第8話「ギルドマスターの目」


「うぅ……もうダメだ」

「お、お兄ちゃん?!────きゃあ、白い!!」


 家の前までたどり着いたクラウスは扉を開けることもできずにぐったりとへたり込む。


 いっそ、自動帰還を使えばよかったのだが、それすらも思いつかないほど真っ白に燃え尽きていた。


「リズぅ、お兄ちゃんはもうだめだー。あとは──たの、む」

「いやいや! 何を頼むか知らないけど、白い! すっごい白いから!」


 真っ白に燃え尽きたぜ。

 今日一日で人生の半分くらいの幸運を使い切った気がする。


「と、とにかく家に入って!……めっちゃ近所迷惑だから!」


 おっふ。リズさん、とても世間体を気にする子。

 お兄ちゃんの白さよりも世間の白い眼がきになるようで。


「もー。何この重さ! 鞄に何詰めてるのよ! 重ッ、臭ッ!」


 剥ぎ取ったばかりのロックリザードは強烈な生臭さだ。

 リズはそれを嫌って、物置にカバンを突っ込むと、同じくらいに汚いクラウスを裏庭まで引きずっていき、頭から井戸水をぶっかける。


「つ、つめてぇぇぇえ!!」


 クラウス、必死の思いで家に帰り、世間と義理の妹の冷たさに打ちのめされる……。


 ちーーーーん。


 そのまま気絶するようにベッドに潜り込んだクラウスはサメザメと枕を濡らしたとか濡らさなかったとか──。


「はいはい。そーいうのいいから朝ごはん食べて!」

「え? もう朝!?」


 昨日どうやって寝たかも覚えていないクラウスはがばっと跳ね起きると、窓の外を見る。

 すると、間違いなく朝だった。


「もー。最近のお兄ちゃんどうしたの? いつも、無気力で冒険者を続けてたと思えばなんか急にハキハキとしたり、真っ白になって帰ってきたり──」


 エプロンをつけてお玉を持ったリズが呆れた顔で腰に手をあち、クラウスの寝室に立っていた。


「おっふ、リズ。今日も可愛いね」

「ちょ……。頭大丈夫?」


 いや、だいぶ大丈夫じゃない。

 なんか、急激にレベルが上がったせいか精力に満ち溢れている。

 義理の妹だけどリズがやたらと可愛く見えて、催してしまいそうだ。


「な、何か目が怖いよお兄ちゃん」

「だ、大丈夫。大丈夫……。ヒッヒフー。ヒッヒフー」

「それ、赤ちゃん生むときだよ」

「うん。なんか生まれそう──」


 はぁ。


「思う存分産んだら食事にしてね。いつまでも片付かなくて困るんだから!」


 プリプリと怒るリズも可愛いなーなんて思いつつ、気を静めるため軽く体操をしたあと、クラウスは朝食を平らげで、いつも通りギルドに向かった。

 ちなみに朝食は最近羽振りがいいこともあって比較的豪華な朝食。


 焼きたての白パンに、ヒツジ肉をミルクで煮込んだコッテリシチュー。

 そこに卵とベーコンとレタスのセットがついて、果実のジュース付き。超旨い。リズちゃん百点──お嫁に欲しい。


「もう! からかわないでー!!」


 顔を真っ赤にして怒るリズのポカポカ攻撃を受けながら朗らかに笑うクラウスは、余裕の身のこなしで装備を整えるとドロップ品を担いでギルドに向かった。


 レベルアップのテンションそのままに、ギルドにつくと昨夜の注意事項も忘れて、ドーーーンとドロップ品を置いたものだからさぁ大変。




「な、ななななな────」



 ギルド受付、テリーヌさんの目の前には山となった矢毒ヤドリに、マンドラゴラ。

 そして、ロックリザードの討伐証明が積み上げられた。


「なんですかこれはーーーーーーーーーーーー!!」


 朝から大騒ぎになるギルド。

 大量の矢毒ヤドリだけでも大騒ぎなのに、マンドラゴラに、この辺では棲息を確認されていなかったロックリザードの素材まで。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょ~~~と、クラウスさん、奥まで来てください────っていうか、面貸せや」


