異世界転移に夢を持っていた俺の心を返せよ!!!

「な………なな……なんじゃここーーーー!!!!!!!」


 そう叫んだのは俺、神田楓純かんだかおる

 今の俺は、水色のパーカーにダメージジーンズ、靴は普通のランニングシューズというラフな格好をしていた。

 髪型は普通に黒色の短髪で、特に目立ったものは存在しない平凡男性だ。


 そして俺は、何故か周りが草原で緑一色の所に立っていた。

 青空が広がり、風が心地よい。普段なら気持ちがよく昼寝に最適なのだが、今はそうも言ってられない。


 俺がなぜこんな所に立ち尽くしているのか。なぜ、こんな所に1人でいるのか。

 頭を抱えその場にうずくまりながら、俺は考えていた。


「なんで俺は今……音楽室にいたはずじゃ……。それに、なんで青空が広がってんだよ。まだ夜のはずだろうが!!」


 空を見上げ、叫びまくる。




 俺は今、学校内を騒がしている七不思議の1つ。


〈音楽室の振時計〉


 について本当かどうかを、数分前に試したのだ。




 俺は夜中の学校に忍び込み、音楽室で4時44分44秒になるのを待っていた。


『よし、あともう少しで時間だ。本当に異世界に飛ばされるのかねぇ。もし飛ばされたら……、やっぱり最強になってたり、勇者になったり………。それはそれで美味しいな……』


 そう呟きながら音楽室で待っていると、振時計は4時44分44秒を指した。


『さぁ、何が起きる?!』


 期待に目を輝かせ振時計を見た。だが…………。


『……なんも起きねぇ。やっぱり噂は噂か。あぁ、最強勇者の夢が………』


 周りは何も変わらず、いつもの光景が広がっている。

 教室の隅にあるピアノが月光によって光っており、ベートーヴェンの絵画はじっと俺を見ている気がする。


『うっ……。と、とりあえず噂は試した事だし。俺はもう帰るか』


 音楽室には他にも七不思議があることを思い出し、俺は身震いしたあと急いで教室を出ようと歩き出した。


 ドアを開き、足を1歩廊下に出したら────


『えっ、えっ!?!? な!!!! なぁぁぁぁぁああああ!!!!』


 何故か教室の外にあるはずの廊下は綺麗になくなっており、俺はそのまま落ちてしまったのだ。






「そんで………。なんで落ちた先が草原なんだ?? もっ、もしかして……。これが噂の〈異世界転移〉と言うものなのではないか?! だったら俺は最強の勇者に!!!!」


 そう大声で叫び、目を輝かせながら周りを見渡したり、手から何か破壊光線などが出るか試した。他にも、近くに落ちていた木の棒を振り回したりなどしたが………結果は予想通りの……。


「何も起きねぇじゃねぇか!!!!!!」


 何も起きずに、俺は持っていた木の棒を地面へとたたき落とした。


「たくっ………。つーかこれ……、俺帰れんのか??」


 その場に寝っ転がり、流れている汗を拭いながらそう口にした。だって、このままここにいる訳にはいかない。

 親が心配しているかもしれないし、友達も俺を探しているかもしれない。



「とりあえず歩いて人が居ないか探すか……」


 そう考え、俺は再度立ち上がり歩き出そうとした。すると突然、太陽の光が遮断され目の前が暗くなった。


 後ろからは「グルルルル………」という、とても嫌な声が聞こえ、俺は冷や汗を流しながらゆっくり後ろに振り向いた。


 すると────


「で…………でたぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああ!!!!!」


 目の前には大型トラック並………いや、それ以上の大きさがある犬……違う。

 あれは、狼だ。


「あ、あの〜。俺は食べても美味しくないですよ?」


 狼を見上げながらそう言った。

 冷や汗が止まらず、顔がひきつってしまう。しかし、今はそんなことを気にしている暇ではない。

 目の前の狼は、今にも俺を1口で口の中に入れようとしているだろう。


 今は恐らく「いただきまぁす」と口にしてナイフを手に構えている状態だ。


「えっ………と。ご、ごめんなさぁぁぁい!!!!」


 意味もなく謝り、俺は狼とは逆方向に全力疾走した。すると後ろを振り向かなくともわかるくらい、大きな足音がこちらへと迫っている。

 後ろを振り向く余裕がなく全力で走っていると、お決まりな事態が起こった。


「あっ、って!!!!」


 大きな石に躓き、勢いよく顔面スライディングをしてしまった。ものすごく痛い。


「いたた。くそ、なんでこんなこと………に……」


 その場から立ち上がり顔を抑えていると、頭から水をかけられた。

 もちろんそれはただの水ではなく、先程の狼が垂らしたヨダレだった。


 汚いのと恐怖とでその場から動けなかった俺は、狼を見上げることしか出来なかった。


「あ……」


「ガウッ!!!!!」


 狼は大きな口を開き、鋭く白い牙で俺を食べようとしていた。


(あ………、さようなら俺の青春……)


 諦めた俺は涙を流しその場から倒れた。

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