第2話 発症直前のGW

 最初に違和感を感じたのは、もう6年も前のこと。2014年のGW明けだった。なんとなく疲れたり、フラついたり、足腰に力が入らなかったり、明らかに「おかしい」という日が、数日おきに現れはじめたのだ。この頃の自分の体調について、私はカレンダーに○×をつけて記録していたのだが、今そのカレンダーを見ると、5月末から6月にかけて、「○」や「マシ」に混じって、徐々に「▲」や「×」の日が増えていくのが分かる。

 ちなみに、このような症状は比較的急激に現れて、急激に悪化していった。というのも、その直前のゴールデンウィークの4月末日、私は長野県まで車にランドナー(旅行用自転車)を積んで出かけ、嶺方峠というサイクリストのメッカを攻略していたのだから。そう、私は毎週のようにハイキングやサイクリングに出かけるような、元気もりもりのアウトドア人間だった。ただ、今になって思えば、この時も絶好調ではなく、たいした上りでもないのにやたら息が切れ、あとから来た他のローディー(ピチピチバンツでロードバイクを駆る最近の自転車乗り)たちに次々に抜かれるありさまだった。もとよりトレーニングではなく、長年憧れていた峠道を味わいに来たのだからとのんびりペダルをこいで、時間をかけてやっとこさ峠道を登りきった。

 少々話が逸れるが、なぜここがサイクリストのメッカかとういうと、『ニューサイクリング』という、私か高校生だったころの自転車雑誌に、タイヤか何かの広告でここの写真が採用されたためだ。私を含めて当時の多くの自転車小僧たちは、そのトンネル越しに黒く縁取られた、雪をかぶった白馬の山々が青空に映える写真に惹かれ、「きっといつかは」と心に固く誓った・・・という、そんな場所なのである。私が連休を選んで訪れたのも、白馬に雪が残るその同じ景色を見てみたい、と何十年も経ってから思いついたためだ。思いついてから行動に移るのは割と早いほうで、(そのためしょっちゅうやらかすのだが・・・これについても後述する)、数日後の連休最終日の早朝、私は長野側の道の駅中条に車を駐車して、トランクから取り出したランドナーを組み立てていた。

 道の駅はもう少し峠寄りにもあったと思うが、わざわざ遠くから登ろうと考えたのも、やはり聖地への畏敬の念があったからだろう。

 そして数時間後、ようやくたどり着いた嶺方峠(今は白沢峠と言うらしい)。目印となる最後のトンネルの入り口が目に入ると、思わずペダルに力が入り、それまでの登りの苦しさも吹き飛んだ。

 トンネルを抜けようとする私の目の前には、あの『ニューサイクリング』の広告と同じ景色が飛び込んできた。数十年という歳月のため、トンネルのコンクリートアーチの形は丸型から四角型に変わっていたが、まさにドンピシャの景色。天気もよし、残雪の感じも完璧。写真を撮ったり、もう一人訪れていた知らない自転車仲間とちょっと話したり、お湯を沸かしてコーヒー入れたりした。これが健康体最後の自転車旅行になるとも知らずに・・・。

 長年の憧れの景色を存分に味わい、数十分後再びランドナーのハンドルを握る。下りはあえて反対側の白馬側へ。そこからのんびりと仁科三湖を巡って、南側の別のアップダウンの少ない道で道の駅に戻る計画だった。豪快なダウンヒルの途中で道祖神を見つけて急ブレーキをかけ停車して写真を撮ったり、それから青木湖だったか湖畔の神社の境内の木陰で火照った身体を休めたり、無人駅の自動販売機でこの頃のお気に入りのCCレモンを一気飲みしたりした。天気がよかったので暑いくらいだったのだ。

 夕方、暗くなる前にもとの道の駅に戻り、自転車を分解して車のトランクに載せ、その日の充実したアウトドアライフは無事終了した。ちなみに私の車は、Xタイプいう当時ジャガーで一番安いモデルだった。フルタイム4WDで雪道も安心して走れるちょっとしゃれた革シートのセダン、という条件の末たどりついた選択に過ぎず(あ、あと自転車が詰めるくらい大きなトランク!)、別に私がお金の使い道に困るほど余裕の生活をしていたわけではない。2009年モデルの国内在庫最後の2台のうちの1台で、2500CC、V6エンジンは、たまにブン回すとレーシングカーみたいな渇いた良い音がして、「お、ジャガーだ・・・」と頷けるとても良い車だった。

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