第4話 聖霊使い
夜が明ける。
ゆっくりと登ってる太陽をその身に感じる。
寝ているベッドの側には窓が付いているのだ……それも、太陽が登り始める東の方角に。
なので、太陽の光が現れた瞬間、部屋の中が暖かい光で包まれる。
木造建築の宿舎は、材質となっている木材が太陽光をある程度吸収してくれるので、光の跳ね返りが少ない。
しかし流石に太陽が登り切ると、もう朝なのだという実感を得る。
人間の体内時計と呼ばれる物は、太陽の光を浴びるとどんなにズレていてもリセットされるのだと言われている。
昨日の夜遅くまで起きていて、寝ずに朝を迎えてしまっても、太陽光を浴びるとそれがリセットされて、体は朝の調子に戻るだそうだ。
こうして聴くと、いい事だと思ってしまうが、実際はそうでもない。
寝不足なのに体は早朝の状態なのだから、体の中に違和感を感じてしまうだろう。
昨日の疲れが残っているのに、早朝になれば動き出さないといけないのだから……。
まぁ要するに、健康的な生活を送る事が第一という事なのだろう。
話は変わり、俺、イチカ・ラインハルトの朝は早い。
太陽が登り始めの時刻は、今の季節だと早朝5時前。完全に登り切るのが5時半くらいだろうか。
その登り始めの早朝に、イチカは体を起こした。
「ん、んん〜……んぁ……」
上半身をベッドから起こし、両手を天井に向けて突き出す。
背中やお腹、脇腹などの筋肉を伸ばす。
昨日はそれなりに快眠だったと思う。
起きた時点での体の調子で、だいたいの睡眠状況はわかるつもりだ……。
なぜ朝起きるのが早いのか……と言うのは、昔からの癖だ。
毎日これくらいの時間に起きないと、むしろ勝手が悪い。早寝早起きは健康的だとも言われているし、特に困ることではないだろう。
「んん〜……さてと……」
十分に体の筋肉を伸ばしたり緩めたりを繰り返して、イチカはベッドから降りようとした……が……。
「んん〜……」
「ん?」
一人部屋の自室に、自分以外の声がする。
「え?」
「んん……」
「え……は?」
声のする方へと視線を移す。
声のする方……つまりは自分のベッドだ。
一人部屋にしては少し大きいサイズのベッド。
二人一緒に寝れることは寝れる……だが、この部屋には自分しかいないはず……なのに。
「え……な、んで……」
「すぅー……すぅー」
毛布に覆われて隠れてはいるが、毛布の端からチョロと出ているのは銀色の髪。
嫌な予感がしてたまらない……。
イチカは恐る恐る毛布に手をかけた。
だが寸前で動きを止める。
(こ、これは……勢いよく行くべきなのか……?それとも、ゆっくり慎重に……?)
どう考えても何かが毛布の下にいる。
毛布の形が既に人型を象っている……つまり、そこにあるのは、人かそれに似た何かだと言うことだけだ。
そして銀色の髪……つまりは銀髪。
銀色の髪の人型の何か……そう言われると、もう既に答えはでいる様な物なのだが、自分の脳が、本能が、それを拒絶しようとしているのだ。
「っ……ええい、こんな事じゃ埒があかんか……!」
意を決して、イチカは握っていた毛布をゆっくりと開けていく。
するとどうだろう……そこには綺麗……いや、美麗の肢体を露にする少女の姿があった。
年齢にそぐわない圧倒的かつボリュームのある胸部……それに対して、いい具合に引き締まっている腹部と手脚……最後に程よく丸みを持った臀部。
これはなんだ……一種の芸術なのかと思ってしまう様な姿。
そして、問題なのは着用している衣服。
寝間着……パジャマ……そう呼ばれる部類のものではある……が、ワンピース型の所々の部分が若干透けて見えている。
(こ、これは…………!!!)
俗にネグリジェ……と言うものらしい。
元々は帝国に居を構えている大金持ちしか着用していなかったと聞いたが……。
帝国が滅び、行き場を失った商品は民衆の新たな寝間着へと変わっていった様だ。
しかし、まさかリオンが着て、その人物が隣で寝ているとは……。
(待てっ、落ち着け……一旦状況を整理しよう……!ここは俺の部屋……だよな?)
快眠のリオンを起こさない様に、イチカは辺りを見回してみる。
普段から使っているベッドは自分のもの。
壁に掛けてある物……かつての帝国軍で使われていた軍刀もある。
数少ない自分の持ち物である着替えなども普段から使っている物……。
つまりここは自分の部屋である事を証明している……。
では、なぜリオンがここにいるのか?
しかも少し大人びたネグリジェを着て……?
(大人びた……?これミーアさんのか?)
リオンの小柄な体格にはしては、ネグリジェはサイズが一回り大きい様な気がする。
おそらく昨日のお風呂の後、ミーアが用意した物なのだろう。
(でも、なんでよりにもよってこの服を……?)
