第12話 インド、ラダックへ

 事実、その頃からは歩くことはさらに苦痛となり、立っているのもやっとで、何もなければすぐに座り込むような日が続いた。妻も働いているため、昼間はお互い顔を合わせない。だから、私の体力がここまで悪化していることに、気づかなかったようだ。休日どこかへ出かけるときは、たいがい酒が入っていたから、私がダラダラ歩いたり座り込んだりしても、飲み過ぎのせいだと思ってていたようだ。もっとも、私が妻に心配をかけたくないので、歩けないのを酒のせいにしていたのだが。

 立っているのさえ苦痛な状態。もう確実だった。私は死ぬ。何で自分だけこんな目にあわなければならないのかとか、意外と短い人生だったとか、いろいろ考えながら酒を飲むようになった。妻の前では涙は見せなかったが、たまに夜一人で飲んでいると、とても悲しくなることがあった。特に妻には申し訳ないと心から思った。だからこそ無理をして、長年の妻の夢であったインド行きを決行することにしたのだった。貯金も使ってしまおう・・・。

 2018年8月4日、成田のビジネスクラスのラウンジで、妻は忙しそうに仕事の連絡などをしていたが、私はビールを何杯も飲み、寿司だの、サンドイッチだの、デザートだの、好きなだけ食べて出発を待っていた。今回の旅行はインド北部、ラダックへ向かう。デリーで一泊して飛行機を乗り継ぎ、レーの都から山岳部へ。車とガイドも自分たち用にチャーターしてもらった。このラウンジの記憶のあと、デリーのホテルまで私の記憶は飛んでいるのだが、これは酒のせいではない。あとで気づいたことだが、私は何度も昏睡に近い状態に陥っていたらしいのだ。デリーのホテルでもロビーで立っているのがだるかったから、すぐにソファーに座りこんだ。そのロビーのソファーが赤いビニール製だったことだけを記憶している。妻から後で聞いたのだが、この頃の私は、いつもそんな状態で、ちょっと時間があるとすぐに寝てしまっていたという。「すごく疲れているように見えた」と。だから、このホテルの部屋のことや食事のことなどは、ほとんど記憶がない。


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