第9話 波乱の予兆
「はあっ!!たぁっ!!」
「ふっ!」
早朝……まだ太陽が昇り始めたくらいの時間に、若い男女の声が響いていた。
二人の手には反りのある金属の棒……いや、刀が握られており、二人の持つ刀が打ち合う度に「キンッ!」「ギャァンッ!」と金属独特の甲高い音や擦れるような音が鳴り響く。
力強い踏み込みと共に、上段から思いっきり振り下ろす少女・リオン。
それを腰溜めの構えから刀を振り抜く少年・イチカ。
二人が持っているのは真剣……ではなく、昨日イチカがグランに依頼して作ってもらった模造刀である。
しかし一口に模造刀と言うが、その刀身は本格志向の業物であり、刃は刃引きしているため、人を斬ったりはできないが、当たれば当然痛いし、最悪の場合、斬殺はできなくても撲殺はできるのだ。
なので、今日の打ち込み稽古を始める前に、そのことにだけ注意をしておいた。
たとえ人が斬れなくても、武器である以上、人を傷つけ、命を奪う物である……と。
今日からはそのことを踏まえて、さらに実戦式に稽古をしている。
「やあぁぁっ!!!」
「っーーーー!」
勢いよく踏み込んでくるリオン。
その手に持つ模造刀は木刀に比べると重い筈だが、それを何とか必死に振り下ろしている。
イチカはそれをギリギリまで待ち、リオンが刀を振り下ろしてきたと同時に右半身を後ろへと下げる。
「あっ……!」
イチカの脳天を目掛けて振り下ろした一撃だったが、見事に誰もいない場所へと吸い込まれるように刀身が落ちていく。
そのままの勢いで体が前のめりになったリオン……急いで体勢を立て直し、自身から見て右側の方へと消えたイチカに追撃すべく、すぐさま刀を右薙に一閃した。
しかし、そこにイチカの姿はなく、またしてもリオンの刀身は空を切った。
「えっ……?」
「はい、俺の勝ち」
「ぁ……」
リオンの耳に届いたイチカの声は、リオンの背後から聞こえてきた。
ゆっくり後ろを振り向くと、すでに首筋に刀身を当てられる位置に置かれている。
また負けてしまったようだ……。
「ま、参りました……」
「さっきのいい踏み込みだったよ。迷いなく鋭かった。
けど、だからこそ相手からも読まれやすい」
「はい。もっともっと、頑張ります……!」
「その意気だ。さて、もう今日は上がろうか……ガウスさん達の手伝いもあるし、体力は温存しとかないとな」
「えっと、収穫……でしたっけ?」
「うん。小型収穫機があると言っても、脱穀なんかは人力でやらないといけないからね。
それに、ガウスさんの所は畑も広いしね」
「はい。毎日のランニングで回りますけど、すごく広いですよね……これを家族だけでやるなんて……」
「帝国時代からずっと守ってきた農場だからね……あとは、手伝ってくれる人を入れるといいんだけど……」
季節は夏に近づきつつある。
ガウスの麦畑では、もう麦が実り始めている。
本日はその収穫日……と言うことで、イチカとリオンもその手伝いだ。
正確にはガウスが小型収穫機で刈り取った穂を回収して、それを脱穀機という別の機械にかけて、小麦の実を回収する。
イチカとリオンは、その穂の回収を主に手伝う手筈になっている。
「でもまぁ、こんな重労働をやりたいっていう奴がいるかどうか……」
「でも、これも立派なお仕事ですよね。ここでできた小麦で、美味しいパンが作られて、これが皆さんの食卓に並ぶんですから……」
「あぁ……。当たり前の様に感じるけど、実際にその仕事をしてみて、初めてありがた味がわかるんだよな……」
「そうですね」
『聖戦』と呼ばれた大きな戦争が終わって4年……。
今や戦争の名残りと呼べる物もなく、自治州として動き出したこの場所も、本当に平和だと感じる。
自治州も今は発展途上……元々の帝国民や、王国側から新天地での新生活を求めて流れてくる人たちもいる。
今の自治州は、帝国の古き風習と王国の風習が混ざり合い、混在している状態。
このため、多少の揉め事は確かにある……しかし、戦争から4年しか経っていない事が起因してか、大きな事件や事故に繋がっていないのが幸いだろうか……。
この街もどんどん大きくなっていく。
