第28話 ヘレナとデート
翌朝、俺は最寄り駅近くにあるホームセンターへと足を運んだ。
「なーんでうちまで来なきゃいけないのさ。しかもこんな朝っぱらから」
工具や木材を吟味している俺の隣でぶー垂れているのはシスターの格好した対怪物用兵器、ヘレナだ。昨夜、彼女が帰る前に明日の朝方駅前に来るようにと言い伝えておいたのだ。正直、あまり期待はしていなかったが、意外にもヘレナは待ち合わせ時間きっかりに現れた。
「文句を言うな。そもそも、ありゃお前が壊したんだろ。修理を手伝ってやるだけありがたく思えよ」
「女の子に金槌持たせようってのか?」
「お前が背負ってるその棺桶に比べれば羽根のように軽いから安心しろ」
必要な資材をミーシャから貰った予算内で何とか買い揃え、鳥野さんのとこから借りてきた軽トラの荷台へと積む。後は店に戻って営業時間前に扉を修復して取りつけるだけだ。
「帰る前にどっか寄って行くか?」
「え、いいのか?」
「ああ。ミーシャから金が余ったらどっかで食事でもして来いって言われているしな。二時間くらい駅前でもブラブラして行こうぜ」
「おおっ! さんせーい!」
軽トラをホームセンターの駐車場にしばらく停めておくことにし、俺はヘレナと街へと繰り出すことにした。休日の午前中ということもあり、駅前は色んな人で賑わっていた。若い男女たちは仲睦まじそうに手を繋いで歩いている。そんな中、俺は子供のように目を輝かせてはしゃぐヘレナに手を引かれてあっちこっちと店を転々とした。
「京介、プリクラ撮ろうぜプリクラ!」
ヘレナはゲームセンターを指差し、何かを催促している。が、俺にはその「プリクラ」と呼ばれるものが何なのかわからない。フランス語か何かだろうか?
「プリクラ? なにそれ?」
「お前マジかよ。プリクラも知らねーのか。説明するより実際に撮ってみた方が早いだろ。おら、さっさと機械に硬貨を入れろ」
ヘレナに言われるまま、俺はプリクラと呼ばれる謎の機械にコインを入れた。
「ほら、もっとくっつけよ。そんでカメラに向かってハイ、ポーズ!」
「お、おう」
向かい合わせで抱きつき、ヘレナはカメラに向かってピースサイン。ヘレナの小ぶりな胸が押し当てられ、その意外にも柔らかい感触にドギマギしているとセンターのカメラからフラッシュが放たれた。
「ったく、なにやってんだよ。ほら、もう一枚いくぞ。今度はもっとキュートに、ハイ!」
両の拳を軽く握り、口元のちょっと下辺りを隠してアヒル口。所謂「ぶりっ子ポーズ」でまたパシャリ。なるほど、このプリクラという機械はどうやら撮影機のようだ。
「ラスト一枚! なんでもいいから今度こそポーズを決めろよ! さん、にー、いち……」
「んなこと言われても……ええい、ままよ!」
最後のパシャリという音が聞こえ、何とか全ての工程を一通り終えた。俺は機械の外でジュースを飲みながらヘレナを待つ。「可愛くデコってきてやるからそこで待ってろよ」とだけ言い残し、嬉々として機械の撮影ブースの横にある別ブースへ入って行った。
「お待たせー。ほいよ、これお前の分な。つーか、このポーズ何なんだよ。もっと可愛いやつなかったのかよ」
「すまん。俺にはコレしか思い浮かばなかったんだよ……」
左手を広げ、人差し指を鼻筋に合わせる。そして右手をピーンと伸ばし体を固定。昔好きだった少年漫画のキャラがやっていた独創的で芸術的なポーズだ。受け取った写真にはちゃっかり「ゴゴゴゴゴ」の文字が書かれていた。わかってるねぇ、ヘレナさん。
「どーよ、京介。初プリクラの感想は?」
「慣れてないからか相当疲れたね。ヘレナはこれよく撮るのか?」
「マスターと街に出掛ける時だけな。ホレ、これがマスターと初めて撮ったプリクラ」
ヘレナはそういうと、スマホケースの裏側を見せてくれた。そこには、今と全く変わらないゼンさんとヘレナが写ったプリクラがいくつも貼られていた。あ、なるほど。これってシールになってるのね。
