【十八】推理1

 本当は口頭でお伝えしようと思っていたのですが、色々と思うところがあって、こうして手紙の形式を取らせていただいております。

 森野さんの部屋での現場検証の前に言いかけていたように、実は一点、気になっていることがあります。最初は本当に、ほんの些細な違和感でしかなくて、きっと大したことではないから無視してしまおうかとも思ったのですが、多古島さんの推理や皆さんのお話を聞いているうちに、やはりちゃんと話しておかなくてはならないと思い立ちました。


 先の話し合いの際にもお話ししました通り、私は十七時前に森野さんの部屋を訪れました。

 森野さんと言えば死生学の権威ですし、一度個人的にもご挨拶をしたいと考えていたのです。あまり積極的な性格ではありませんが、折角ここまで足を運んだのだからと、勇気を出してお邪魔しました。

 部屋に入ると森野さんはあのワークデスクでお仕事をされていました。私が事情を話すと、先ほどまで多古島さんと鮎葉さんとお話していたと仰りました。その時は何かお仕事を片付けられていたようでした。私は恐縮して、あわてて部屋を後にしようとしました。しかし森野さんは優しく微笑んで「せっかくですから、少しだけお話ししましょう」と言ってくださったのです。


 私は喜んでその申し出を受けました。応接スペースのソファに座ったのですが、森野さんは簡易キッチンの方へ向かわれました。

 なんと「椎菜ほどは上手ではありませんが」と言って、森野さん手ずから紅茶を淹れてくださったのです。なんでも、椎菜さんがお忙しい時は、ご自分で用意して振舞われているのだとか。数分経って、紅茶を受け取りました。そして一口飲んで、気付いたんです。


 森野さんはご自分の紅茶を用意されていませんでした。

 私は「森野さんは飲まれないのですか?」と聞きました。自分だけが飲んでいるのが申し訳なかったというのもあります。そしたら森野さんは、こう、おっしゃったんです。


「私、最近コーヒーや紅茶は控えるようにしているんです」


 なんでも、お歳を召したことで、カフェインを摂取しすぎると体調が悪くなってしまうのだとか。まだまだ見た目がお若いですので、びっくりしてしまいましたが、思い返せば森野さんは、確かに食後のコーヒーや紅茶は口にされていませんでした。


 だとすれば……です。

 森野さんはどうして舞花さんに「紅茶をお願いします」と連絡をいれたのでしょうか?

 ご自分は飲まれないはずなのです。

 私は先ほどの話し合いの後半、そのことが気になって仕方がありませんでした。

 色々と考えて、考えて……そして一つの可能性に思い至りました。

 舞花ちゃんは、嘘をついているのではないかと。

 理由は分かりません。だけど、考えれば考えるほど、彼女が嘘をついているようにしか思えなくなったのです。


 それを裏付けるように、私が多古島さんにこのことを話そうとした時、舞花ちゃんに妨害を受けました。現場検証を行う直前のことです。

 この内容を手紙にしたためたのは、私が話すのが下手だということはもちろんありますが、舞花ちゃんに気付かれないようにするためというのも理由の一つです。

 彼女が森野さんを殺した、なんてことは、本当は考えたくありません。だって森野さんは、彼女の育て親なんですから……。


 私にはこの情報を推理できるだけの頭脳はありません。だから、多古島さんに託します。

 私がオカルトに興味をひかれたのは、遠い昔に迫害され、それでも今なお根強く残っている学問に、自分を重ね合わせたからでした。昔から口下手で、友達の少なかった私は、そういう後ろ向きな気持ちで学問に取り組んできました。そんな私に、森野さんは言ってくださったんです。「どんな姿勢であれ、真摯に学問に取り組むことが、後ろ向きであるわけがない」って。

 ……すみません、話が逸れました。とにかく私は、森野さんを殺した犯人が捕まることを、心から祈っております。

 何か、お役に立てれば幸いです。



 手紙を読み終えて、鮎葉は顔をあげた。

 時刻は深夜を回り、驚くほどの静寂が屋敷の周りに満ち満ちている頃。多古島が部屋の扉をノックしたのは、鮎葉がベッドに入って目をつむった矢先のことだった。


「これを、霊山さんが?」

「はい。森野さんの部屋を出る時に、こっそり手渡されました。どう思いますか?」


 多古島に問われ、鮎葉は再び手紙の文面に目を落とした。几帳面な文字だが、字は荒れている。手洗い場か、あるいは森野の部屋でか……少しでも早く多古島に伝えるため、隠れて書き記したのだろう。鮎葉には、この文面に嘘があるとは思えなかった。


「僕は、霊山さんの言っていることは真実なんだと思う」

「つまり、舞花さんの発言は嘘だということですね」

「そうとは限らないんじゃないか? 二人とも本当のことを話している可能性だってあるだろ?」

「例えばどんな場合ですか?」

「そうだな……」


 しばし考えた後、答える。


「実は十七時半の時点で、誰か来客が……つまり犯人が来ていたんじゃないか? 森野さんは、その人のために紅茶をお願いしたんだ」

「あり得ませんね」


 多古島はバッサリと鮎葉の推測を切り捨てた。


「仮にそうだとすれば、犯人の行動に説明がつきません。森野さんを殺している間に、舞花さんが紅茶を持ってきたらどうするんですか? 森野さんが舞花さんに電話をかける前に殺すはずです。舞花さんの証言は、やはり信ぴょう性が薄いと言わざるを得ません」

「だったら、なんで舞花さんは嘘をついたんだよ」


 それも、犯行推定時刻をずらすような嘘だ。やはり自分のアリバイを証明するため、なのだろうか。

 しかし多古島はすぐには答えを出さなかった。ベッドの端に腰かけて、人差し指をくるくると回した。


「一度、状況を整理してみましょうか。屋敷にいる全員のアリバイや、現場の状況、そして霊山さんの手紙。改めて考え直すことで、何か見えてくることがあるかもしれません」


 無論、鮎葉は構わなかった。

 無言で続きを促すと、多古島は話し始めた。

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