第八話 本の大精霊

フォルツが見ていた先程の景色が暗転してすぐのことだった。

瞼を開いて目を覚ますと、フォルツが見たのは古い木造の天井だった。

周りを見てみる限り、ここは自分があの紙屑だらけの部屋に行く前の図書館、『ツバイアハト』なのだろうと理解する。

そして、先程までの謎の現象を思い出す。


「…なんだったんだ、今の」


ゆっくり体を起こそうとして、不安定な寝ていた場所に違和感を感じる。

どうやら、自分は集められた数々の本の上で寝ていたのだ。

フォルツはバランスを崩さないように、ゆっくりと起き上がる。

壁には背中で背負っていた大剣が立てかけられていた。

窓の外からは街ゆく人々の声がうっすらと聞こえてくる。


「…」


フォルツは先程の紙屑だらけの部屋の窓の外の景色を思い出す。

太陽がなくて、暗い空。

まばらにある宝石のような光で明るく輝く、されど暗い空を。


「あれが…。…『夜』」


「…あ、目が覚めたのか⁈」


フォルツがいる部屋の外から、幼い少女の声が聞こえる。

部屋の扉が騒がしく開かれて、フォルツはその幼女を見る。

あの部屋に行く前に、自分が今寝ていた場所で寝ていた金髪の幼女だった。


「だ、大丈夫じゃったか?酷い目にあったりはしなかったか?」


彼女はフォルツの側に寄ってきて、様子を伺ってくる。


「んん、ええと…」


何から聞くべきなのか、フォルツは悩む。

色々考えるべきこと、知りたいこと、山ほどあって優先順位がつけられず、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

彼女の心配の言葉から察するに、彼女は何かを知っているのだろうかとフォルツは思う。


「…とりあえず、君は何者なのかを聞いていい?」


彼女は目をパチクリとさせた後。


「…確かにな。まずはそれからじゃの」


立ち上がって、少しフォルツから離れるて口を開く。


「儂の名前はナータ。この帝国で二十八番目の図書館、『ツバイアハト』の司書。そして、『本の大精霊』と呼ばれる存在なのじゃ」


ナータは金髪をなびかせてそう言った。


・・・


このウィズサンには精霊と言われる存在がいる。

精霊の種類は数えきれないほど存在して、ごく一部の人を除いて一般的には精霊の存在を認識することはできない。

精霊の寿命は五百歳以下。

大抵の精霊はそれ以下で命を失ってしまうのだが、ごく稀に五百年を超える精霊が存在する。

五百歳を超えた精霊は大精霊に変わり、誰からにも認識されるようになり、凄まじい力を得る。

そして、フォルツの目の前に現れたのは。


「本の大精霊ねぇ…」


職員用の休憩室のようなところに連れられたフォルツはナータに淹れてもらったコーヒーを飲みながらそう感慨に耽っていた。


「なんじゃ?信じてくれんのか?」


「いや…」


そもそも、人生の中で精霊に会う人間がほとんどいないと言っても過言でない世界だ。

ウィズサンのどこかには精霊や大精霊と出会い、契約をする人もいるにはいるのだろうが、まずアンドロ帝国にはいない。


「大精霊だとしても、もっと人目のつかない場所にいるべきじゃないのか?それが普通に図書館の司書をするだなんてな…」


確かに、大精霊に会えたのは嬉しいことだがこんな神聖じゃなさそうな所であっても、とフォルツは思うばかりだった。


「いや、他の大精霊はどこか秘境に潜んだりするのだが儂はのう、ほら『本』じゃからさ」


「まあ、確かに。言われてみれば」


フォルツはナータの言葉に納得せざるを得ない。

『水の大精霊』の居場所は世界のどこかにある『聖なる泉』にいると言われているし、何かの大精霊と言われたら、その何かにいるのが確かだろう。

本だから図書館、これ以外の適所などないのではないだろうか。


「…大精霊ってことは、どれくらい生きているんだ?」


「儂の年齢は今、六百二十二歳じゃな。ここの図書館には百年くらい前からおる」


「なるほどな」


六百二十二歳ということは精神的には完全にお婆ちゃんなのかとフォルツは思う。

だったらこんな口調なのも理解ができる。


「なんじゃおぬし、失礼なことを考えておらぬか?」


「いや全然これっぽっちも考えてないよ本当だよ?」


「まあ、百年どころか五十年も生きてない者の考えていることなんて、大体はわかるが」


「規模がでかい」


人間で百年を生きる者なんて、本の数人しかいない。

百年以上生きるには、人間をやめるしかない。


「まあ、とりあえず、だ」


「うむ。そろそろ整理がついたか?」


「…ああ。正直言って聞きたいことが山ほどありすぎる」


「じゃろうな」


ナータは椅子を座り直す仕草をし、真面目に話をするようだ。


「『本の大精霊』じゃからの。私利私欲の為に儂の知識を使おうとする者も多い。じゃから、儂の機嫌を損ねたら二度と話をできぬと思え」


「ああ。わかった」


「じゃがまあ、やはり誰かと話すのは楽しい。本当に久しぶりじゃからの。今回は少し多目に見てやる。だから、ありとあらゆる質問を儂にしてくれ。それが楽しく、よい思い出になるように」


「…」


案外、ナータは寂しがり屋なのではないかとフォルツは思う。

こんなに会話をするのを楽しみにしているのはそうではないのかと思うからだ。

本のこと、彼女のこと、任務のこと、他にも聞きたいことがまたあれがナータはなんでも答えてくれる。

フォルツはそう確信した。

そして、まずは一番気になるこの事をフォルツは聞く。


「…さっきの出来事はなんだったんだ?」


紙屑だらけの部屋。

自分を視認しない彼。

…そして、あの暗い空。


「やはり予想通り、まずはそれからか」


嬉しそうな顔をして、ナータは口を開く。


「あれは…!」



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帝国28番目の図書館 足駆 最人(あしかけ さいと) @GOmadanGO_BIG

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