第32話「妨害工作」

 ゲラゲラ笑いながら去っていくグレンの背中を見ながら、

 クラウスは一度気持ちを落ち着け、狩場の一角に腰を据えて次の行動を考えた。


「……このぶんだと、洞窟ケイブスライム、一角鹿、さまよう皮鎧と絹蜘蛛シルクスパイダ―のほうも手を回されているだろうな」


 どうやら、本格的にクラウスの妨害にで始めたらしい。

 ギルドでのやり取りが気に食わなかったのか、元からそのつもりだったのかはわからないが、事実としてグールの素材の回収は困難となってしまった。


「先回りしたいところだけど……」


 無駄に人材だけは豊富な『特別な絆スペシャルフォース』の連中だ。

 グレンが『暴かれた墓所』を制圧し、ダンジョンを正常化してしまった以上──あそこ『特別な絆』にいたメンバーのチェイルとミカも、すでに先回りしている可能性が高い。


 さすがに全員ではないとして──ゲインくらいは、シャーロットのサポートについていると考えても、

 3人以上のAクラス冒険者が妨害に回ったと考えるべきだろう──……。


「ひとまず、モンスター素材は諦めよう。狩場が限定されている以上、妨害のリスクが大きすぎるからな」

 時間も有限だ。

 それならば、分布域の多い・・・・・・採取品のほうが勝ち目がある。


 なにより、ゲイン達は『自動資源採取』のことを知らない。

 このぶっ飛んだ性能があれば連中の裏をかくことができるはずだ。



「とすると──」



 ステータスオープン


 ブゥン……。


 スキル『自動資源採取』


 ※ ※


 《採取資源を指定してください》


 ●草木類←ピコン

 ●鉱石類

 ●生物類

 ●液体類

 ●その他


 ※ ※


「あった……!」


 ※ ※


《採取資源を指定してください》


 ●草木類

  ⇒クルメルの実、幻のナッツ………………etc


 ※ ※


 クエストアイテムの素材はかつて一度手にしたことがあるものばかりだった。

 おかげで採取時間が分かるのだが……。


「クソッ……! 幻のナッツは随分遠いな──」


 お高い食べ物。貴族御用達のオツマミである「幻のナッツ」は、高山系フィールドに生える素材だ。

 この近辺なら『東雲の深山』にあると聞くが、あいにくと足を運んだことはほとんどない。



 行くだけならできるが、採取となると──。



 ブゥン……。


 ※ ※


 《採取資源:クルメルの実×5》


 ⇒採取にかかる時間「04:12:27」


 ※ ※


 《採取資源:幻のナッツ×5》


  ⇒採取にかかる時間「08:03:32」


 ※ ※


「く……。効率よく採取しても、半日はかかる距離だと?」


 どちらも山岳系フィールドだ。

 こうした短期での採取に向く素材ではない──……いやらしいクエストだな、おい!


 そこにクイクイと服の裾を引っ張る小さな影。


「なーなー。どうすんだ? さっき色々聞いてきたんだけど、この辺を上級の冒険者が『狩場荒らし』をしてまわってるらしいぞ? クラウスー……なにがどーなってんだ?」


「うるさいッ、お前は自分のことを考えろ」


 メリムの絡みにすら構う余裕のなくなったクラウスは、すぐさま自動資源採取を発動し、素材の確保に動き出す。


「悠長に狩場まで行っている暇はないな……。リスキーだが、はなっから【自動機能オートモード】頼りで行くか?」

 ブツブツ……。


「お、おい! もう行くのか!? ちょっと休もうぜー」


 メリムが何か言っているが無視。

 それよりも時間があまりない。


「賭けになるが……。このままでは連中の思うままだ」

 ──危険は承知。

 【自動機能オートモード】の欠点は、スキルが終了した段階で、無防備な状態で意識が戻ることだろう。

 遠距離から【自動機能】を使用すると、使用後の様子が全く予想できない。……下手をすれば、周りを魔物に囲まれている可能性も十分にありうるのだ。


 ……だが、リスクを恐れていては何も得ることはできない!


「しょうがない……。まずは比較的安全な『クルメルの実』から回収しよう」


 幸いにも、クルメルの実は山岳系フィールドならどこにでも生えている素材だ。

 例の『幻のナッツ』が生えているといわれる『東雲の深山』にもあるはず。


 ならば、目的地を『東雲の深山』とし、そこで『自動資源採取』をした方が効率がいいな。

 いくらゲインたちが妨害をしたとしても、自然採取のクエスト品の妨害にまでは手が回らないはずだ。

 広い山岳フィールドで、素材回収を妨害するなど非効率極まりないからな。


 それに、『東雲の深山』は単純に遠い……!


「……よし! 東雲の深山に行く」

「え? おいおい! あんな遠いとこまで行くのかよー」


 メリムを完全に放置してクラウスは、人目も憚らず『自動移動』を開始。



 ──スキル『自動移動』!


 ブゥン……。


 ※ ※


 《移動先:東雲の深山》

  ⇒移動にかかる時間「03:46:52」


 ※ ※


「いくぞ──────自動移動、」

「おーーーい! 乗せてくれよー」


 ほざけッ


 ユニークスキル【自動機能オートモード

 『自動移動』発動ッッ!!