そこまで考えて、考えても仕方ないという思考に陥り、そこから考える事を放棄した。
とりあえず、いつもの日課をしよう……。
そっとベッドから降りて行き、物音を立てない様にすり抜ける。
抜けた時に崩れてしまった毛布を丁寧に直す。
「んん……むにゃむにゃ……」
「……相当疲れてたんだな………」
あどけない顔で寝ている顔をしばし見つめていた。
脳裏によぎるのは、昔に見せられた写真。
かつての隊長の胸元にあったロケットペンダントの中に入っていた小さな写真。
そこに写っていたのは、まだ幼い少女の姿。
子供らしい愛らしさがあり、隊長が親バカになるのも頷けると、あの時は素直に思った。
四年の時が経っていると言うのを、改めて実感させられる。
この子が元気に生きているのが、せめてもの救いだろうか……。
そんな風に思っていると、自然とリオンの頭に手が伸びていった。
優しく撫でると、サラサラ髪の感触が伝わってきた。
すると、撫でた感触が良かったのか、リオンの表情が綻んで、顔を少しだけ枕に埋めた様な気がした。
「っ……!」
その仕草や表情が、なんとも心にグッと刺さってしまう。
小柄な体格に小動物の様な愛らしさで、こんな事をされたら、可愛くて仕方がなかっただろう……。
(隊長……あなたの気持ちが今やっと分かりましたよ……)
単なる親バカだと思っていたが、そうか……娘が可愛いからなのかと、改めて認識させられたイチカであった。
(いかんいかん、さっさと日課を済ませてしまおう……!)
このままではずっと撫でていると、そのまま時が過ぎてしまいそうなので、気持ちを切り替えて着替えを済ませる。
普段から着用している麻製の旅服。
自治州内にある服飾店で一番格安で売られていた物だ。
薄生地の白い長袖に少し厚めの生地でできた半袖を重ね着する。
そして黒地のズボンを素早く履いて、着替えは終了。
部屋を出てから洗面所へと向かい、顔を洗ってうがいをし、髪についた寝癖を整える。
「んん〜〜……!やっぱり、朝方はまだ冷えるな……」
洗面所にはあらかじめ井戸から汲み上げておいた水があるが、都会の方に行けば『水道』と呼ばれる物があり、わざわざ井戸から汲み上げなくても、水が湧き出る仕組みを取り入れた便利な道具があるらしい……。
その話を聞いた時には、早く自治州にも整備されないだろうかと思ったほどだ。
そう思いながら洗った顔をタオルで拭い、そのまま外へと出る。
これから始めるいつもの日課。
広い麦畑の外周を一周ランニング……軽く走り込んで体を温める。
「ん……しょっと……!」
走る前に身体全身をほぐすように柔軟体操。
筋肉をしっかりほぐしておいて、怪我をしない様にする。
それが終わって、ゆっくりと駆け出していく。
ミーア達の所有する敷地には一面全てが麦で覆われている。
その外周には木製の柵を立てているため、その外側を走る事になるが、その敷地面積はとても広く、 イチカの借りている宿舎が10棟以上は建てれるほどの広さ。
その広さに実っている麦を、ミーア一家で栽培・収穫している。
ミーアとミーアの夫、娘のクロエそしてミーアの両親の五人で全ての工程をしているようだ。
しかし、五人だけで収穫までというと、相当時間が掛かると思われるが、そこはかつての帝国の恩恵が活躍する。
「あっ……ガウスさん、ミネさん、おはようございます」
「おお……イチ坊。おはようさん……いつも早いなぁ」
「おはよう、イチカくん」
走り始めてすぐ、母屋のそばにある農具置き場に二つの人影を発見する。
この麦畑の主であるお爺さんとお婆さんで、ミーアの両親だ。
「走り込みか。若いのによぉ〜やりおるわ」
「元気でいいじゃありませんか」
「あはは……長年の日課ってやつで」
「そうだ、走るの終わったら、こっち来てくれ。こいつの調子が悪りぃんだよ」
そう言って、ガウスの隣にある物に注視する。
ソレは、この大陸において今や主流になりつつある乗り物。
四つの車輪があり、馬や牛などかつての家畜や動物達よりも早く走ることの出来る物。
動力となっているのは『導力機関』と呼ばれる帝国が開発した新しい機関。
聖霊の力を好まない帝国が力に対抗するために作り上げ、科学技術と呼ばれる研究者たちが心血を注いで完成させた物。
それらの生み出す力は、ともすれば聖霊のもたらす恩恵……いわゆる『霊力』に引けを取らなかった。
ずっと前は戦争ばっかりで、作られた兵器もあるが終戦した今は、移動用の運搬車両『全自動導力運搬車』……略して『自導車』と呼ばれる物ができ始め、それを農業用に改造して製造した『耕運機』や『収穫機』という物もでき始め、今まで手作業だったのも機械を用いる事で倍以上の速さで作業ができる。
いまガウスが指差している車『小型収穫機』も、帝国無き後に製造された物。
