知らない千円札
澄岡京樹
ズレた
知らない千円札
※この物語はフィクションです。真似をしてはいけません※
——眼前の机上に、千円札が一枚ある。
形状といい色といい「1000」と書かれているデザインといい、これが千円札であることは間違いない——と、思いたかった。
けれど、それは偽札である可能性が限りなく高かった。
お札に描かれている人物が、全然全くこれっぽっちも知らない人物なのだ。今まで一度も見たことがなく、そして千円札の歴代デザインを検索してみてもこの人物は出てこない。実はもう既に新札の発行が始まっているのかもしれないと、そちらに関しても調べてみたが特にそのような様子はなかった。加えて言えば、新札のデザインは現時点で公開されているのだが、やはり眼前の千円札に描かれた人物とは完全に確実に間違いなく別人であった。——やはりこれは偽札なのだろう。
とはいえ。とはいえである。仮に偽札だとして——どうして架空の人物(架空かどうかは不明だが……)を描いたのか。この紙幣が偽札であった場合、どう見ても既存の紙幣とは別人が描かれたそれをウッカリ使ってしまうことがあるのだろうか? 仮にあったとしてもだ、どの道わざわざ謎の人物を描かずに既存のデザインや新デザインの偽物を作った方がまだローリスクではなかろうか? そのあたりがよくわからなかった。
気になった私は、古物商を営む友人を訪ねた。私の家からすぐなので、このような時に大変頼りになる。
「気づいたら、自室の机に置いてあったんだ」
事の発端を話しながら、友人に推定偽札を手渡す。友人は「奇妙なこともあるもんだ」と呟きながら、それをじっくりと観察し始めた。そして直後、それこそ観察開始から数秒後のことである。友人は一度だけ大きく身震いをした。
「どうしたんだ?」
あまりに突然だったので、少しうわずった声色で訊ねてしまった。けれど友人はもうとっくに落ち着き払っていた。
「これ、偽札じゃないじゃないか」
「え?」
驚く私とは裏腹に、友人は呆れ返ったかのようにため息を吐きながら、
「いつも使ってるやつだろコレ。どうしたんだ本当に」
などと、尋常ならざることを言い出した。
——いつも使っている? 一体何を言っている?
それはおかしいと詰め寄ったが、友人は私に困惑の目を向け始めた。……なんだと? おかしいのは私だと言うのか?
「お前本当にどうしたんだ? これ近代寺博士だぞ。〈
「えっ? えっ?」
今何と言った? 近代寺博士とやらは聞き取れた。だがその後は何と言った? 何と発音した? 私は今、何を体験している……?
私の混乱を見ていた友人は、数秒ほど眉を歪ませた後、何やら得心がいったように真顔で小さく二度頷いた。
「あー、こっちにはない概念なのか。同期できないから名称がバグると。……一応訊くけど、首都って
「え? え??」
「あ、もしかして東京?」
強く頷く。何度も何度も頷く。知っている名称、知っている常識、知っている領域——とにかく、本能的な安堵感が胸を満たしていた。
「あー、なんかこれ一時的に混線しちゃったみたいだな。悪い悪い。その内元に戻るから気にしないでくれよな」
「!?!?!?」
パニック寸前になり叫びそうになる。そんな私の耳元に友人は口を近づけ、
「ああそれと——————黙ってたら大丈夫ですよ」
そこからしばらく、意識が飛んだ。
◇
目覚めると、友人は私を心配そうに見つめていた。会話をしていてもおかしな点は見当たらない。正真正銘、いつもの友人である、はずだ。
もしかしたら夢だったのかもしれない。友人は私が突然やってきたところまでしか把握しておらず、例の千円札を全く話題に出さなかったからだ。
私は私で恐怖心からその話は切り出せずにいた。そもそも——
その奇妙な千円札は、もうどこにもなかったのだ。
知らない千円札、了。
知らない千円札 澄岡京樹 @TapiokanotC
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