第25話 月下の刺客
結局あの後、藤代さんが酔い潰れたおかげでパーティーはお開きとなった。俺とミーシャは店の最寄り駅で車を止めてもらい、夜風を受けながら夜道を歩く。車内から今に至るまで会話は一切無し。俺とミーシャの間に何やら気まずい雰囲気が流れていた。
「あ、あのさ……」
「言わないで」
「お、おう」
少し間隔を開けて俺の隣を歩くミーシャは若干突き離すようにそう言い放った。まあ、無理も無いか。こっちは未遂に終わったとは言え、あんなことがあったのだ。気にするなという方が無理な話だ。一度意識してしまったなら、尚更である。そういう意味では、あの時、俺をフッ飛ばしてくれた鳥野さんには感謝しないといけないかも知れない。
俺たちは、また黙ったまま店へ向かって歩く。時折強く吹く風は少し冷たい。どことなく、夏の終わりと秋の訪れを予感させた。
「ね、ねえ」
次に言葉を発したのは、ミーシャからだった。
「ん?」
「ううん! なっ、なんでもない!」
いくら互いに雰囲気に酔っていたとはいえ、あのアクシデントが無ければ唇を重ねていたのは藤代さんではなく間違いなく俺だった。女の子同士、しかも酒の勢いなら軽く笑い話で済ませられるが、男女の仲となるとそうはいかない。一時の気の迷いで何かが終わっていたかも知れないのだ。いや、もしかしたら始まっていたのかも。
ミーシャも同じことを考えているのだろうか。彼女の指は何かを探すように自身の唇をそっとなぞっていた。
「あー、もう! ウダウダ考えるのは止めた! いい? あたしとあなたの間には何も無かった。そしてあの時はお互いにどうかしていたの。だから、これからも今まで通り店主と従業員の関係よ。わかった?」
「お、おう」
「わかれば良し!」
半ば捲し立てるように、ミーシャはそう言った。思いっきり頭を掻き毟ったおかげで、せっかくキレイに纏めていた髪が崩れて台無しだ。まあ、こんな暗い人気の無い夜道で見ているものといえば真上で輝く月くらいだ。特別気にすることじゃない。
「京介、パス」
立ち止まったミーシャはそう言うと、俺に何かを投げて寄越した。猫のキーホルダーがついた見覚えのある鍵。それは間違いなく店の鍵だった。
「少し散歩でもしていくわ。先に戻ってて」
「おう、わかった。夜道は危ないから気をつけろよ」
「ヴァンパイアのあたしに夜道に気をつけろだなんて、なかなか面白いこと言うわね」
それだけ言い残し、ミーシャは歩いてどこかへ行ってしまった。
京介と別れたミーシャは、住宅街の中心にある公園へと足を運んだ。掃除も行き届いており、花壇には花もたくさん咲いている。そして中央にはきれいな噴水もあり、なにより夜中は人が滅多に通らないので、ミーシャはこの場所をとても気に入っていた。
ベンチに腰掛け、来る途中で買ったペットボトルの紅茶を一口飲み、夜空に浮かぶ三日月を見上げた。
「月が綺麗で本当に良い夜ね。あなたもそうは思わない?」
「ええ、そうね。でも、ヴァンパイアと眺める月ほど忌々しいものはないわ」
月明かりが照らしたのは、鎧を纏った一人の女だった。鎧と言っても板金鎧プレートアーマーのように全身をガッチリ包み込むものではなく、薄い銀の胸あてや手甲、具足などを着用しており、デザインは西洋甲冑のそれだが、かなり軽装だった。その下には修道服をアレンジしたと思われる制服を着ており、機動性を重視した装いであった。まるでファンタジー系のゲームから飛び出してきたキャラクターのようだ。
「単なるコスプレ趣味の
ミディアムショートのブロンドヘアーにブルーの瞳。胸元には見慣れない形のロザリオ。腰にはレイピアと思しき西洋刀を帯刀していた。凝った作りの篭柄と細身の刀身。見た目こそ頼りなく今にも折れてしまいそうな剣だが、人ならざる者であるミーシャには、それが常の域を超えた代物だとわかった。