 その瞬間、フッとクラウスの意識が飛んだ。





※ その頃……。『特別な絆』陣営にて── ※


 ガチャ!


「よぉ! 近場の狩場は全部潰してきたぜ」

「あぁ、ご苦労さん」


 そういって、ギルド内の会議室を借り切っていたゲインが、狩場から帰ってきたグレンを迎えた。

 ニヤリと笑って彼を椅子に座らせると、報告を確認し、手元の羊皮紙にバツ印を加えていく。


「いいね。仕事の早い人間は優秀だよ」

「当然だろ? 下級の狩場なんて楽勝過ぎてあくびが出らぁ────くく、ゲインにもアイツの顔を見せてやりたかったぜ」



☆ ゲインのメモ帳 ☆


? クルメルの実⇒『小高い哨所』『朝露の草原』『東雲の深山』

× グール⇒『暴かれた墓所』『小さな古戦場』

× 洞窟ケイブスライム⇒『臭気の洞穴』『苔むす祠』

? 幻ナッツ⇒『東雲の深山』

? 一角鹿⇒『忘れられた小径』『赤い渓流』

× 彷徨う皮鎧⇒『小さな古戦場』『廃れた商いの道』

? 絹蜘蛛シルクスパイダ―⇒『朝露の草原』『霧の森』

? サラザールの簪⇒……町??


☆    ☆    ☆




「いいね。順調じゃないか──」


 クツクツと愉悦を浮かべ、アンデッド系の狩場を潰したことを確認。

 ……今頃、現地では途方に暮れた冒険者が正常化された狩場を見て嘆いていることだろう。

 もちろん、クラウスもだ。


「──こちらも終わりました」


 固い口調で入ってきたのは、鋼鉄の義手をつけ──体のラインを強調する薄い鎧に身を纏った女戦士。



 『特別な絆』の戦闘を担う、凄腕の女戦士──『赤い腕』のレインだった。



「さすが、はやいね!」

 上機嫌のゲインはさらに、羊皮紙に注記を追記していく。


「恐縮ですッ」



☆ ゲインのメモ帳(最新) ☆



× クルメルの実⇒『小高い哨所』『朝露の草原』

?        『東雲の深山』

× グール⇒『暴かれた墓所』『小さな古戦場』

× 洞窟ケイブスライム⇒『臭気の洞穴』『苔むす祠』

? 幻ナッツ⇒『東雲の深山』

× 一角鹿⇒『忘れられた小径』『赤い渓流』

× 彷徨う皮鎧⇒『小さな古戦場』『廃れた商いの道』

× 絹蜘蛛シルクスパイダ―⇒『朝露の草原』『霧の森』

? サラザールの簪⇒……町??


☆   ☆  ☆  ☆   ☆




「ふーむ……。順調じゃないか? あとは、『東雲の深山』かい?」


 ほぼすべての狩場に「×」が入る。

 この狩場の情報は一体……?


「あー……すまねぇ。あそこは、さすがに遠くて手が回らなかったぜ」

「……ご指示があれば、今すぐにでも」


 対照的な二人を見て苦笑いするゲインは、

「大丈夫だ。そっちにはチェイルを送っておいたからね」

「ははッ! アイツが?! ぶーぶー文句言ってたんじゃないか?」


 グレンは、チェイルの文句が容易に想像できたため、苦笑いしか出ない。


「そうだね。──やれ『汗をかくから嫌だの』『山は好きじゃないだの』と、まー。わがまま放題いってたよ」

「くっくっく。目に見えるようだぜ」


「はは。采配はリーダーの華さ。だが、山岳系フィールドなら、チェイルのユニークスキルで充分すぎるよ」


 ゲインは会議室の中に用意させた豪華な椅子に腰かけ、ワインで喉を潤す。


「へへ。そりゃ見ものだな。……カスのクラウスの奴は、これでしばらくは下級のままってか?」


「おいおい、酷いこと言うなよ? 「元」仲間だろ?────俺たちは、たまたま・・・・仲間のドロップ品を集めるために、狩場を攻略してしまった──と、ただそれだけさ。そう……たまたま・・・・、さ」


 そういって、最後の狩場である『東雲の深山』に向かったであろうクラウスを想像し、酷薄そうに笑う。


「へへ、言うねぇ。わざわざ【時空操作】で時間を止めてまで、クラウスの奴の試験用紙をのぞき見してまで妨害にいそしんでいるくせによー」


「はっはっは。たまたま・・・・見えたんだよ、たまたまさ」

「ぎゃははは! 都合のいいたまたま・・・・もあったもんだ」



 あーっはっはっはっはっはっは!!



 中級昇任認定試験はまだまだ中盤に差し掛かったばかり。

 そして、クラウスの予想通り、『特別な絆』の妨害工作は順調なようである……。




 ──……だが、彼らは知らない。



 規格外のスキルを持つ彼らにあっても、

 まさかクラウスのユニークスキルが予想外の進化を遂げていようなどとは…………。

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