第三話 レイスタング家

『剛』の区、レイスタング領。

その区域は畑、森林に恵まれ、多くの民家がある。

レイスタング家の人口はアンドロ帝国の中ではトップである。

また、農業や畜産も担っており、アンドロ帝国の国民の食糧はこのレイスタング領で作られていると言っても過言ではない。

アンドロ帝国には海はないので、魚を食べる習慣はない。

フォルツは自分の父が管理しているこの領地は嫌いじゃない。

度々吹く風や動物の鳴き声、川のせせらぎ、人々の会話の声。

他の区の様子などを羨ましく思ったりするが、レイスタング領にしかない良さを知っていると嫌いに思わない。

いつかは自分が父の跡を継いで、レイスタング領の領主になるのだろうとフォルツは思う。

この区域を守っていきたいと、そう心から思える場所だ。

フォルツは手の本を持ち直した後、緩やかな道を歩いて自分の屋敷に戻る。


「「お帰りなさいませ」」


「うん」


門の前の二人の兵士がフォルツを迎えてくれる。

二人は帝国騎士団員ではなく、レイスタング家専属の兵士だ。

彼ら二人を合わせて合計十人いる。

彼らに門を開けてもらい、中に入る。


「あら、フォルツ。お帰り」


屋敷の庭園で動きやすそうな服を着てストレッチをしていたのはランキュ・レイスタング。


「姉さん。また稽古しているの?」


「もちろん。稽古は毎日地道にしなきゃね」


「…」


公的な場所では大人しそうでしっかりしているランキュ。

周りから見たら素晴らしい女性に見えるのか、他の貴族の男性たちからよく話しかけられている。


「旦那さんより強かったら、嫁の貰い手がないんじゃないの?どうするの、誰かと結婚することになったら」


「うーん、そうね…」


身体を伸ばしながら、ランキュは考える。


「とりあえず、ありのままの自分を受け入れてくれる人じゃないと嫌ね。我慢しながら生きるの、嫌だし」


「もうそれどうしようもないじゃん…」


「はは、そうね」


こんな武闘派な姉を貰ってくれる人はいるのだろうかと、フォルツは頭を悩ませた。


「フォルツはどうなの?誰かいい子はいないの?騎士団には『魔』の家、プレスディ家のアンシュちゃんや『医』の家、メディケ家のメルトちゃんとかいるでしょう?」


「いやいや、仕事仲間だから。ましてや騎士団長なんて面倒な仕事を押し付けてきたり、何故か知らないけど絡まれたりするし。それに…」


「そう、まあいいわ」


ランキュは聞くのをやめた。


「それより、父様がフォルツに用事があるみたいだったよ」


「そうなの?…珍しいな。ありがとう、行ってくるよ」


そしてフォルツは屋敷の中に入って行った。

その後ろ姿を見て、ランキュはボソリと言う。


「…仕事仲間が、一番そういう関係になるのに、ねぇ?」


・・・


荷物を自室に置いてきたフォルツは屋敷の廊下を歩いて扉の前に立つ。

そして扉を優しくノックした。


「父上。入りますよ」


扉を開いて、その中にいる人物、ツァールト・レイスタングに目を向ける。


「ああ、フォルツ。お帰り」


ツァールト・レイスタング。

現レイスタング家の当主。

昔は帝国騎士団長をも務めていた武人だ。

年齢で戦闘技術は劣り、若かりし頃の強さは無くなったものの、今でもかなりの強さを持つ人物だ。


「姉さんから、用事があるって聞いたんだけど」


「ん、ああ、用事ね」


「領主の跡継ぎはまだしませんよ」


「…俺的には今すぐ継いで欲しいんだけどな」


ツァールトはフォルツに事あるごとに「領主を早く継いでくれ」と言う。

フォルツは魔法の研究や、帝国騎士団副団長もやっていて、まだ自由でいたいので断っているのだ。

また、ツァールトも早く責務から逃れて自由になりたいのだ。


「まあ、それについても話したいけど、今日は違う」


ツァールトは机から、とある手紙を取り出した。


「…!」


「国王直々の手紙だ。お前宛に」


帝国騎士団副団長であるフォルツはそこそこの頻度で国王と会ったり、帝国学園で仲良くした同世代の王女様と話をしたりするのだが…。


「『明日の正の九の刻に、一人で王座に参れ』とのことだ。詳細はその場で説明されるそうだ」


そう言って、ツァールトはフォルツに手紙を渡す。

フォルツは国王に一人で会うのは初めてになる。

いつも話すのはアンシュ団長なので話すこと自体も初めてかもしれない。


「…特別な任務が出たり、偵察や遠征を命じられるかも知れない?…気を引き締めて行きなさい」


「…わかりました」


正直言って、フォルツの胸中は不安でいっぱいだった。

何を言われるのかわからないからだ。

何故自分が?

何の目的の為に?

いろんな疑問がフォルツの脳裏によぎったが、結局はわからないことなので、明日を待つしかなかった。


・・・


負の十一の刻。

フォルツは家族で食事をし、風呂に入った後、自室で今日借りた魔導書で研究をしていた。

結局、今日も収穫はなく、今日も自分の魔法を見つけられなかった。

ため息が出る。

いつも、期待しては失望する。

それの繰り返しだった。

それでもフォルツは諦めない。

いつか自分も魔法が使えるようになるとそう信じて研究を続けるのだった。


「…寝るか」


フォルツは椅子から立ち上がり、ベッドに向かう。

するとふと、本棚から一冊の本が落ちた。

どうやら、さっき調べ物をした時に触れた場所が不安定になっていたらしい。

フォルツは落ちた本を拾う。


「…懐かしいな」


それは古い絵本だった。

タイトルは『夜』。

昔、フォルツが幼い頃、姉のランキュによく読んでもらった本だ。

夜、というものは世界から太陽がなくなって暗くなった状態のことを指すらしい。

人々は明かりを灯して、暗い空を見上げながら過ごすそうだ。

子供の時、何故この物語に惹かれていたのか、成長した今のアンシュにはもうわからない。

フォルツは窓の外を見た。

太陽は動くことなく、相変わらず大地を照らしていた。


「…確かに、外が暗かったら、カーテンを開いたまま寝ることができるな」


フォルツはカーテンを閉じた。

カーテンの隙間から、僅かに光が漏れていた。

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