第18話 銃社会
エリックのアパートを出て私の考えたことは、とにかく事務所の近くへ住むことだった。ジムに通っても、夜眠れず、日中眠いという日が続いていた。近くへ住めば住むほど、睡眠時間を確保できる。出国時には、遅刻は許されない。一度、ガソリン・スタンドで車の鍵をつけたまま、ロックしてしまい、ステーショナリー・ガラスを蹴破って解除したことがあった。
事務所の周りは、低所得者用のアパートが立ち並んでいた。住民の大多数がスペイン語を話すヒスパニックや黒人だった。アジア系の人間は、一人を除いて住んでいなかった。行ったことはないが、メキシコのような雰囲気だった。
私一人が住むだけならば、とことんボロいアパートでも良い。しかし、猫付きとなると、そうは行かない。まず、ペット飼いが可能か。そして、猫が、外に出たときに外敵から身を隠すための低木などが管理されていることが望ましかった。
ほとんどのアパートの庭は、芝生のみの管理で殺伐としている。時間をかけてチェックして回った結果、あるアパートが、芝や低木、大木、そして、パームツリーが整備されており、申し分なかった。
また、古ぼけてはいたが、小さなプールやスパも付いていた。 そして、会社まで10分かからない。家賃は、四万五千円でペット飼い可だ。即決した。引越しは、高橋君と彼の友人直村君に手伝ってもらった。
当日、荷物を積んだ車でアパートのゲートをくぐると、駐車場にパトカー止まっており、精悍な顔をした男性の黒人が、警官二人に手錠をかけられていた。彼は、私の方を見たが、悪びれた様子も無く、また深い絶望感も感じられなかった。
本当に悪そうなブラザーではなかった。私は、そう直感した。しかし、彼は何をやって、何年の刑期をくらったのだろう。なるべくなら、短期の刑で出所してきてくれれば良いのだが。
引越しを手伝ってくれた高橋君達は、私がこんな治安の悪いアパートに住んで、大丈夫ですかと心配してくれた。しかし、私は大丈夫だよ、と彼らに言うしかなかった。家賃の安さと、猫のための住環境、そして事務所への利便性を考えれば、ここに住むしかなかったのだ。
この引越しの後、お礼に、食事を奢ったかどうか忘れた。多分、私の懐を気にして、遠慮してくれたのではないだろうか。ちなみに、日系の友人の引越しを手伝った彼のお礼は、キッチンから出てきた古いインスタント・ラーメンだった。
この頃、コソボ紛争にてアメリカ軍がコソボへ最大の爆撃を行った。当時の大統領ビル・クリントンは、爆撃作戦が成功したと1999年4月20日に会見で伝えた。
そして、その直後コロラド州でコロンバイン高校銃乱射事件が起きた。このコロンバインの事件では、高校でいじめの対象になっていた二人組が、学内で銃を乱射し、12名の生徒と1名の教師を射殺、両名が自殺している。重軽傷者は24名だった。
なお、この事件は、「ボーリング・フォー・コロンバイン」の名でマイケル・ムーアに監督によって映画化され、絶賛を浴びている。私は、アメリカは悲惨な事だなとは思ったが、銃社会だから仕方ないなという冷めた気持ちもあった。
この事件の直後、私がたまに利用していたスーパーマーケットに銃を持った男が侵入し、銃を乱射し、店員を数名射殺するという事件が起きた。店のフロアは、血の海だったそうだが、私は、それでもアメリカは銃社会だからと仕方ないなと思っていた。
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