バカヤロー! 史上最強のコンビ

  僕の彼女は、とてもで、聡明そうめい、とてもつつしみ深い。ひとことで


いうと学級委員長タイプ。大学生になるってのに、髪も染めない。父親がとても厳し


く、子供のころから厳格に育てられたせいらしい。そして僕らがつき合ってることは


誰も知らない。誰にも内緒にしている。奥ゆかしい彼女の望みなのだから仕方がな


い。男がいる、などといううわさが父親の耳に入ったら、たちまち別れさせられて


しまう、そう彼女にいわれては、僕としてもだんまりを決めこまざるおえない。彼女


ほどの女性はめったにいない。清純なその容姿とは裏腹に、なにしろエロいのだ。


なにがどうエロいのかって、あーんなことやこーんなことまで日常茶飯事。ありえな


いでしょう!ってことまで軽々と経験させてもらっている。


 抑圧された環境の中で育ったことが原因ね。深層心理学科に籍をおく彼女は、そう


語る。きわめて知的に自己分析をしてみせる。ははぁ、なーるほど。僕などは、うな


ずいてみせるだけ で、そんな理屈などハッキリいって、くやしいがよくわからない


し、どーでもよかった。


「本当に、本当な感じでレイプされてみたいの」


 彼女がいつもの調子でおねだりしてきた。場所は、薄暗い廃屋。床は板張りで、


ところどころササクレだって破れている。


「危ないからなにか敷いた方がよくない?」 僕がいうと彼女は、ばかねと笑った。


「本当に本当な感じっていったでしょ? どこの世界に敷物を用意する強姦魔がいる


の?」


「うん……」 ぱんっ!  いきなり彼女から思いきり横っつらを張られた。


「いい? 私も本気で抵抗するからね」


「わかった……」


 頬を打たれたことで、僕の中に眠る野獣が目を覚ましたみたいだ。彼女は、いつも


一段も二段も高いところから僕を見くだしているような気がじつはしていた。かなー


り、腹が立ってきた。男の腕力には逆らえないことを教えてやる。


「いい? レディ──」 ゴー!と卵形に開いた彼女の口を押さえつけ、僕はいきな


り押し倒した。なにかいおうとモゴモゴ動く唇を手のひらに感じつつ、片方の手でブ


ラウスの前合わせを強引に引きちぎる。そしてあらわになったブラジャーとその中に


隠されたふたつの美味なる果実に顔を埋め──。


「そこまでだ!!」


「やめるんだ!!」


「へ?」あらぶる男たちの声に顔を上げる僕。その廃屋の一室は数人の警察官に包囲


されており、なにをいおうと、叫ぼうと、有無をいわさず、僕は強姦の現行犯で逮捕


された。そして罪状が読みあげられる。 容疑。れ、ぅ!? 


容疑ぃ!?


「待ってくれ! 違うんだ! 待ってくれぇー!!」


 


