第五話 紅茶

「帝国で二十八番目の図書館の調査と護衛?」


フォルツは国王直々の命令にも関わらず、思わず耳を疑った。


「ああ。二十八番目の図書館、『ツバイアハト』の調査と護衛だ。調査内容は後でノーブルから聞いてくれ」


「…はい」


フォルツの脳内は疑問しかない。

慢心ではないが、何故帝国騎士団副団長がわざわざ護衛に行くのか。

調査とは何の調査なのか。

そもそも、二十八番目の図書館にフォルツの二十年以上の人生の中で行ったことがない。

興味本位でランクが最低の三十番目の図書館に行ってみたことがあったが、それは酷いものだった。

二十八番目の図書館となると、あれよりはマシなのかどうかと考える。


「尚、当面の騎士団の本職は原則的に免除。緊急事態や騎士団の特別な要請による任務のみの勤務とする。何か質問はあるか…?」


「…!」


『騎士団の本職が免除…だと?』と、フォルツは内心でとても驚いていた。


・・・


玉座の間を出て、フォルツは王宮の兵士に会議室に案内される。

フォルツの後ろからノーブルがついてきていて、二人が中に入ると扉が閉じられる。


「…?」


フォルツは少し不審に思った。

姫の護衛に兵士が一人も入って来なかったのだ。

会議室にはフォルツとノーブルの二人しかいない。


「フォルツ。お茶を入れてくるので席に座っておいてください」


「え、ちょっと、大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ!」


ノーブルはそう言って、会議室の給湯所へ入っていく。

一国の姫にお茶を入れさせるなんて、お前は何者だと言われそうだなと思った。

でも初めてではない。

帝国学園自体よくあった事だ。

世間知らずで何もできなかったあの頃に比べたら、なんだかどことなく嬉しく感じるフォルツだった。


「…」


そんなことよりもだ。

フォルツは今、内心とても喜んでいる。

帝国騎士団本職が免除。

つまりは面倒な護衛や教職の仕事をしないでよいということだ。

二十八番目の図書館、『ツバイアハト』で調査と護衛さえしていればあとの残りの空いている時間は全て自由だ。

これが本当の自由なのかと、フォルツはそうしみじみと思った。


「お待たせしま…。あれ、どうしてそんなに頬が緩んでいるんですか?フォルツ」


給湯所から、ノーブルが出てくる。


「い、いやなんでもない」


フォルツは軽く頬をペシッと叩き、真面目な顔にする。

クスリと笑ったノーブルから、フォルツは湯気の上がるカップを受け取った。

早速一口、口に含む。

昔は、少し躊躇しただろうなとフォルツは思うのだった。


「うん、昔と違って美味いな」


「もう。昔のことは言わないで下さいよ」


そう、照れたような仕草をノーブルは見せた。

高い茶であるからのお陰かもしれないが、かなり美味いと思った。


「さて」


ノーブルが真面目な表情になる。


「とりあえず、今回の任務について説明しますね」


「ああ、頼む」


「ではまず初めに」


ノーブルはこほん、と咳払いをして口をひらく。


「今回の任務で行く、帝国二十八番目の図書館、『ツバイアハト』で得る情報は完全な国家機密になります。調査結果の報告書も直接私に渡しに来てください」


「…」


なんだか一気に不安になるフォルツだった。


「ええと、質問いい?」


「どうぞ」


フォルツは疑問を聞く。


「…今回の事を知っているのは?」


「今のところ、王族の私達とフォルツだけです。これ以降誰かに教えるのは禁止です」


さっきとは尋常じゃない不安になる。


「…万が一、漏らしたら?」


「知ってしまった人に大きな罰則です。最低でも、王国の牢屋で終身刑。最悪は『吸血鬼の牢獄』に入ってもらうことになります」


『吸血鬼の牢獄』。

王宮の地下の最も奥にある牢獄。

太陽が弱点と言われている種族、吸血鬼がそこに住んでいると言われている。

いつから存在しているのかも不明で、何人の人間がそこに入ったのかももう数えられていない。

フォルツが産まれてからその牢獄に入った人間は一人だけいる。


「…もしくは、責任を取ってもらう為に、私と婚姻を結んでもらうことになるかもしれません」


「…もしもの時は、是非そうしてくれ」


「…」


「というか、なんで俺が選ばれたんだ?こんなに重要な任務なら、団長の方が良かったんじゃないですか?」


フォルツは疑問を投げかける。


「かなりの戦闘技術がいるのも理由ですが、最大の理由は私による推薦です」


「…どうして俺を推薦した?」


フォルツにとっては謎でしかない。

一体どんな理由があるのだろうか。

ノーブルは穏やかな笑みを浮かべて言う。


「…貴方の夢の為ですよ。貴方の魔法を使いたいっていうね」


「…!」


フォルツはハッと目を見開いて驚く。


「…魔法が使えるようになるのか?」


「はっきりと言えるわけではないですが、間違いなく可能性はあります」


フォルツの中には感謝の気持ちが溢れた。


「ありがとうノーブル。絶対にこの任務、ちゃんと仕上げるよ」


「どういたしまして」


フォルツの心は期待でいっぱいになる。


「それで…。調査ってどんな事をすればいいんだ?その図書館に一体何があるんだ?」


フォルツがそう聞くと。


「それは『ツバイアハト』にいる司書さんに聞いてください。任務の終了も司書さんの指示に従ってください」


「わかった」


フォルツは紅茶を飲み干して立ち上がる。


「早速だけど、我慢できそうにないから行ってくるよ」


「そう言うと思っていました。フォルツは夢のことなら、思い立ったらすぐ行動しますからね。行く前に、騎士団長にしばらく任務を離れる事を伝えてから行ってくださいね?」


「わかった。じゃあ、行ってくるよ」


フォルツは早足に会議室を飛び出した。

その姿はとても浮き足立っていた。


「本当に、あの人は夢が絡むと盲目ね」


ノーブルは微笑しながら呟いて、そして小さな溜息を吐いた。

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