第2話:裁判・保和殿

 正直とても怖いです。

 後宮所属の私が朝議に呼び出されるなど、明らかに異常事態です。

 太和殿に集まった文武百官の前に引き出されてしまっています。

 これはどう考えても裁判にかけられています。

 これから激しい詰問の嵐に晒されるのでしょうか。

 わずか九歳の娘にそれはあまりに無慈悲ではありませんか。


「皇帝陛下、伏してお願いの儀がございます」


 第二皇孫の仲徳殿下が、水を打ったように静まる太和殿の雰囲気に臆せず、皇帝陛下に何か願い出られます。

 私を詰問するためなのでしょうか。

 それとも私を助けようとしてくださっているのでしょうか。

 つい期待してしまします。


「なりませんぞ、仲徳殿下。

 ここは朝議の場でございますぞ。

 しかも今日は左中書令の姚孫子高殿の罪を明らかにする重大な場です。

 元服前の身で無理に朝議に参加したうえ、発言するなど殿下でも許されません」


「皇帝陛下に伏してお願い申し上げます。

 確かに我が身は元服前ではございますが、皇族の一員ではあります。

 皇族として、臣下の分際で皇帝陛下を陥れようとしている者を、黙って見過ごしにはできません。

 どうか我が言葉に耳をお貸しください」


 すごいです、本当に凄いです。

 この身もすくむ場で、堂々と皇帝陛下に物申されています。

 しかも権勢を誇る門下省左侍中の姜謝公台様を無視してです。

 とても私と同じ九歳とは思えないです。

 私もたいがい早熟と言われてきましたが、別格です。


「大行しい事だな、仲徳。

 なんだ、構わぬ、申してみよ」


「はい、ありがとうございます、皇帝陛下。

 今罪を問われ詰問されようとしているのはわずか九歳の娘でございます。

 皇帝陛下御臨席の場で文武百官に詰問されて、平気なわけがございません。

 後世の者はこの場の事を何と申しますでしょうか。

 いい大人が小娘をいたぶり偽証させたと言うに違いません。

 仁道を持って中華を治める皇帝陛下にこのような事をさせるなど、それこそ不忠の極みではありませんか。

 それをここにいる文武百官の誰も指摘しません。

 これこそ皇国の腐敗を表しているとしか申し上げれません。

 ここにいる文武百官は全員科挙に合格した優駿なはず。

 ならば小娘を脅かして陥れるような卑怯な真似をせず、正々堂々政敵の姚孫子高殿と論戦を戦わせるべきでございます」


「あいや、待たれよ、仲徳殿下。

 我ら文武百官を不忠卑怯と申されるのは、いかに殿下といえど聞き逃せません。

 我らは忠義があるからこそ、皇国の根本となる法を犯した者を問いただそうとしているのです。

 それが例え九歳の娘であろうと許される事ではありませんぞ」


「黙れ公台!

 私は皇帝陛下に献策しておるのだ。

 それを横から差出口を挟むなど、思い上がりも甚だしい。

 まさかお前は皇帝陛下が私の口車に乗る愚か者だと思っているのか?!

 皇帝陛下は誰が何を言おうと、正しい判断を下される方じゃ。

 黙って控えおろう、不遜不忠者が!」


 すごい、本当に凄いで。

 朝議の雰囲気が一変しました。

 私を責め立てようとしていた雰囲気が奇麗になくなっています。

 それどころか自分達を恥じている雰囲気がありありと出ています。

 いえ、自分達の悪巧みが露見した事に狼狽え保身に走ろうとしています。

 特に皇帝陛下の目が完全に変わっています。

 私を憎み罰しようとしていた目が、姜謝公台様を憎む目になっています。

 

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