いずれ王国に合併するのか、そのまま自治州として独自にやっていくのかは分からないが、今ある平和と幸せが、ずっと続けばいいなと、イチカは思った。
「さて、じゃあ着替えて準備しようか。っと、その前に汗を流さなきゃな……」
「は、はい……そ、そうですね……」
「ん?どうしたの?」
「いえ、その……水浴びは、したいんですけど……」
「えっと……?」
リオンが何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、リオンの視線が徐に自身に向いていることに気がつくイチカ。
しかもリオンは両手でシャツの裾を握りしめて、頬を赤らめている……。
水浴び……と言う単語が出てからすぐに……。
「いやっ!もちろん別々でだよっ?!」
「そっ、それは分かってますけどっ!……だって……イチカさんは……その……!」
「ぐっ……」
昨日の夕方ごろ……イチカはまたしてもやってしまったのだ。
アリエラの服飾店での手伝いをリオンに任せ、自分はグランの所の鍛冶屋の手伝いをして、その帰りに迎えに行った時……その事故は起きてしまった。
アリエラのハイテンションモードについていけず、そのまま倒れてしまっているのではないかと気になり、猛スピードで鍛冶屋から戻ってきて、そのままの勢いで玄関の扉を開けた……。
そしてそこで見たものは、可愛らしいピンク地のに白いフリルをあしらった下着を纏っていたリオンの姿だった。
何故玄関で着替えていたのか……?という疑問よりも先に、リオンの絶叫と罵声……そして風の砲弾をその身に食らって、吹き飛ばされてしまった。
イチカ自身としては、不可抗力だと大声で言いたいのだが、女の子の下着姿……それも13歳というまだ未成熟な少女のあられもない姿をなども見てしまったのだから、どれだけ無罪を主張したところで、厳罰に処されるのは目に見えている。
そんな事もあり、リオンは警戒心を張り巡らせている様だった。
「やっぱり、お父さんの言ってた事は本当だったんですね……」
「え?親父さんに何て言われたの?」
「男の人はみんな魔獣なんだって……男の人はみんな女の子の体を狙ってる。
だからおいそれと信じちゃダメだって……」
「それはごく一部の人間だけだっ!俺は決してそんなヤバい奴じゃないから!」
「で、でも……二回も……」
「いや、あれは本当に……っ〜〜〜!」
両手で頭をゴシゴシを掻きむしるイチカ。
なんだが、どんな弁明をしてもこちらが悪い絵面になってしまう……。
「って言うか、そもそも何であんなところで着替えてたのさ……俺以外の人が入ってくるとは思わなかったのか?」
「っ!そ、それはその……アリエラさんが、創作に集中したからって言って……追い出されて……」
「っ…………結局あの人が原因か……」
結局イチカは殴られ損……というか吹き飛ばされ損だったわけで……。
ここにリオンの親父がいなくて本当よかったと思う。
「まぁ……その……今回も俺が?悪かったです……ほんと、ごめんなさい」
「どうしてそんなに不服そうなんですか……」
「いや、だって!ほとんど不可抗力だったじゃないかっ!」
「そ、それでもっ!女の子のし、しし下着姿を見るのはっ……うぅぅ……」
女の子の下着姿を見るのは罪……なのだろうか。
リオンは両手、両腕を使って体全体を覆い隠そうとする。
イチカから体を触れられない様に……見られない様にするかのような仕草……。
そしてトドメの涙目……。こんなことされると、どう転んでも男が悪役だ。
「本当にごめんなさい!許してください!ほんとにわざとじゃないんです!」
これ以上言い訳するのはやめよう……。
イチカは90度に腰を折って、リオンに謝罪する。
リオンもリオンで、イチカに悪気がないのがわかっているため、どうしていいのかわからないと言った表情をしていた。
「おーい、二人とも〜。早く準備して欲しいのだけれど〜」
「「っ?!」」
イチカの謝罪とリオンの沈黙という静寂な雰囲気を、女性の掛け声が撃ち破る。
その声にビックリして、二人は声の主の方へと視線を向ける。
そこにはミーアが立っており、これから行う収穫作業のために着替えた作業用のつなぎ服に身を包んでいた。
「二人して何してるの?あっ!もしかしてっ……告白だったっ?!
