聖なる夜

 まぁ、ロクでもないこともない代わりに、取りたてて素晴らしくもない。誰かに迷


惑をかけない代わりに、誰にも干渉を受けない。そんな十年だった。


 僕は、どうやら今年いっぱいも生きていられないらしい。クリスマスイブの夜、天


に召されることが決っているのだ。


 クリスマスイブは、僕にとってどうということのない日だった。いってしまえば、


ただの○曜日にすぎない。プレゼントの出費を気にすることもない代わりに、 期待


感にドキドキすることもなかった。


 こんなモノいいしてるから、僕が若いと思うでしょう? そうでもないんですよ


ね。けっこう、いい年。子供のひとりくらい、いたって不思議じゃない。いたんだよ


ね実際、ひとり。男の子だったんだよ。

 

 あはは……すみません。なんか、涙もろくなっちゃって。いやぁ恥ずかしいな、


いい年して。男の子、うん、産まれてくる前に死にました。ママと一緒に。


すごいですよね、わかるんだもん、産まれる前にさ、男の子か女の子か。


 クリスマスってのは、だいたいなんの日でしたっけ? イエス様がお生れになった


日、でしたか?  日本的にいうなら天皇誕生日みたいなモノですかね? あ、で


も、天皇誕生日は知らなくても、クリスマスを知らない人はいないんですよね? コ


レって……まぁ、どうでもいいことですね。

 

 さっきもいいましたけど、イブ、イブと皆さんうかれてるみたいだけど、ここ十


年、 僕にはクリスマスはこなかったみたいです。サンタさんは、間違えて毎年毎年


イブの夜にきてくれてたけど。いくら、僕の息子は生まれなかったんですといって


も、プレゼントを置いていくんですよ。毎年、毎年。それで毎年ひとつづつオモチャ


がふえるものだから、しまいには段ボール箱いっぱいになっちゃいました。捨てるの


も……なにか、忍びなくて。北極だか南極からわざわざくるんでしょ? サンタさん


て。 悪いよね、捨てたりしたら。


 去年、きてくれたサンタさんがいったんですよ、プレゼントを大きな白い袋から出


しながら。来年のイブの夜、奥さんと生まれなかった男の子に会わせてあげるって


ね。死んだ者に会える……これはやっぱり、僕が死ぬってことですよね?