 テリーヌさんが笑顔のままクラウスを連行。

 そのころになってようやく落ち着いてきたクラウスが内心青ざめながらシラを切る。


「お、俺なんかやっちゃいましたか?」

「そーいうのは勘違い勇者になってから言え────CAME ONカモォォオン!!」


 ズールズルと引きずられていくクラウス。

 その奥にはギルドマスターが控えているという、奥の間があった……。



 ※ そして小一時間 ※



「クラウス・ノルドール────Dランク冒険者」


 コトリ……。


 机に冒険者認識票を置き、矯めつ眇めつ眺めていた初老の女性が、そっとそれをクラウスに返す。

 彼女こそ、このギルドにその人ありと言われるギルドマスター、サラザール女史であった。


「は、はい……そ、そのぉ、」

「ふぅ。別に悪事でとらえたわけじゃないのよ。そんなに緊張しないで?」


 いや、そんなこと言われても……。


「まぁ、急に連れてこられちゃビックリするわよね────テリーヌ、もう少し慎重に行動なさい」

「は、はい……すみません。つい──」


 つい連行するなよ……。


「そ、それで何の用ですか?」

「んー……。正直何の用かと言われると、別にないのよ。さっきも言ったけど悪事を働いたわけでもないし、むしろ冒険者として精力的に働くアナタは賞賛に値するわね」


「ど、どうも……」


 ニコリと上品に笑うサラザール女史に曖昧に頷くクラウス。


「でもね────不審な点はあるわ」


 ギク。


「これ……。そう簡単に手に入るものじゃないの、それはわかるわね?」


 そういってテーブルに置かれていたのはマンドラゴラだった。

 金貨100枚クラスで取引されるものをDランクの下級冒険者が「チーッス」ってな感じで持ってきたらそりゃ不審も不審だろう。


「あ、はい」

「うん。で────」


 そこでキラリと目が光るサラザール女史。

 次に言葉は半ば予想できたので、グッと身構えるクラウス。


「どこでどうやって手に入れたのかしら?」

「──『嘆きの渓谷』で、たまたまです」さらりッ!


 と、淀みなく間髪入れず・・・・・・・・・に答えたクラウス。

 それをみてスゥと目を細めたサラザール女史は、ちっとも笑っていない笑顔で言う。


「へー……。たまたま・・・・下級の狩場で・・・・・・ロックリザード・・・・・・・が生息する場所から・・・・・・・・・下級の冒険者である・・・・・・・・・あなたが手にれたのね?」


 一つ一つ区切る様に、確認するように言うサラザール女史の迫力にグビリとつばを飲み込みながらもクラウスは頷く。

 ……というか頷くしかできない。


「ソーデス」


 だって事実だもん。

 他になんて言うのよ?


 ……たしかに【自動機能】のことは伏せていたが、聞かれてもいないことをわざわざ言う必要はない。


 誰が何と言おうが・・・・・・・・


 たまたま、

 下級の狩場で、

 ロックリザードが生息していた場所で、

 下級冒険者であるクラウスが手に入れたのだ。


 まっっっったくの嘘の一つもない。



「………………………………へぇ」



 じーーーーーーーーっと、痛いほどの視線を感じるが、他に言いようのないクラウスはなぜかキリキリと痛む胃にぐっと力を入れて耐える。


(な、なんなのこれ? 俺が何したって言うんだよ)


「……まぁいいでしょう。ギルドに不利益になることは何一つないわ。何一つね────今のところは、」


 やけに剣呑な雰囲気を持ってサラザール女史は言う。

 しかし、そんなに脅されてもクラウスには何かしでかす気など一つもない。


 あえていうなら、かつて外れスキルだなんだと、クラウスを突き放したギルドのスカウトどもに「ざまぁみろ」と言ってやりたいくらいだが、まだ時期尚早だ。


「じゃ、じゃもう行ってもいいですか? 今日も仕事があるんで……」

「いーえ、まだよ。まだ大事な話があるわ」


 だ、大事な話……?