「マルタ十字のロザリオと聖剣。聖ヨハネ騎士団の誇り高き騎士様が一介の菓子職人になんの御用かしら?」
「騎士が化け物の前に対峙する理由なんて、いつの時代も変わらないものよ」
名も知らぬ女騎士から離れたこの位置からでも、剣からは気味の悪い神聖な霊気が漂っていた。おそらくサン・ピエトロ大聖堂で洗礼を受けた物だろう。女騎士は鞘からそれを抜くと切っ先をミーシャの方へと向けてゆっくり構えた。
「この国で起きている吸血鬼絡みの連続殺人の件で聞きたいことがあります」
抜き身の刃が月光を受けて鋭く輝いた。剣から放たれる清浄の霊気は先ほどよりも強く、ミーシャの柔肌をジリジリと焼くように強烈なものだった。
「話をする相手に刃を向けるという行為は、あなたの国では常識だったりするの? それとも、武器を握らないといちいち話も出来ないなんていう稀有な疾患でもお持ちなのかしら?」
「口を慎みなさい、ドラキュリーナ。いきなり斬られないだけでも有り難く思うことね。いくら夜の
「肝心の〝当てられれば〟の部分が抜けているわよ、お嬢ちゃん《バンビーナ》」
ミーシャの挑発に乗った女が爆ぜるように飛び掛かる。首狙いの躊躇無き横一閃。力強い踏み込みと身のこなしから見て、かなりの修練を積んでいるようだ。これならば並の化け物をも容易に討ち取ることも出来るだろう。
「なっ!?」
しかし、女騎士が剣を振るった先には既に敵の姿は無かった。
「悪くない太刀筋だけど、やっぱり当て損じては意味が無いわね。そして――」
声のする背後へと振り返った瞬間、真っ赤に輝く何かが頭上から振り降ろされるのが見えた。女騎士は咄嗟にそれを剣で受け止めたが、刀身はまるで枯れ木の枝のように折れてしまった。対化け物用に銀もいくらか混ざっているとはいえ、超硬合金を鍛えてダイヤモンドディスクで研磨した代物である。滅多な事で折れたり曲がったりするほど決して脆くはない。そんな逸品をへし折り、鼻先を掠めた攻撃の正体はどうやら手刀だったようで、力いっぱい刃にぶつけたせいかミーシャの手からは血が滴っていた。女騎士はただ折られた刀身を茫然と見つめていた。
「数打ちの模造品レプリカじゃあ月夜のヴァンパイアを相手にするにはちょっと心許無いかな? 次に遊ぶときは本物オリジナルを持っていらっしゃい。まあ、国宝級の聖剣は教皇が貸してくれるかはわからないけどね。それじゃあ、あたしはそろそろ帰るけどもう追って来ないでね」
女騎士は歯ぎしりをし、服の袖から短剣を一本取り出すと、立ち去ろうとするミーシャの背中に向けて突きたてるように飛び出した。
「例え剣が折れようとも、私の心は決して折れたりはしない! ヴァンパイア、覚悟!」
「……警告はしたからね。深追いするあなたが悪いのよ」
ミーシャの赤い眼光が闇に揺れた。襲い来る刃を右腕で振り払い、ミーシャは丸腰の女騎士に覆いかぶさるように押し倒し、女騎士の両手を掴んで馬乗りの状態で身動きを封じた。
「あたしも神様ほどじゃないけど慈悲深いつもりなの。だからもう一度だけ警告するわよ? これ以上あたしを追わないと誓うなら解放してあげる。あたしは人を殺すなんて野蛮な事はしたくないし、殺されたくもないの。オーケイ?」
女騎士は必死に抵抗するが、ミーシャの力は女性のそれとは比べ物にならないほど強く、万力のようにギリギリと女騎士の腕を掴んでいた。流石はヴァンパイアである。規格外の腕力も然ることながら、出血していた腕の裂傷も今は完全に塞がっているようだった。
驚異的な戦闘能力と回復力を前にし、一切の抵抗は無駄だと察した女騎士は全身の力を緩め、ミーシャの顔に目掛けて唾を吐きかけた。
「例え死んだとしても、我らは異教徒と化け物には決して屈さない」
「そう……ご立派な騎士道ね。でもバカよ、あなた」