私ったら、お邪魔だったかしらっ?」
「「ちっ、ちがいますよっ!!」
「え?そうなの?イチカ君が頭を下げてたから、てっきりリオンちゃんに告白してるのかと思ったわ〜」
「なんで謝罪をしてる姿が告白に見えるんですか……」
「謝罪?あぁ、イチカ君ダメよぉ?女の子の下着覗いたんでしょう?
そう言うのに興味があるのは健全な男の子の証拠だけど、13歳の子のはちょっとーーーー」
「ちょっと待ってっ!覗いてないですから!全ては不可抗力の事故ですからっ!」
「男の子はみんなそうやって言い訳するものよ」
「ミーアさんの男性像ってどんだけ単純なんですかっ?!」
「やっ、やっぱり男の人はみんな魔獣なんですね……!」
「リオンちゃんっ!?だから俺はその埒外だからっ!」
なぜか参戦したミーアの影響で、どんどんと逃げ場を失って行っている気がする。
いや、よくよく見るとミーアの口角がピクピクと動いているのを発見した。
ミーアさん、あなた……。
(絶対この状況楽しんでるだろ……っ!!)
リオンがイチカに対して訝しげな視線を向けているのを、ミーアはクスクスとほくそ笑んでいる。
この人ちょっとSっ気が出てないか……?
二人の女性からの異なる反応の狭間に立たされているイチカは、ただただため息を溢すしか出来なかった。
ーーーーーーーーーーーー
「クーちゃん、そこにいると危ないから、こっちで見てて」
「やー!クーもおてつだいするもん!」
「ダメよ。クーちゃんにはまだ早いから」
ミーアとリオンからの精神的揺さぶりを終えて、イチカ達は小麦の収穫作業に取り掛かっていた。
朝の稽古を終えて、それぞれ水場に行って汗を流し、ミーア達の着ている作業用のつなぎ服に着替えた。
ガウスが小型収穫機を操縦して、小麦の茎……根元近くの部分を刈り取っていき、そのままベルト帯に流されていった小麦は収穫の車体後方にある荷台の方へと流れていく。ある程度荷台がいっぱいになった時点で、一度収穫機の進行を止めて、荷台に積み重なった小麦を下ろして、収穫機は再び進行を始める。
イチカ達の仕事は、その後だ。
荷台から下ろした小麦を同じ大きさの束にして纏める作業。
これは、小麦をすぐに脱穀せず、乾燥させなくてはならないからである。
荷台から下ろした小麦のそばには、イチカ、リオン、ミーア、ミネ、そしてクロエの五人が集まり、それぞれが小麦の束を作っていたのだが、ミーアはまだ小さいお子様であるため、この手の作業もケガをする可能性があるため、出来るならやらせたくはないのだが、当の本人は俄然やる気らしい。
「クーもやるもん!」
「あぁ、クーちゃん危ないよ?」
「クーもできるもん!」
「もう……リオンちゃん、悪いんだけど、クーの事見ててもらってもいい?
