第二話 フォルツ・レイスタング
フォルツ・レイスタング。
アンドロ帝国五大貴族、『剛』の家、レイスタング家に産まれた長男。
レイスタング家は誰よりも力強く、逞しく生きる家。
そしてフォルツの母、クラージュは『技』の家、アルマ家の人間でレイスタング家のパワーとアルマ家の戦闘技術を併せ持ったこの帝国最強の人間と言われている。
一対一の剣術による戦いなら、彼の右に出るものはいない。
ただ、それは剣術による戦いのみだ。
実戦には魔法が伴う。
フォルツは魔法がなくても充分に強いが、やはり、個人のみの能力のバランス的には一歩劣る。
この世界での戦闘は魔法がなければ意味がない。
「フォルツさん。この後はどうするんですか?」
魔物化した牛を大剣で切り分けて、国の入国審査所の前で長蛇の列を作る人々にステーキを分け与えて、職務終わりの街をフォルツとメルトは歩いていた。
今の時間は負の五の刻過ぎ。
ウィズサンの時間は正の刻、負の刻の二つでそれぞれに十二時間がある。
護衛、警備などを除いて、アンドロ帝国騎士団の勤務時間は正の九の刻から、休憩を挟みつつ、負の五の刻まで。
入国審査は五の刻以降は基本的に受け付けていない。
「いつも通り、第一図書館に行くかな」
「そうですか。今も魔法の研究をしているんですか?」
「まあな」
フォルツの魔法の研究。
研究といっても、魔法そのものの本質を見極めるとかそういうのではなく、新魔法だったり、失われた魔法、珍しい魔法の研究だ。
この世界の一般的な魔法はレイスタング家に産まれたフォルツには適正はなかった。
本来、この世の魔法は遺伝などによって魔法を使える適正などが受け継がれていく。
レイスタング家は肉体の力があれど、魔法を使う適正がないのだ。
「魔法が使えなくても、フォルツさんは充分凄いと思いますけどね…」
「そうか?」
メルトはフォルツの体格を見て言う。
騎士団の団服の上から見ても、フォルツの体格は細身に見える。
その身体から、フォルツの背中の大剣を軽々操ることができることなど、初めてフォルツを見た人には想像をすることもできないだろう。
「そうですよ。そんなに細い身体でいられるなんて羨ましいです。フォルツさんのお姉さんもとてもスタイルがいいじゃないですか」
「…そんなこと言われても、姉さんは規格外というかなんというかな…。というか、メルトも充分細いじゃないか」
「いや、そんなこと…」
実際少し気にしてはいるのだ。
メルトはさっきも、牛のステーキを食べたことを思い出して、今日の負の刻の食事は少なめにしようと固く心に誓った。
やがてフォルツは少し考えたような素振りを見せた後、ポツリと言う。
「…でもまぁ、やっぱり俺は自分が使える魔法を見つけたいな。俺は自分が使える魔法を見つけて戦いたいんだ」
「…」
その言葉を聞くと、メルトは少し複雑な気持ちになる。
もしフォルツが魔法を使って戦えるようになったら、自分の立場などなくなるだろうと考えてしまうのだ。
「そして俺が、このアンドロ帝国最強の騎士になりたい」
「…」
そんな壮大な夢を見るフォルツをメルトは戦いのペアとしてずっと見守り、そして手助けをしてきた。
彼の夢への努力を見ているから、応援してあげたい気持ちもある。
メルトは複雑な感情を抱かずを得なかった。
「…でもまあ、今のところ見つかりそうにもない。これからもよろしくな、メルト」
「え、あっ、はい!」
メルトは自分にかけられたフォルツからの「よろしく」の言葉に驚きながら、返事をした。
・・・
フォルツはメルトと大通りで別れた後、王宮の一番近く、『剛』の区にある帝国一の図書館、『アインス』にやって来ていた。
帝国一と言われる通り、内装も雰囲気も文句なしのトップレベルである。
アンドロ帝国国営図書館。
アンドロ帝国は読書が盛んな国というわけではないが国に計三十の図書館がある。
アンドロ帝国の五大貴族による五区、『剛』の区、『技』の区、『医』の区、『知』の区、『魔』の区。