ミーシャの瞳孔が垂直のスリット状になった。まるで獲物を捕える獣のような冷たい視線。双眸には明確な殺意が籠っていた。ミーシャは鋭い牙をガチガチと二~三度噛み鳴らし、女騎士へと目掛けて頭を思いっきり振り下ろした。
「あいたーっ!」
鋭い牙を喉元に突き刺すかと思いきや、意外にもミーシャが仕掛けたのは単なる頭突き。ゴチンと激しい音をさせ、マヌケな声を発した女騎士は額に大きなたんこぶ残して気を失った。
「ふふん、鳥野さん直伝の安眠ヘッドバットよ。このまましばらく寝ていてちょうだい。命は取らないであげるから、その代わり風邪引いても恨まないでよね」
打ち付けて赤くなった額を摩り、その場を去ろうと踵を返した刹那、一陣の風がミーシャの横を通り抜けた。
「おーい、アン。こんなとこで寝たらダメだよ。風邪引くよー。おーい、アンジェリーナさんってばー」
突然聞えた第三者の声にミーシャは驚愕し、思わず足を止めて振り返る。気配、足音一切なくどうやって此処までやって来たというのだろうか。そこには、倒れている女騎士の名を呼ぶ謎の青年がいた。
長い銀色の髪を後ろで結んだ青年は、高身長で細身。それでいて、海外タレントのように整った顔立ちで一見すると女の子に見えなくも無い。歳は二十歳前後だろうか。大人びた外見とは裏腹に子供っぽい仕草や口調が目立った。青年はこちらに一切関心を示さず、気を失っている女騎士の顔をぺしぺしと叩いていた。
「……ダメだ、全然起きないや。どーしよう、困ったなぁ。帰り道はアンしか知らないからこのままじゃ下宿先に帰れないよ。おーい、起きてー。起きてってばー」
銀髪の青年はひとしきり女騎士を揺すった後は、その辺に生えている草をちぎってこよりのように女騎士の鼻の穴に入れてくすぐり攻撃を始めた。
「ふぁ……ふぁ……ふぁ……! うーん、むにゃむにゃ」
「ありゃ、くすぐりの効果もイマイチか。うーん、仕方ない。ねー、そこのお姉さん。ちょっと手伝ってくれない?」
「あ、あたし?」
不意に呼ばれ、ミーシャは呆気にとられた。青年の装いは倒れている女と同じく聖ヨハネ騎士団のものだ。腰には先ほどミーシャがへし折ったのと同様のレイピアを帯刀しており、加えて彼女の名を呼んでいたことからどうやら女騎士の仲間であることは間違い無さそうだ。だとしたら、向こうもこちらがヴァンパイアだと気付いていないはずがない。油断を誘っていきなり襲って来るかも知れないと危惧したが、不思議な事に青年からは一切の殺気や闘気というものが感じられなかったのだ。ミーシャは一応の警戒を維持しながら青年の指示に従ってみることにした。
「ね、ねえ。あなたコレ本気でやるつもり?」
「だって起きないアンが悪いんだもん。荒療治ってやつ? それじゃ、打ち合わせ通りせーのでいくよー」
ミーシャは女騎士に対して罪悪感を覚えた。自分が気絶させなければこんなことにはならなかったのに、と。しかし、あの場合そうするしかなかったのだ。そうしなければ、どちらかが命を落とすまでやり合っていただろう。良かれと思って取った行動も、まさかこんな風に裏目になるとは思わなかった。
青年は今、ミーシャの向かいに立ち女騎士の両腕を持ちあげている。ミーシャはといえば、反対に両足を持ちあげている。言われた通り、互いに反動をつけて地面から五センチほど浮いている女騎士の体をブランコのように揺らす。そして、そのすぐ横には噴水のある大きな池。ミーシャは神に祈った。「どうかこの者を風邪から御守りください」と。
「いっくよー、せーのっ!」
女騎士の体は勢いよく宙を舞い、ほどなくして大きなしぶき上げて噴水の中へと着水した。
「ぷはっ! ちょっ、冷たっ。なに!? 一体なんなのよ! あぷっ、溺っ、溺れる! ゴボゴボッ!」
「あははは、見て見て! アンったらチョー必死だよ!」
「……」
