第23話 ガチの躁

 私は、帰国して倉庫内作業の仕事を始めていた。そして、半年して2001年9月11日にアメリカ同時多発テロが起きた。私は、ワールド・トレード・センターに旅客機が突っ込み倒壊する映像を何度も見て、アメリカは、ここまでイスラムに嫌われているのかと思うと大ショックだった。そして、アフガニスタン紛争が始まった。また、イラク戦争が2003年から始まる。


 また、驚いたのは、米兵が戦闘がない時間に本を開いて勉強をしている写真を見たことである。戦争に行けば、大学の高額な学費が無料になる。この現実を見て、私はアル中期間がいかに甘かったことを恥じるようになった。


 また、パニック障害が再発した。今度は、過呼吸だった。過呼吸は、本当に辛い。この世の地獄だ。同時にうつが再発していた。パニック障害とうつは、近所の心療内科に行って、医師に診てもらい抗うつ剤をいろいろ試したのだが、どれも効果が無かった。

 

 小川拓医師は、変わった人で抗うつ剤のリストを見せてどれにしますかと、私にチョイスさせるのである。結局、リストから残り少なくなってきた薬、ルジオミールを飲み始めて今度は、本格的に躁転化した。


 まず、私はかねてから気になっていたフェンダーのエレキ・ギターの色をワインレッドから白に変え始めたのだが、これが無茶苦茶だった。普通紙やすりで色をはがしていくのだが、もう面倒くさいとなり、彫刻刀で削りはじめた。ギターの表面は、ガタガタになり今でもその後遺症が残っている。


 倉庫内作業での仕事場では、変なオッサンにガタガタ言われて、口論になった。よくおぼえていないのだが、結局マネージャーから、「君、ここの仕事合ってない」、と言われてクビになってしまった。


 無職になった私がやったことは、交通事故の残りの保険金で遊び倒すことだった。酒と女である。思い出すのは、冬の枕元に缶チュウハイを置いておき、目が覚めると同時にふたをプッシューと開けてゴクゴクゴクと飲みはじめる。これが、実にうまい。そして、梅田の風俗店に行こうとすると、母親に「アンタ、どこ行くねん?」と聞かれなんと答えたか忘れたが、ビンタされてメガネが吹っ飛んだ。


 最初は、外国人専門の風俗店に通った。この風俗店で出会ったレイラちゃんというルーマニア出身の女の子に熱を上げ、店外デートなどもしていた。彼女と焼肉店に行ったり、とんこつラーメンなどを食べに行った。


 彼女とは、ティアーズ・オブ・ザ・サンというブルース・ウィルス主演の戦争の映画を観にも行った。この映画は、ブルース・ウィルス率いるアメリカ海軍特殊部隊のチームが敵をバンバン殺していくのだが、なんともリアリティを感じさせる映画で、私にはデ・ジャブ(既視感)があった。

 

 しかし、彼女には、しつこいと言われてふられてしまい、今度は、梅田のアイリッシュ・バー、ブラーニー・ストーンに出入りするようになった。このバーは、梅田でたまたま、出会った日本人のグループと意気投合し、知ることになった。私は、この頃、カッコをつけてギターを持ち運んでいた。グループのリーダー格のオシャレなおばさんにミュージシャンなの?と聞かれ、ええ、ミュージシャンですよ、自信満々で答えていた。


 このバーでは、大手広告代理店で働く日本人の女の子と仲が良くなり、その夜にベッドインした。しかし、彼女から渡してもらっていた電話番号をメモした用紙を紛失して連絡が取れないようになってしまった。


 また、この当時、シンクタンク時代に知り合ったマーケティング・リサーチの社長、吉島さんが運営している引きこもりの人達を社会参加させるNPOに出入りして、めちゃくちゃ迷惑をかけた。ただ、私は吉島さんに以前、君のアイデンティティは一体何なんだね?と言われた事に腹を立てていた。彼は、私が最初に勤めていた会社に父親のコネで入ったと勘違いしていたのである。


 私の就職は、確かに父親と社長が大学の同期であり、人が足りなくて困っているので、アルバイトに行かないか?と言ったが発端になっている。まあ、空手に殴らすことはあっても、少し興味のあるアルバイトであったから行ったわけだが、入所はコネではない。それは、私が勤めていた会社の社長も認めていた。それに、私は、会社を止めてアメリカを冒険してきた。どうだ、前言を撤回しろという訳だ。


 しかし、吉島さんは、私がなぜ腹を立てていたか分かっており、そのことを一度、指摘された。それは、君がアメリカに行って頑張って来たのに日本では評価されていないという事だった。鋭い。まさしくそうであった。

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