「このマンドラゴラね。────今の時価で言うと金貨250枚が相場なのよ」

「にひゃ……?!」

 

 …………二百五十枚?!


「──えぇ、年々収穫も減ってきてね。どこも品薄なのよ……。で、」


 つんつんとテーブルの上のマンドラゴラを突くサラザール女史は言った。


「ぜひ、譲ってもらいたいんですけど──もちろん末端価格の250枚を払うってわけじゃないわよ?」

「そ、それはもちろん!」


 ギルドの買い取り相場なら、市場の半分ならかなり多い方だという。

 実際はもっと安い──。


 それでも、

 個人で売る方法よりは安全かつ確実だ。

 そもそも、クラウスにそのつてはないし、なによりギルドに貢献した方が冒険者としての箔が上がる。


「そうそれは嬉しいわ! うちでの買取なら──そうね……。色を付けて金貨65枚と言ったところかしら」

 65枚?!

「そ、それで結構です!」


 65枚でも相当な大金だ。

 もっと吊り上げる交渉もできるかもしれないが、【自動機能】のことを余り突っ込まれたくない。


「いいのね? 嬉しいわ────あ、だけどね、」


 ──ん??


「65枚とはいえ、そんな大金、ギルドではすぐ準備できないのよ」

「…………は?」


 衝撃的な言葉にクラウスの思考が停止する。



 ※ ※


 ギルドに払えないほどの大金。

 金貨250枚の価値のあるマンドラゴラ。


 ギルド買取で金貨65枚。

 それを、下級冒険者のクラウスが持ち込んだ────。


「金貨65枚は大金よ。ギルド中をかき集めれば払えなくもないでしょうけど……、それじゃ通常営業に支障をきたすわ」

 そりゃそうだ。

 人件費に、その他買取費用。それを欠いてしまえば信用問題に発展するだろう。


「──王都に早馬を送って、本部から資金を取り寄せてもいいんだけど……。それじゃマンドラゴラを証文一つでギルドが管理することになるの。それはあまり外聞がよくない……わかるでしょ?」


「あ、はい」


 証文でドロップ品を買い取るということは、ギルドが下級冒険者に借金を作ったということだ。

 それが、どれほど外聞が悪いかは詳しく聞くまでもないだろう。


「で、でも。それなら、それで……。その別に俺は────」

「いーえ。こっちが困るのよ。それで物は相談」


 いつもの迫力のある、有無を言わせぬ笑顔でサラザール女史は笑った。


「こちらで現物との交換条件を出したいのですけど、いかがかしら?」

「ッ!!」


 その言葉に反応したクラウス。

 現物支給ということはギルドが保有している大量の物資や武器と交換できるということだ。


 そして、それは今のクラウスにとって望ましい事でもあった。


「あら? 思ったより乗り気みたいね──……もしかして、ギルドから買いたい物でもあったのかしら?」

「い、いえ。そんなことは────ですが、その、なんでもいいんですか?」


 そういって足元を見られない様にゆっくりと探りを入れるクラウス。


「そうね。基本的にはここにあるものなら何でもいいわよ? さすがに禁指定されている薬物なんかや、人身売買は無理ですけど」

「じ、人身売買なんてそんな馬鹿な。それよりも欲しいものがあります」


 クラウスはこのチャンスを逃すことなく身を乗り出した。


「言ってみて。場合によっては下取り価格で売ってもいいわよ」

「ほ、ほんとですか!? じゃぁ、ぜひ────」





 ま、

「……魔石を売ってください!」

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