 でも、いい。この十年をのぞけば、そこそこの人生だったと思う。生まれなかった


子のママ、彼女と出会えたしね。うん、幸せな時間もたくさんたくさんありました。


初めての海外が新婚旅行でした。楽しかったなぁ、インドネシアのバリ島。


ふふふ……そう、彼女がいたころは、特別の日だったな、クリスマスイブ。


ああ、今年のイブも、そうだ、特別だね。彼女と、天国に産まれたあの子に会わせて


もらえるんだから。


 再婚もすすめられたし、職場内の女の子にほれられたことも、あったかな? で


も、僕はだめだった。僕の中の人を愛する能力は死んでしまったのだと思った。愛な


んてはかない、愛なんていらない。なくしたら悲しいだけだものね。


 温もりだけが欲しくて、女性を金で買いまくったこともあったです。一時期なん


か、風俗王なんて呼ばれてね。いやぁ、恥ずかしいな。そうだ、あのころの借金が、


まだ少し残ってたんだった。イブの前に、キレイに清算しておかないとね。そう、ほ


かのもろもろもイブの前にはキレイにしておかないと。変に思いを残すと、彼女たち


の場所までいけないかもしれないし……。


 サンタさんのプレゼント、そうか、このときのために毎年毎年、届けてくれたんで


すね。十年、長かったです。でも、十年、誰にも迷惑かけないで生きてきたから、だ


から、聖夜に奇跡を与えてもらえるんですよね。ああ……楽しみだなぁ、サンタさ


ん、待ち遠しいなぁ。早くこいこい……ああ、これは、お正月だった。恥ずかしいな


ぁ……。


 あはは、泣いたり、笑ったり、いそがしい奴だって昔からよくいわれてたんです。


僕の奥さん、彼女にも笑いながらよくいわれたっけ。懐かしいなぁ、またいってくれ


るかな……。


 ──奇跡、起きますよね? もう、悪い夢、見ませんよね? ねぇ神様。





「事件の概要を説明します」 上座に並べられた長テーブルの刑事が立ち上がった。


「本日、14:30分ごろ、六本木ロイヤルプラザ、及び青山シャイニングスクエ


ア、におきまして、同時刻、しかけられた爆弾が炸裂。死者三名、重軽傷者八名。同


時多発テロ事件かと思われ初動捜査が開始されましたが、テロ事件としてははなはだ


小規模な、ピンポイント的攻撃であること、ふたつの事件の被害者の中に共通点が発


見されたこと、以上の理由により、捜査線上にうかび上がった男がおり、現在はその


男、水上恭司みなかみきょうじ 36歳の怨恨による単独犯行と、テロリストによる犯行、両面


からの捜査を進めております」


「水上恭司について説明します。年齢は36歳、イズツジ電子工業、通信設計技師


長。えー、独身。これにつきましては、詳細説明が必要になります。十年前の今日、


クリスマスイブの夜、水上の妻が死んでます。実にくだらん理由でした。パーティー


かなにかで酔ったあげく、駅のホームで起きたケンカ騒ぎ、いざこざに巻きこまれ、


線路に転落。えー、運悪く、それが列車の進入時と重なり、母子ともに即死」


「母子?」


「被害者は妊婦でした」


「その件と今回の爆破事件との関連は?」


「六本木の方にひとり、青山の方にふたり、当時、酔ってケンカ沙汰をおこした主犯


格の男がいました。三人ともに死亡」


「加害者の刑は確定していたのか?」


「それが連中、事故には関与していないと口裏を合わせていた節もあるのですが、目


撃者もなく、証拠不十分で全員不起訴。罪には問われてません」


「なるほど。しかし、なんで今ごろになって……」


「詳細はまだこれからですが、水上は自分へのクリスマスプレゼントと称して、毎年


ひとつ、ネットやら、裏取引のある店で、ナイフや銃などの武器。盗聴器や小型のビ


デオカメラ。爆弾の製作に関するデータを購入していたと思われるという証言がある


のです」


「誰の証言だ? 変じゃないか? これだけのことをやろうって奴が誰にそんな話を


するんだ?」


「水上の同僚たちです、彼らの話によると水上は毎年イブ近くになると精神状態が不


安定に……おかしくなったみたいです」


「おかしく? よくクビにならなかったな」


「年が明けると何ごともなかったように、ケロッとして出勤してくるらしく、いかん


せん有能な人材で ある上、イブの夜にあんな事件があったわけだしと、大目に見ら


れていた模様です。ただし、プレゼントのオモチャが、銃だの爆弾だのって話はおも


しろがってはいても誰も信じていませんでした」


「家宅捜索の結果、押収された数々の品もこの証言と符号します。もしかします


と──」


「十年かけて綿密に計画を立てていたのか?」


「可能性は否定できません」


「そっちの線で決まりかな」


「それはそうと、当の水上の所在はつかめているのか?」


「それがどうも、海外に」


「海外? 高飛びか?」


「だろうと思います」


「いや、あの……」


「なんだ? 所轄しょかつ、はっきりいえ」


「は、はい。当時のホームでのケンカ沙汰の主犯格がもうひとりいるんですが現在、


家族と海外赴任中でして。そこってのが……」


「水上のいき先と同じなのか!?」


「まさか海外でも爆破事件を!」


「すぐに調べろ! その国で爆破事件が発生していないか!?」




 カチリ。 午前0時を回った。イブの夜が終わった。


「爆破事件のニュースは入っていないそうです」


「もし水上が、イブにこだわっていたのなら、ひと安心といったところか」


「クリスマスまでならあと二十四時間あるわけだぞ」


「情報では水上の精神異常のピークはイブのようです。毎年クリスマスの朝には落ち


着きを取りもどしはじめていたと」


「ピークは越えたわけか……」


「やれやれだな」


「しかし野ばなしにはしておけん、現地の警察に連絡を取って──」


「あの……」


「いっこくも早く水上を確保するんだ!」


「あの……」


「なんだ、また所轄か? 何度もいわすな、はっきりはなせ!」


「はぁ……水上のいった国って中国なんです」


「それがどうした!?」


「中国は、まだイブなんです」


「……時差か!?」


「うわぁ~!!」


「うわぁ、じゃない!! すぐに大使館と現地警察に応援要請! 水上と、奴がねら


う男の所在確認!!」





カチリ。 中国のイブの夜が終わった。


「結局、なにもおこらなかったですね……」


「取りこし苦労、ってところでしたね。所轄のせいで」


「すみません……」


「しかし水上も、もうひとりも、その家族の所在すらつかめなかったのは解せん


な」


「世界一人口の多い国ですからね」


「そういう問題じゃないだろうが!」




 やれやれ、なんとか間にあった。今、僕の目の前で拘束され、震えている男と、そ


の家族、彼らを吹きとばせばもう思い残すことはない。この世でのすべての思いを


キレイに清算できる。そうしたら、そう、彼女と息子が迎えにきてくれる。サンタさ


んと一緒にね。──もう、悪い夢、見ませんよね? 神様。


 ふたりと顔を合わせたらまず、なんといおう。イブの夜だし、そうだな、そうだ


な、困った、困った。


 中国ではしたくなかった。水上恭司は十一年前、彼女と新婚旅行にきた、この地で


天に昇りたかったのだ。


「メリークリスマスかな? やっぱり。風俗王なんて呼ばれたことがあるの、許して


もらえるかなぁ……」


 彼は、男とその家族、そして、自分自身をほうむるためにノートパソコンのキー


を押した。通信設計技師長の彼には、造作もないギミックであった。



 爆発の火柱は天にも届く勢いで立ちのぼっていく──。



 カチリ。 インドネシア、バリ島のイブの夜が終わった。


クリスチャンは少ない地元の人々も、奇跡のように立ちのぼるこの日の炎と、雪片


のごとく降りそそぐ火の粉の前では、なぜだか、敬虔けいけんな気持ちになったのだと


いう。



 聖なる夜は、こうして、本当に終わった。


                                (終)


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