第七話 紙屑だらけの部屋

フォルツは悩むしかなかった。

期待を募らせてやってきた新たな任務場所である帝国二十八番目の図書館『ツバイアハト』。

大まかな詳細は、そこにいる司書に聞いてくれとノーブルに言われていたのだが、ここにいるのは本の上でスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている金髪の幼女しかいない。


「…すぅ、すぅ」


「…いや、まさかな」


フォルツはずっと脳内で同じところをグルグル回っていた。

図書館が開いている時間にもかかわらず、そこに司書がいないはずがない。

アンドロ帝国には百人ほどの司書がいると言われているのだから、誰一人いないなんてそんなことが許されるはずがないのだ。

司書が休みであるのなら、盗まれないかどうかを見張る管理人ぐらいいてもいいはずだ。

けれども、ここにいるのが彼女だけであるということは。


「…おーい」


フォルツは少し申し訳ない気持ちになりながらも、気持ちよさそうに眠る幼女を起こすことにした。

色々と彼女に聞くことが山ほどある。


「おーい。起きてくれないかー?」


「…うーん」


幼女はしかめた顔をして、ゆっくりと寝返りを打つ。

すると、無造作に置かれた本のベッドから一冊の本が床に落ちた。

タイトルは『さよなら、を言えなかった君へ』。

帝国学園時代、授業で扱われた書籍だ。


「…懐かしいな。確か、最後に大きな謎を残して終わる話だっけ」


フォルツは本を拾い、指で最初のページをめくる。

紙はパラリ、と音を立ててめくれ、並んだ活字がフォルツの目に飛び込んでくる。


「…あ、駄目…!」


声がした。

フォルツがさっきまで起こそうとしていた金髪の幼女だった。

彼女は起き上がり、フォルツから本を退けようとしていた。


「…え、あ」


けれども、もう遅い。

本から眩い光が表れたかと思うと、フォルツを包み込み、その場からフォルツは消えた。


「…」


パタン、と本が落ちるのを彼女は見た。


・・・


フォルツが意識を取り戻し、瞼をゆっくりと開いた。

けれど、なにも見えない。

いや、見えてはいるのだろうか。

はっきりと自分の手や足、体がしっかり見えていた。

自分の体が見えるということは完全な暗闇ではないのだろうとフォルツは思った。


「…服も着ている。腰と背中には剣もある」


フォルツの先ほどまでの記憶を呼び覚ます。

図書館で金髪の幼女を起こしてそして…。


「本を開いて、そして…」


光に包まれた。

混乱した記憶をはっきり思い出す。


「…どこなんだ、ここは」


フォルツの体は動く。

手を動かせるし、足も動いて歩くことができる。

けれど、少し変な感覚を感じた。

足が地面についているようで、ついていないような感覚。

浮いているようで、浮いていないような感覚。

実際フォルツは空を飛んだことはないから、これが浮いている感覚かもしれないとも思う。

ウィズサンには飛行魔法は今のところ、存在していない。

研究が進めば誰かが見つけるかもしれないが空を飛ぶという感覚、宙に浮くという感覚がわからないフォルツは慌てふためくしかない。


「…ん?」


頭上の遠くから何かがやってくるのをフォルツは見つける。

多くの白い何か。

目を凝らしてフォルツが見つめると、それは活字だった。


「なんだあれ」


それらが並んで、文章になっている。

ただ、文章になっていることだけがわかっていて、それらが信じられないくらいに重なって作られていて読むことができない。


「…おいおい」


頭上から、雨のように文字が降り注ぐ。

床と呼べるかどうかわからない場所に落ちた文字は、跳ねて集まっては形を形成され、そして固定される。

止まることなく文字の雨が降り注ぎ、周りが白い空間になる。

重なった文字の黒い隙間がどんどん埋まっていく。

そして、変色する。


「これは…」


それぞれの場所が緩やかな色に変わる。

フォルツは床に足が触れ、不思議な感覚がなくなる。

足下を見ると、自分は地面にはっきりと踏み込んで、自身の体重をフォルツは感じた。

そして顔を上げると、そこは見知らぬ部屋だった。


「…ぁあ」


男の声が漏れている。

地面に紙屑が転がる。

部屋の地面はクシャクシャに丸められた紙屑に埋もれていた。


「…ぁあ」


男の声が漏れている。

フォルツとは違う一人の男が部屋の机の前に座って、紙にペンを走らせているのをフォルツは見た。

書いては、また紙を丸めて地面に投げ捨てる。


「…ぁあ」


男は鬼気迫る表情で紙と向き合っていた。

書いては捨てて、書いては捨ててを繰り返し続ける。


「これは…」


フォルツは思い出す。

これは『さよなら、を言えなかった君へ』の内容と全く同じ情景であると。

フォルツの言葉に男は反応しない。


「ここは、本の中の世界」


フォルツは今の現状の結論を見出す。

ここは『さよなら、を言えなかった君へ』という物語の世界であると。

主人公で唯一の登場人物である、机と向き合う彼は自分のことが見えないこと。

そして、フォルツは見る。

この部屋の窓から覗く、外の景色を。


「…!」


そこに広がるのはフォルツの知っている明るい空ではない。

いや、確かに明るくはある。

ただ、いつもとは違う明るさではない。

暗い空に、宝石のような輝きが無数に散らばっている。


「…これが、夜」


フォルツは初めて、夜を見た。

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