! ひ、火を……」
思わずしゃがみ込み、簡単な雪濠を作ると、地面から顔を覗かせる木の枝を搔き集めて火をつけようとする。
下級魔法Lv1の「
「ふ、ファイア! ファイア!」
く…………!
そうこうしているうちにどんどん吹雪が強くなり始めた。
まずい……。まずい!!
「ファイア……! ファイア! あぁ、くそ!!」
火種が湿気っているのだろう。
まったく火がつく気配がない。
(いっそ、一気に下山するか…………?)
指の感覚がなくなるほどの冷気に晒され、クラウスの思考がぼんやりと濁り始める。
そこに追い打ちをかけるように、
「「「ごぁぁぁあああああああああ!!」」」
思わず震える背中に、慌てて気配探知で索敵を開始するも。
「しまった! 囲まれている……?!」
慌てて探った周囲の様子は、完全にこちらを補足している魔物の姿を捉えていた。
しかも、抗戦したことのない相手らしく、気配探知では敵の様子がいまいちわからない。
(くそ……! いつもなら、すぐに周辺探知にとりかかっていたのに──)
寒さの余り、単純なミスをした自分が呪いたくなる。
それ以前に思考がまとまらない……! 寒さで脳幹が痺れるかのようだ……。
「く……。ど、どうする?!」
引くも行くも出来ずに、ただ、だだ硬直するクラウス。
いつもならできる判断がすぐにできない。これは、意識低下の兆候がすでに現れていた。
最悪の環境のなか、
敵に取り囲まれるなど、本来あってはならない事態だ……!
しかもソロで活動中に!!
「いや……! お、落ち着け──。落ち着け、俺」
今は最善を尽くすことが先決で、後悔はあとでいい!
(クソ。こんな時──背中を預けられる仲間がいれば…………!)
チラリと、脳裏にメリムの騒がしい姿が思い浮かんだが、頭を振ってそれを追い出す。
それよりもまずは敵を確認する────。
「「ごぉぁっぁあああああ!」」
ズン、ズン、ズン……!
「あ、あぁ……」
や、やばい……!
やばい──!!!
「ごぉぁあああああああああああああああ!!」
ビリビリビリ!
吹雪を突き破るほどの声量で叫んでいるのは巨大な白い人影────。
こ、コイツらは────?!
じ、
「ジャイアントフット!!」
ズゥン!!!
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