第16話 インドのICU

 窓の外は薄暗くなっているようだ。私の耳にはキンコンカンコンと計器類の発する音が聞こえている。カテーテルこそ今回は勘弁してくれたようだが、首と腕に点滴が入り、心電図やら、血圧計やらやたらとケーブルが取り付けられ、所謂スパゲティ状態となった。これでは寝返りも打てない。

 ICUにはカーテンを隔てて10人近くが入っているようだが、キンコンカンコンという機器の音が常に満ちており、たまに呻き声が聞こえたりする。そもそもICUなどというところは、死にかけている者が入るところで、私はもうかなり回復していた(自分では)から、とても場違いな感じがした。これもあとで思ったのだが、保険でいくらでも取れる外国人客から、取れるだけとってやれというワナに、まんまとかかったに違いなかった。あれほど医者と病院を毛嫌いしていたのに、こんなところで落とし穴にはまるとは!!

 ところで、ICUに入った日の夜、困ったことがおきた。「トイレにいきたい」と思ったのだが、この状態でどうやって???しかし、我慢には限界がある。看護師を呼んで英語で「トイレにいきたい」と言ってみた。一応、英語も公用語なので、病院で働くような人間は多少の英語が通じる。中学生女子にしか見えない小柄な看護師は、うなづいて向こうへ行くと、ニヤニヤしながらしびんを提げてきた。

 「こんなものにはできない。使ったことないし。第一、俺は歩ける!」と言うと、引き下がったようで、ちょうど点滴袋交換のときだったので、スパゲティを少しはずしてもらって、その束の根元のコネクタを手で持ってトイレにいけということになった。で、ベットから立ち上がってトイレにいこうとすると、「一人ではダメ、付き添いをつける」という。「は?」と思ったが、どこから現れたのかニヤニヤしたじいさんが私の腕を支えてトイレについてきた。トイレは同じフロアの、広いICUの入り口付近で、それほど離れているわけではない。ようやく用が足せると思ってトイレに入ると、なんと、そのじじいも一緒にトイレに入ってきた。この調子だと次にトイレに行くのも容易ではなさそうだから、今のうちに「大」も済ませて置こうと様式便器に座ると、ちょうど私の正面にそのじじいも座るではないかっ!監視用の椅子があったのだ。つまり、向き合ったままで用を足せと・・・・。人生最大の屈辱である。

 まだシビンの方がましだったかもしれない。が、ICU滞在中のトイレは、常にこのジジイと行くはめになった。3回目くらいには「トイレに行きたい」ではなく、「ウンコマンを呼んでくれ!」と看護師に頼むようになったが、ウンコマンは頼んでから1、2時間経たないと来ないこともあるし、夜は帰ってしまっていない。このあたりは至ってインドだった。

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