こっちは私とお母さんで手早く済ませちゃうから」
「あ、はい。わかりました。クーちゃん、私と一緒にしよう?ね?」
「うん!いっしょ!」
クロエは元気よく頷き、リオンと一緒に小麦を束にしてリオンが紐を結んでいく。
その横では、ミーアとミネが慣れた手つきで小麦束を次々に量産していき、イチカはそのできた小麦束を両手に抱えて、今度はリヤカーに積んでいく。
これを昼過ぎまで続けていき、なんとか畑全面分の小麦の刈り取りと小麦束の量産、そしてリアカーへの積載と運搬を終えた。
運搬した小麦束は、母屋の裏にある掘建て小屋へと持っていき、そこに設けられた宙吊り竿に一つずつ懸架していく。
ここで小麦を乾燥させ、それが終わったら脱穀の作業となる。
「ふぁあ……収穫って、結構な重労働ですね……」
「まぁ、外は日が出てて暑いし、小麦束はそれなりに重いしね……。
でもまぁ、初めての作業だったんだ……やり切っただけでもすごいよ」
「いえ、私は……クーちゃんのことをほとんど見てただけですし」
そう言って、リオンは自身の両腕の中でスヤスヤと寝息を立てているクロエに視線を向ける。
最初の方はリオンと共に小麦束を作っていたのだが、後半は疲れてきたのか、船を漕いでいたので、リオンがそのまま抱っこして寝落ちしてしまった様だ。
「ごめんねリオンちゃん。クーをずっと見てもらってて」
「いえ、クーちゃんも頑張ってましたから」
「ありがとう。あとはもう乾燥させるのを待たなきゃだから、クーを寝かせてくるわね」
「はい。お願いします」
ミーアはリオンからクロエを譲り受け、そのまま母屋の方へと向かった。
残されたリオンの元に、今度はミネがやってくる。
「リオンちゃん、しばらく母屋で休んでらっしゃい。
お茶も用意したから、それ飲んでゆっくりしてなさい」
「はい、ありがとうございます。ミネさん」
「ほらイチカちゃん、あんたも休憩してきな」
「うん。ありがとう、ミネさん。それじゃあリオンちゃん、行こうか」
「はい」
イチカとリオンも母屋の方へ行き、そこで用意されていたお茶を飲みながら、燦々と照りつける太陽の光芒を見ていた。
「平和って、こんな感じなんですね……」
「え?」
「お父さんが言ってたんです……。平和になったら、みんなでピクニックとかして、広い場所で一緒にお弁当を食べれるって……」
「…………そっか」
「戦ってくれた軍人さん達のおかげで、この静かな日々があるんですよね」
「うん……そうだね」
これもまた、帝国と王国……両者の国民の血と涙でできあがった結晶なのだ。
だが……。
「でも、平和は勝ち取ることよりも、維持することの方が困難だからね」
「維持すること……」
「うん。このままこんな日が続いてくれたらいい……それだけで、平和に暮らせるんだけどね……」
「それを望まない人がいるんですか?」
「一部の人はね。戦争だって、タダで出来るわけじゃない。
武器を作るために材料を集めて、それを加工する……それだけでもたくさんのお金が必要だ。
ご飯だってそうでしょう?
人はご飯を食べて、水を飲まなきゃ生きてはいけない。
そのための食糧を確保しないといけない……そんな風に、ちょっとしたことで、戦争への準備は出来てしまう」
「それは……なんだか、イヤです」
「うん……俺もだよ」
かつて戦争を経験した身としては、そんな理由で再び戦争が起きるなんて、冗談じゃないと言いたい。
それで失われてしまう命は、二度と回帰しないのだから……。
「まぁ。こんなこと考えてても仕方ない……。今のうちに、休めるうちに休んでおこう」
「はい、そうですーーーー」
ゴオオオオオオォォォーーーーーーーー!!!!