一区につき、六つの図書館が存在する。
それらの図書館はランク付けがされており、この『剛』の区の『アインス』はその三十の図書館の中で評価最高ということだ。
蔵書は三十の図書館の全てが殆ど同じなので、内装、立地、雰囲気などでランク付けがされている。
ランクが年々入れ替わる図書館もあれば、全く変わらない図書館もある。
その中でもこの『アインス』は、『知』の区の『トボー』とトップを争っている。
何より、この『アインス』には。
「…」
無言でフォルツは魔導機に触れる。
魔導機。
人々の暮らしを豊かにする魔力を使われた機械。
そしてここ、『アインス』にある魔導機は。
「検索、新しく入った魔導書」
フォルツがそう言うと、本棚から数冊、本がこちらにゆっくり飛んでくる。
魔導書はやがて、フォルツの前で浮いてフォルツに手に取られるのを待っている。
「…四冊か。多めだな」
フォルツは浮いている本を手に取り、貸し出しの受付に持っていく。
『アインス』の凄いところは、何よりこの魔導機だ。
欲しい本がすぐに分かって、探す必要もなく、すぐに手元に来る。
魔導機に触れながら、欲しい本の条件を言えばその条件に合う本が飛んでくる。
いらない本はそのまま元のところに戻ってくれる。
非常に使いやすく、時間が短くて済む。
「すいません。これお願いします」
「はい。お預かりしますね」
本の貸し出しはカードで行う。
それで完全に本の管理を行っているのだ。
「はい、それでは二週間以内に返却お願いします」
「はい」
フォルツは本を受け取り、図書館を出ようとする。
フォルツは基本、図書館内で魔導書を読むことはしない。
自宅の自室に籠って、じっくり読むのを好むのだ。
「ん?」
早足で『アインス』を出ようとしたフォルツは図書館の前で見知った顔の女性と会った。
「ん?フォルツか」
彼女はアンシュ・プレスディ。
アンドロ帝国騎士団団長。
『魔』の家、プレスディ家の次女。
プレスディ家は誰よりも魔法の才に秀でた家。
数々の種類の魔法を操り、誰よりも多くの魔法を使う。
「どうしたんですか。アンシュ団長」
彼女が図書館に来るのなんて珍しいなと、フォルツは思った。
アンシュに魔法の勉強は必要なく、日々鍛錬をするのみだ。
彼女は魔法の才はずば抜けていたが、プレスディ家に産まれたからか、剣術の才それほどでもなかったのだ。
それでもアンシュは努力を重ね、今や帝国最強の帝国騎士団団長だ。
フォルツはそんな彼女に憧れを抱かざるを得ない。
剣技は努力でなんとかなるが、魔法は努力ではどうにもならない。
フォルツは魔法が使えるようになる努力がしたくてもできないのだ。
「いや、今日はちょっと調べ物がしたくなったのだ」
「そうですか。では、これで」
多分、剣術に書かれた事についての本でも読みに来たりしたのだろうかとフォルツは考えた。
「いや、ちょっと待ってよ!」
アンシュは焦ったようにフォルツが去ろうとするのを止める。
「なんですか?」
「い、いや、折角会ったのに、そんなすぐ別れるなんて…」
「いや、別れるでしょう。なんの意味もないじゃないですか」
「その言い方は酷くないか⁈」
どうしたらいいのだよ、とフォルツは内心思った。
この人と絡んでも、どうする事もできないだろう。
第一、騎士団でも話はするがそんな仲良くする仲ではないだろう。
「…その、折角だから、図書館の中の喫茶スペースでお茶したりとか…」
「時間がないので帰ります」
「酷い!」
フォルツは思った。
終業しているのに、上司とお茶なんてフォルツには地獄でしかない。
それに、今日借りた魔導書はそこそこ冊数があるから、はやく帰りたいのだ。
「それでは」
ひょっとすると、今度この事で何か言われるかもしれないと言う考えは、フォルツにはなかった。
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