「お前との初プリはこの隣に貼ってやろう。有り難く思っていいぜ」
「はいはい、どーも。そんじゃ、そろそろどっかで食事にしようぜ。腹減っちまったよ」
時計は既に十二時を示していた。時刻は丁度お昼時。朝食を食べて来なかった俺は空腹を覚えていた。
「ちょっと待った」
ヘレナに袖を引かれ、立ち止まる。と、そこにはアクセサリーの露店があった。ヘレナは様々なアクセサリーを物珍しそうに見つめた。ロボットでも見た目は年頃の女の子。こういったものに興味を持ってしまうのも頷ける。財布を見ると六千七百円ほど入っていた。以前、ゼンさんが俺にくれた釣銭だ。ここで使う分には別に構わないだろう。
「どれか一個買ってやるよ」
俺がそう言うと、ヘレナは満面の笑みを見せた。
「いいのか!?」
「ああ。但し、あまり高いものはダメだぞ」
「わかった! んーと、えーと……じゃあ、コレ!」
ヘレナの選んだもの。それはシルバーのリングでもネックレスでもなく、星型の小さなヘアピンだった。値段にしておよそ三百円程度の品である。
「そんなんでいいのか? もう少し高くてもいいんだぞ?」
「うんにゃ。これがいい」
「そっか。じゃあ、すいません。これください」
店員に百円玉を三枚渡し、ヘアピンをヘレナへと渡してやる。店員の女性は「彼女さんに付けてあげてはいかがですか?」とにこやかに言った。やっぱ傍から見たら俺らはそういう風に見えるのだろうか。はにかみつつ、俺は店員からヘアピンを受け取り、ヘレナの前髪を少し分けてそこをピンで止めてやった。
「ど、どうよ?」
「うん。いいじゃないか。横分けもなかなか似合っているぞ」
「そ、そうか。あ、ありがとな。大事にするよ」
顔を真っ赤にして、俯いたまま背を向けてしまった。
「そ、そうだ。メシだったな。うちがよくマスターと行くレストランへ案内してやろう。ほら、行くぞ!」
そう言うと、ヘレナは再び俺の手を取る。しかし、しばらく待ってもヘレナは俺を引っ張らなかった。繋いだ手を見つめながら周りの男女と見比べている。若い男女たちは皆、指を絡めるように手を繋ぐか女が男に腕に抱きつくように組んでいる。
「おーい、ヘレナさん?」
ヘレナは手を離し、代わりに俺の右腕に抱きつくように俺の横に並んだ。俺の肘から先ほど味わった胸の感触が伝わる。なんでロボットなのにそこはそんなに柔らかいのか。
「……なんだよ、早く歩けよ」
頬を赤らめながらヘレナはそう言った。いや、お前が案内してくれないと場所わからないんだけど。
ゼンさんがよく通うというオシャレなフレンチレストランでランチを満喫した後、車を取って店へと戻った。最初は不満を漏らしていたヘレナも最初とは打って変っては非常に協力的だった為、修復作業は予定より早く終了した。
「まあ、こんなもんだろ」
丁度いい色合いの木材が手に入ったおかげで傷や繋ぎ目も目立たなく済んだ。蝶番も新しいのに換えたおかげで以前より開閉がスムーズだ。今思えば、以前のように重々しく軋むような開閉音はこの店の雰囲気に合っていて中々味があったのかも知れない。そう考えると少し淋しくもあった。
「んじゃ、うちは帰るついでにこの車を鳥野さんのとこに返してくるよ」
「おう。今日はありがとな。って、お前免許なんて持ってんのか?」
「へ? 何が?」
「あ、いや、何でもないです」
見ると、ヘレナは軽トラを片腕で軽々と持ち上げていた。流石はアンドロイド。とりあえず途中で落っことしてさえくれなければもう何でもいいや。
「ちょっとは仲良くなれたかな」
車を持って走り去っていくヘレナを見送った後、俺はポケットに手を突っ込むと、さっきヘレナと撮った写真シールが出てきた。俺にくっついて満面の笑みを浮かべるヘレナ。彼女の表情はとても機械とは思えないほど生き生きしていた。
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