ミーシャは愕然としながら思った。この二人は本当に仲間なのだろうかと。浅いとは言え、気を失っていた状態から噴水の中へ放り込まれればパニックになるのは当然。ばしゃばしゃと溺れたように慌てている女騎士とそれを見て本気で笑う青年。滅多に見られないレアな光景だが、そろそろマズイのではないだろうか。今や女騎士はもがくことさえ止めて顔を水に浸してピクリとも動かない状態だった。
「ね、ねえ。目を覚ましたみたいだし、そろそろ助けてあげたら? 彼女、明らかに溺れているわよ。このままだと二度と目を覚まさなくなるかも」
「何言ってるのさ。こんなに浅い場所で溺れるわけないじゃない。海や川じゃないんだから」
「いや、すごく稀で極端なケースだけど水深一センチ程度の水溜りでも人間は溺死する場合があるわよ」
「……本当に?」
「……ええ、本当に。現に彼女が顔を浸けている水の周りに気泡が出て無いわよね? 既に呼吸をしていない何よりの証拠だと思うんだけど」
見る見るうちに青年の顔から血の気が引いていく。どうやら本当に知らなかったようだ。慌てて池に飛び込み女騎士を引きずり上げると必死に腹を押して水を出そうとしていた。
しかし、救命措置の仕方も知らないとはどういうことなのだろうか。本来、聖ヨハネ騎士団とは旅の道中で怪我や病に倒れた巡礼者たちの介護や保護を担っていたとされ、別名ホスピタル騎士団とも呼ばれていたはずなのだが、この様を見ていると病院の名が聞いて呆れる。面倒なのでいっそほっといて帰ろうかとも思ったが、自分も片棒を担いでしまった手前、もし死なれでもしたら非常に寝覚めが悪い。ミーシャは嘆息を吐きつつ、青年の代わりに人工呼吸を施すことにした。
「はぁ……自分にも責任があるとはいえ、初対面の女。しかも命を狙ってきた刺客とキスをすることになるなんてね。いいえ、余計な事は考えてはダメよ、ミーシャ。女の子はノーカン。そしてこれはキスじゃなくて人工呼吸。あくまで人の命を助ける崇高な行為であって断じてキスなんかでは――」
「何ぶつぶつ言ってんのさ! はーやーくーしーてーよー! アンが死んじゃうよぉ!」
青年に急かされて意を決したミーシャは気道を確保し唇を重ねて息を送った。ゆっくりと深く、一定のリズムで。そして一番注意すべきは誤って牙を突き刺さないことだ。ミーシャが何度か息を送ってやると、女騎士の指が微かに動き、咽るように水を吐きだし自力で呼吸を始めた。とりあえずこれで一安心だろう。
「よかったぁー、アン! 生きていたんだね!」
「ケホッケホッ、こっ、この馬鹿エルク! あんた何考えてるのよ! 本気で死にかけたんだからね!」
嬉し涙を浮かべて抱きつく青年をグーで殴り飛ばす女騎士。助けたミーシャはすっかり蚊帳の外だった。
「あの……、そろそろあたし帰っていいかしら?」
「はっ!? さっきの頭突きヴァンパイア! エルク! 私のことは構わずそこのヴァンパイアを討ち取りなさい
「え? なんで?」
「なんでって、あなたね!」
「だって、君の命の恩人じゃない」
「そんなこと今はどーでもいいの。彼女こそ今回の吸血鬼事件の犯人よ!」
「えー、それはゼッタイ無いよ。だってさ」
青年はそう言うと、なんの警戒心もなくミーシャの間合いへと踏み入った。そしてミーシャに鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「確かにヴァンパイアではあるけれど血の匂いがまったくしないんだよね。あれ? でも代わりに甘くてすごく美味しそうな匂いがする。なんだろ? ほっぺをちょこっと舐めてもいい?」
「ダメに決まってるでしょ」
「残念。うーん、でもホントに何の匂いだろ? バニラ系のアロマ? いや、多分ケーキかな? ねぇ、お姉さん。ひょっとしてお菓子屋さんで働いていたりする?」
「え、ええ。まあ……一応」
「やっぱり! ねえねえ、お店ってこの辺なの? 場所教えてよ。今度アンと一緒に食べに行くからさ」