「お父様、タイミング、バッチリでしたわ。あとはよろしくね」


「…………」


「お父様ったら!!」


「わかってるよ。しかしな……」


「なによ?」


「前途ある若者を、連続暴行殺人犯に仕立てあげるってのはどうも……」


「前途ある若者? 聞いたふうな口を。冤罪えんざいの上の口封じは、お父様たち警察の


おハコでしょ?」


「そんな時代もあったが、今はネットやら、捜査の可視化とかで昔みたくはいかない


んだ」


「あ、そう。では次期、警視総監候補のじつの娘が強姦被害者を自作自演、マスコミ


をにぎわせてもいいわけ?」


「そりゃ困る」


「困るといわれても私も困るけど」


「そりゃそうだ」


「マスコミの前に引きずりだされたら、私がセックス依存症だってことも隠してはお


けないわ」


「うーむ」


「お嫁にいけなくなったら一生うらむわよ、お父様」


「待て待て」


「なぜ私がそんな病気になったのか、原因も究明されるでしょうね。そうなったら私


も隠 しきる自信ないわ。十二のころ、あれほど厳格で尊敬していたじつの父親に服


を脱がされ──」


「待て待て、それ以上いわんでくれ」


「いいけど。でもアレから私の頭と体がおかしくなったのは事実なのよね」


「あのときは……警察全体の威信をかけた捜査の指揮を、私がとり仕切っていて……


そしてうまくいかなかった……疲れていたんだ。でき心だったんだ」


「それはなん度も聞きましたが、なんでもでき心ですめば警察はいらないわね?」


「そりゃそうだが」


「こうなったからには、世間さまから変態親子とうしろ指さされて生きていくしかな


いのね。ああ、かわいそうなお母様……」


「やめてくれ!! アレに知られたら、お前!!」


「お母様がすべてを知ったら、泣きくるってしまわれるわね。そうなったら、もう誰


も止められない。自殺よ、自殺。娘は変態、妻は自殺。お父様の立場なんてそれこ


そ、二秒で崩壊するわね」


「待て待て待て! それだけはさけようよ!!」


「そうなるのは誰のせい? 私のせい? ハッキリいって関係ないって感じ」


「お前のじつの親の話だぞ!!」


「じつの親にナニされた娘なんですけど……」


「──わかった。取引に応じよう」


「もう、お父様ったら、石橋をたたいて落とすところだったわよ」


「条件を聞こう」


「せっかちなんだから、お父様ン」


「そーゆーいい方やめてくれないか?」


「条件はね、あの前途ある若者を暴行犯に確実に仕立てあげること。一部の


隙もないようにお願いね」


「どうして暴行犯なんだ?」


「お父様、ばかなの? 単なる強姦現行犯じゃすぐ出てくるに決まってるじゃない。


出てきたら私の性癖やら、警察の冤罪やらしゃべるに決まってるでしょ?」


「そりゃ困る」


「でしょ?」


「しかしお前ら、つき合ってたんだろ? 誰かに知られていたらアウトだぞ」


「そんなヘマはしてないわ」


「携帯の履歴は? メールの履歴は?」


伊達だてにエリート警察官僚の娘はしていませんから。なにひとつ残してません」


「待て待て、なんでそんなに周到なんだ?」


「お父様、聞かぬがはなって言葉もあるわ」


「気になるじゃないか?」


「これでも一応、お父様に対してまったく愛情がないわけじゃないのよ。聞かない方


が幸せよ。よかったわね」


「よくはない。私だってお前を愛してるんだ。これでも一応」


「まねしないでくれます?」


「親子だから似てしまうのだろう」


「無理にきずなを求めないでくれますか?」


「……これだけはいっておく。仮に、あの前途ある若者を牢獄に押しこんだとしよ


う。しかし、本物の連続暴行殺人犯は野ばなし状態なのだ。彼の服役中に事件が起き


れば誰もが疑うぞ。あの若者は本当に本物の連続暴行殺人犯なのか?と。そーゆー


つまらないことがらから崩れていくモノなんだ完全犯罪ってのは。無理に絆を求めて


いるわけではない。やるからには完璧を期さねばならないのだ。私たち親子の命運が


かかっているのだからな」


「なるほど」


「お父様にいってごらん。打ちあけてごらん、お前の心の闇を」


「だって……」


「だって、だってと、いいわけするな! そんな女にだけはなるなとお父様はいつも


いっていたではないか!!」


「わかったわ! お父様、私いうからね!!」


「吐け! 吐くんだ! ゲロしてしまえ!!」


「どうして前途ある若者をハメなければならなかったのかというと……」


「フムフム」


「本物の連続暴行殺人犯を私が殺しちゃったからなの」


「──殺した?」


「そうそう」


「いつ? なぜ? いつ?」


「お父様、動転なさってる場合?」


「いや、待て待て! 本当なのか?」


「お父様の娘が、こんな冗談をいうと思うの?」


「…………」


「いうと思ってるんだ? そーなんだ?」


「待て待て、事情を説明してくれ」


「いいわ。簡単にいうと、お父様のパソコンから警察のデータベースをハッキングし


た私は、これまでの連続暴行殺人犯の行動から彼のプロファイリングに成功、次に


犯行をおこなうであろう場所を特定したの」


「なんだかすごいことをいわれているような気もするが、まあいい。それで?」


「推察した通り犯人は現れた。そして私は当然のごとくレイプされたわけ」


「おいおい、それを楽しんだんじゃないだろうな?」


「あはは、バレバレ? でも、私だって殺されるのはゴメンだし……」


「あたり前だ!」


「ほどよいところで、用意したスタンガンで攻撃したの」


「ほどよいところ?」


「もう最高潮のときよ。もう、お父様、変なこといわせないで」


「すまんすまん」


「私も興奮して我を忘れた状態だったから、電圧最大値でガンガンやってたら、もう


犯人もビンビンでメチャクチャで、あー、もう!!──で、気がついたら死んでたわ


け」


「…………」


「驚いた?」


「驚くだろ、普通」


「私も驚いちゃった、スッゴかったの……」


「そうではなく!! 待て! お前、まさか、それが病みつきにとか……」


「そーなの」


「そーなのか!? ってことは、あの前途ある若者にレイプをせがんだのも!!」


「そーなのよ」


「お前!!」


「お父様、待ってよ。だからこうして思いとどまったじゃない。お父様にお願いして


現場を押さえていただいたんじゃない?──ほら」


「スタンガン! おい、バチバチいわせるな」


「私としても彼を死なせるのは忍びなかったのよ……彼、優しい人だから」


「うーむ。──と、いうことは、われわれ警察は殺人を未然にふせぎ、前途ある若者


の生命を救ったということなのだな?」


「そーよ、お父様! そーなのよ!! お母様もお喜びになりますわ!!」


「そーかぁ!!」


 ニッコリと微笑ほほえみあい、肩を抱きあう父と娘。めでたしめでたし。



 やがて警視総監になった父と、凄腕すごうでのプロファイラーとして名をはせる娘が、


親子鷹と呼ばれ、日本警察史上最強のコンビとして犯罪者をふるえあがらせ、治安維


持に大いに貢献したことを思えば、あの前途ある若者がバカヤロー!と叫びながら獄


中で憤死ふんししたことなど、とるに足りないできごとに違いない。──多分。


                               (終)

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