「「っ?!」」
突如鳴り響いた地響き。
大地からの揺れが体を直撃し、ほんの一瞬体が浮いたかの様な感覚に襲われた。
リオンは持っていたお茶の入ったコップを落としてしまい、それが地面に落ちて中身がすべて溢れてしまった。
「きゃああっ?!!い、一体なんなんですか?!」
「少し母屋から離れて!そして身をかがめて守るんだ!」
「は、はい!」
突然のことで頭がパニックになっている瞬間に、イチカの声が聞こえてきた。
リオンはイチカに手を引かれる形で、軒下から離れて、両手を頭の後ろで組んで、身をかがめていた。
対してイチカは、何かを確認するかの様に辺りを見渡している。
何を見ているのかと疑問に思っていると、その直後に揺れは収まった。
まだ周りにあった母屋や宿舎はガタガタと音を立てていたが、倒壊する恐れはない様だ。
「い、今のは一体……?」
「わからない……。とにかくミーアさん達は……!」
「あっ……!」
ガウスとミネはまだ外にいただろう……。
しかしミーアは寝ていたクロエを抱えて母屋の中に入っていった……。外側から見れば母屋は倒壊していないが、中には家財道具がある……。
それらが倒れていて、その下敷きにでもなっていたら……。
「リオンちゃんは、母屋の中を見に行って!俺はガウスさんとミネさんのところに行ってくる!」
「はい!わかりました!」
イチカの言葉でようやく気を取り直し、リオンは急いで母屋の中に入っていった。
中はタンスなどが倒れており、食器なども散乱していた。
幸にして食器類は陶磁器ではなく、木製のものばかりのため、割れた破片などが散乱している状況ではなかったが、それでもまだ安心はできない。
「ミーアさん!クーちゃん!大丈夫ですかっ?!」
「おねーちゃん!おねーちゃん!」
「っ?!クーちゃん!どこにいるのっ!?」
「こっち!」
声のする方へと向かって進む。
倒れているクローゼットなどを飛び越えていき、居間を突き抜ける。
クロエの声が聞こえたのは、自室だった。
「クーちゃん!大丈夫っ?!」
「ク、クーは……だいじょうぶ……でもぉ……ママが……!」
「っ?!」
今にも泣き崩れそなクロエの声色。
扉を開けると、すぐそばにクロエが座り込んでいた。
「クーちゃん!」
「おねーちゃん……」
「大丈夫だよ……っ、もう大丈夫だからね……!」
クロエを抱き寄せるリオン。
リオンの胸の中で、クロエが静かに泣いているのが聞こえてきた。
「ミーアさんっ!大丈夫ですかっ!?返事をしてください!」
「ん……くっ……」
「は……!」
クロエを抱きしめながら、部屋の中を見回していたリオン。
部屋の中は置いていた家具やミーアとクロエの私物などが軒並み倒れており、悲惨な状況になっている。
そんな中で、ミーアの苦しそうにしているうめき声が耳に届く。
「ミーアさん!」
抱きしめていたクロエを一度離して、倒れているタンスや置き鏡、化粧台などを起こしていく。
すると、最後に持ち上げたハンガーラックの下に、ミーアの上半身が現れた。
「ミーアさんっ!大丈夫ですか?!」
「うぅ……えぇ、私はなんとも……クロエ……は?」
「無事です!ケガはありません……」
「そう……よかった」
「大丈夫ですからっ、すぐに上の瓦礫もどかします!」
そう言って、リオンはミーアの下半身を埋めている瓦礫を取り除いていく。
どうやら、部屋の天井の一部分が崩落したようで、その天井板が落ちてきたようだ。
「ふんっ〜〜〜!!お、重いっ……!」
「うぅっ……!」
「大丈夫ですからねっ、すぐに助けますからっ!」
「リオンちゃん……」
渾身の力を込めて天井板を退けようとするが、どうやら何か重いものが載っているか、何かに挟まって動かせない様になっている模様。
(どうしよう……!このままじゃ、ミーアさんが潰れちゃいそう……!)