「行かないわよ! もう、エルク! 悠長なこと言ってないで早くそいつを斬りなさい! あなたの実力ならそんなヴァンパイアの一匹くらい敵では……は、は、はくちゅん!」
「ほら、くしゃみしてるじゃない。今日はもう帰ろうよ。早く着替えないと風邪引いちゃうよ?」
「誰のせいでずぶ濡れになったと思ってるのよ!」
「いーじゃない、細かいことは。殉教者にならずに済んだだけでもさ」
「あなたの悪ふざけで殉教なんてしたくな……ふぇ、ふぇ、へっくちゅん!」
眼前の敵に背を向けること無かれ。これも立派な騎士道十戒の一つだ。しかし、そんな古い教えを律儀に守って風邪でも引いたらどうするのか。冷えた体を震わせ、こちらを睨む女騎士を見ているとつくづく思う。これだから修道会騎士団という連中は面倒なのだと。どこまでも熱情的で融通が利かず、自分たちの正義や信念を梃子でも曲げようとはしないカタブツの宗教オタクの集まり。ここに一人だけ例外がいるようだが、それでも大半はこのアンと呼ばれた女のような思想や理念を抱えているものだ。何故なら、それこそが彼らの本質に他ならないからである。
兎にも角にも、彼らは色んな意味で非常に面倒くさい生き物であるということだ。ミーシャは溜息を一つ吐き、頭を掻きながら一枚の紙を差し出した。
「これ、あたしの名刺。裏に店の住所が載っているわ。余程のことが無い限りは店にいるから、この首が欲しければいつでもいらっしゃい。とりあえず今日のところは一時休戦ってことで剣を納めてくれないかしら? あたしとしては、本格的に風邪を引く前に早く帰ってお風呂に入ることをオススメするけど」
髪の毛の先から水滴をポタポタと垂らしたまま、女騎士はしぶしぶ名刺を受け取った。
「それじゃ、あたしは退散させてもらうから。おやすみ、聖騎士さん」
「……アンジェリーナ」
女騎士は去ろうとするミーシャの手を掴み、呟いた。
「聖ヨハネ騎士団所属、アンジェリーナ・ハミルトンよ。次に会う時は絶対にあなたを狩ってみせるわ。ミサ・カミウラ」
「僕はエルクレア・ジャン・バレット。エルクでいいから。それじゃあ二人とも、まったねー」
最後の最後で簡単に自己紹介を済ませ、二人の騎士は去っていった。
「ったく、どっかの節度を知らないおバカさんのおかげで散々な目に合ったわ。それにしても、まさかローマの聖騎士が動くなんてね。まぁ、いいわ。早く帰るわよ、京介」
「二人同時に見破られるなんて、俺もまだまだだな。いつからバレてた?」
俺はミーシャの背後にある木の上から宙ぶらりんの状態で顔を出す。途中で心配になってこっそり跡をつけていたのだ。
「ついさっきよ。あのエルクって聖騎士が乱入してきた直後かしら。それまでは全く分からなかったわ」
そう、俺はあの時ほんの一瞬だけ殺気を出してしまった。何故なら、あの銀髪の男は隠れていた俺に誰よりも早く気付き、強烈な殺気を向けていたからだ。例えるなら、まるで子供が友達を遊びにでも誘うかのように。あのまま誘いに乗って出て行ったらどうなっていたか。
「彼、体中に血の匂いが染み付いていたわ。それも一人や二人じゃない。何百という異教徒や人外を斬ってきた何よりの証拠よ。しかも、このあたしの間合いへ簡単に入って来れるなんて未だに信じられないもの。あのまま交戦になっていたら、正直どうなっていたことか」
流石は吸血鬼。血の匂いだけで相手の力量を計るか。俺とミーシャに気付かれることなくここまで近づくなど並の人間に出来るわけがない。
「無益な戦闘は避けられたんだし、とにかく今日は帰りましょう。妙な小競り合いでせっかくの月も白けちゃったみたいだし」
強く吹いた突風にミーシャの髪が靡く。風に流された雲がゆっくりと三日月を覆い隠す。この陰りが、まるで行く末を示す凶兆のように思えた。
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