NARRATOLOGY ―あなたが犯人です―
玄武聡一郎
【序幕】 あなたが犯人です
右手前方に白いソファがありますので、そこに座ってください。
そうですね……高さは大体、あなたの膝くらいです。背もたれが腰のあたりにありますので、手をかけてもらっても結構です。そのソファはイタリアの家具職人にハンドメイドで作ってもらった高級品です。肌触りも座り心地も、それはそれは素晴らしいものですよ。
もう少し詳しく状況を説明しましょう。
ソファの前には、ガラステーブルがあります。高さは六十センチ程度。ソファとの間がやや狭いので、足をぶつけないように注意してください。
ガラステーブルを挟んで正面と、左斜め向かい側にも一つずつ、同じソファが置いてあります。ガラステーブルを囲うような配置ですね。
どうですか? イメージは湧いてきましたか?
――ああ、少し眩しいかもしれません。ちょうど今、左手のソファの後ろにある大窓から西日が差し込んでいますから。
そうそう、この部屋の間取りについても簡単にお伝えしておきましょうか。
扉を入って正面、そして左右に大窓があります。もともとルーフバルコニーだったスペースに増築していて、日の光をふんだんに取り入れる構造をしています。
正面に大きなワークデスクがあり、左手には応接用のソファとテーブル、右手には簡易キッチンがあります。
方角的には、正面の窓が北西、左側が西にあたります。今が一番西側の窓が眩しい時間帯ですね。カーテンは閉まっていません。並々ならぬこだわりがあるのでしょう。
さあ。今、窓側のソファに
あなたが今から殺そうとしている相手です。
そのままでは手が届きませんので、どうぞ呼びかけて、近くに来てもらってください。
――はい。
今、森野芽々が、あなたの右隣に座りました。
ソファがぐんと沈んだので、もうお分かりかもしれませんが。
相手の身体は、あなたから三十センチほど離れたところにあります。随分とリラックスしているようです。
距離感は掴めましたか? しっかりと頭の中で、イメージはできていますか?
ここまで来れば、後は簡単です。気にかけなくてはいけないのは、時間だけ。もう後戻りはできません。ためらってしまうのが一番よくありません。
ええ。ですのでどうぞひと思いに、ページをめくってください。
――はい。たった今、森野芽々の心臓が止まりました。
おめでとうございます。他でもない、あなたが犯人です。
あっけないとお思いですか?
あまりにも簡単に事が済んで、驚きましたか?
時間があれば、物語の外にいるあなたの気持ちを、ぜひじっくりと聞かせていただきたいものです。
さあさあ、お疲れさまでした。
これにてあなたの仕事は終了です、本当にありがとうございました。
あとはゆっくりと、残りの物語を楽しんでください。
ですが……どうかお気をつけて。
今回集まった中には、なかなか頭が切れる人がいるようです。万が一にもあなたの存在がバレることはないかと思いますが……。くれぐれも、不用意な発言は控えてください。
あなただって、警察に捕まりたくはないでしょう?
静かに息を殺しながら――皆さんの物語を傍観していてくださいね。
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