人の何倍もの重さがあるものが、自分の体の上から押さえてきているのだ……あまり長時間埋められている状態だと、人の体だんだん血流が止まりだし、最悪の場合、血流が止まってしまった場所の四肢は壊死しまい、切断しなくてはならなくなる。
それに、もしも落ちてきた瓦礫で脚を負傷していたら、そのまま血が出続けて、出血死することもある。
「ママ、ママがんばって……!」
「クロエ……大丈夫よ……」
「っ……人を助けるため……人を助けるためなんだから……」
リオンが普段ではあまり出さない低い声で呟く……それは誰かに対して発した言葉ではなく、自分自身に言い聞かせているかの様だった。
「クーちゃん、ちょっと離れてて」
「え?」
「大丈夫。ママは絶対に助けるから……!」
「おねーちゃん?」
クロエにそう言い聞かせて、リオンは瓦礫を持ったまま、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「お願い……この瓦礫を吹き飛ばしてっ……はあああッ!!!」
気合の入った掛け声と共に、部屋の中で強烈な風が吹き上がる。
それは周り全てを吹き飛ばすわけではなく、落ちてきた瓦礫の山を、元あった天井方向に対して吹き上げるように、一直線で駆け抜けた。
ミーアの上にのしかかっていた瓦礫を、残さず吹き飛ばす風。
それによって落ちてくるであろう破片なども、吹き上げる風によって弾かれる。
ようやく風が収まったときには、その部屋に陽光が入り込んでいた。
「ミーアさん!」
「ママ!」
「ごほっ、ごほっ……大丈夫よ。リオンちゃん……あなた……もしかして……」
「っ……その……ごめんなさい」
朝の稽古を始める前に、イチカとした約束……。
聖霊の力を無闇に使わないという約束……それを破ってしまった。
ミーアたちは、純粋な元帝国市民だったはず……ならば、当然聖霊使いの事をよく思っていないはずだ……。
そして自分は、その聖霊使い……黙っていた方がいいと思っていたが、それでも良くしてもらっている人たちに隠し事をしていたことは、少し心が痛んだ。
そして今、それを自らにバラしてしまった……。
ミーアにその事を聞かれたくなくて、リオンは謝罪の言葉を口にした。
しかし……。
「どうして謝るの?あなたのおかげで助かったのよ?」
「え?」
「私たちが元々帝国人だから、嫌われると思っとのね……」
「それは……」
「大丈夫よ……私たち家族は、聖霊魔導士のことを悪く思ったらなんかしないわ。
なんせ、以前にも助けてもらったんだもの……」
「以前……もしかして、4年前の?」
「ええ……」
ミーアは、ゆっくり呼吸を整えながら教えてくれた。
4年前の大戦時に、王国側からの侵攻で家族が危機に瀕していたとき、一人の聖霊魔導士によって助けられ、家族全員無事だったこと。
ミーアの夫は、戦争の時に徴兵されてしまい、そこで亡くなってしまったらしいが、自分たちはなんとか助かったのだと……。
夫を亡くし、王国の聖霊魔導士からの攻撃で、魔導士に対する恐怖を募らせていったらしいが、自分たちのピンチに、帝国軍の軍服を纏った聖霊魔導士に助けられたのだという。
名前もわからず、一瞬のことで顔もあまりわからなかったらしいが、今ある幸せな生活を送れるのは、あの時助けてくれた魔導士のおかげなのだと……。
「だから恨んでなんかいないし、嫌いにはならないわ……それに、また助けてもらったんだしね」
「ミーアさん」
「ママ……!」
「クーちゃん……ケガはない?」
「うん……ママは?どこかいたいところない?」
「大丈夫よ……クーちゃんがいるから、ママは大丈夫!」
娘の前で気丈に振る舞うミーア。
しかし、瓦礫の下敷きになっていたのだ、全くの無傷とはいかないはず。
リオンはミーアに肩を貸して、とりあえず部屋を……母屋から出ることにした。
「リオンちゃん!」
「あ……イチカさん」
「大丈夫だったか?クーちゃんとミーアさんも……」
「ええ、リオンちゃんが助けてくれたわ。ねぇ、クーちゃん」
「うん……おねーちゃんがたすけてくれた」
「そっか……リオンちゃん、ありがとう」
「い、いえ、そんな……私は大したことは……」
「ガウスさん達も無事だよ。落ちてきた角材なんかで体を打ったらしいけど、命に関わる様な大怪我はしなかった。
ミーアさんも、一応医者に診てもらってください」
「ええ、そうするわ」
その後、ミーア、ガウス、ミネの三人を医者のいる診療所へと運び、診察を受けさせたが、三人とも大したケガは無く、命に別状はないとのことだった。
しかし、そのほかにも大きな地揺れの影響で、家屋が倒壊してしまった者たちや、その倒壊によって発生した瓦礫の下敷きになって亡くなってしまった者たちもおり、自治州内はパニックに陥っていた。
自治州の警備を担っている『アルトランテ警備隊』と呼ばれる組織は、今回のこの騒動に対して、負傷者の救護と、原因解明に向けて動き出したとの事だったが、これの事件が、のちに大ごとになるとは、この時誰も思ってなどいなかった。
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