帝国内で使われていた四輪の自導車とは違い、走行部には接地圧が低く、降雨時や傾斜地等の悪条件下でも安定した走行が可能な『キャタピラ』という物が備わっており、これは『自導車』というよりも、戦時中に使用された『戦闘用装甲車輌』と呼ばれる戦争のために作られた兵器の走行部を参考にして作られている。
ただ、まだ初期段階の試作品とほぼ変わらないため、色々ガタが来ているようだ。
「この間エンジン周りを見たんですけど……」
「エンジンはかかるんだけどよぉ、ペダルん所がな〜んか引っかかってる様な気がすんだよ……」
「うーん……油を差してみるか……」
「おう、つーわけで、後で頼むな?」
「了解です。じゃあ、行ってきます!」
イチカはそれだけ言って、走り始めた。
軽快な足取りで駆けて行き、ものの数分後には麦畑で姿が見えなくなった。
そんな後ろ姿を見送る老夫婦は、よっせよっせと作業に入る。
「イチ坊が来てくれて、機械の調子見てくれるから助かるなぁ〜」
「ええ、そうですねぇ……若いのに優しいし、気がきくし、ほんとええ子じゃねぇ〜」
「ほんと、四年前に突然ミーアが連れてきた時は、どうしたものかと思とったが……」
「ええ、今じゃあワシらの孫同然ですものねぇ〜」
「うむ。そうじゃなぁ〜」
「さぁ爺さま、ウチらもお仕事しましょうか」
「おう、ワシらも日課を始めますかね」
まだ青青としている麦畑……まだまだ収穫には時間もあるし、それ故にまだまだ弊害はある。
まずは雑草だ。
雑草は麦の成長を阻害するため、こまめに抜いておく必要もある。
そして、病気や害虫がいないかの確認。
農作物……いや、自然の中に存在する植物達にも、病気はあり、麦に関して言えば、一番多くかかっているのが『パウダリー病』という物。
その名の通り表面白い粉の様な物をふりかけた様に、白いカビが繁殖する事でなる病気だ。
それを防ぐために、土壌の水質状況を知っておかなくてはならない。
また、害虫に関して言えば『アブラムシ』の被害が一般的で、この虫の駆除もしなくてはならないが、ガウス達の畑では極力農薬を使わない様にしている。
これは、同族である『テントウムシ』という虫を使って駆除させているので、その点は問題ないが、何せ広さがある為、ほんの少しの時間で終わらせるというわけにはいかないのだ。
そのため、ガウスとミネの1日の始まりは、畑の様子見から始まる。
「さて、若えもんにはまだまだ負けねぇーぞっ!」
「張り切るのはいいですけど、無茶はいかんですよ」
「分かっとるよ。ミネ、行くぞ」
「はいよ、爺さま」
夫婦仲睦まじく、二人は必要な道具持って畑へと向かって歩き出した。
冬を越して夏に実る麦の姿が、視界に広がる。
実をつけた茎が風に揺られている。
今の季節は春……収穫は夏を予定している。
これからどんどん暑くなっていく……収穫をするのが楽しみなオシドリ夫婦であった。
ーーーーーー
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
一方、もう少しで外周の終わりが見えてきたイチカ。
ガウスに頼まれた収穫のために使う車輌『小型収穫機』のメンテナンスをするために、そのまま母屋の方へと向かって走る。
走るのは得意……というか、幼い頃からの日課のため、別に苦ではない。
帝国軍人になる前は、ある剣術を修めた女性に師事し、ずっと修行を続けてきた。
師の剣術は、正直言って人間業ではないと即座に理解させられた。
あんなの相手にしたその日には、自分の死を覚悟しなければならないと思わせるほどに……。
酒飲みでズボラで、だらしない所が目立つ人であったが、剣士としてみれば、遥かな高みに登っている人故……いつか同じ所まで登っていきたいと思う。
そんな師匠が、事あるごとに言ってきたセリフがあった……。
師曰く、男は強い方が女にモテるそうだ。
……正直どうでもいいと思っていたのだが、執拗にそれを言ってくるので、「そうなのか……」と一言だけ返した。
そんな時から、この走り込みが始まった。
なんでも、幼少期の少女は脚の速い少年に好意を抱くんだとか……。
いや、別に脚が速くなくてもモテる奴はモテるだろうと思ったのだが、師は言った……。
ーーーー速く走れた方がカッコよく見えるんだよ!
だそうだ。
うーん、少女達の着眼点がわからない。
そして、それが終わって成長していって中坊になると、今度はケンカが強い奴がモテるらしい。
大きくなると、人間も他の野生動物と同じなのか、縄張り争いのようなものをするそうだ。
自分たちの中で誰が一番強くて、誰が集団の中の頂点に立てるのか?
その見分け方は、至極単純……腕っ節の強い奴が頭を張る。
ほかに理由などいらない。
ただただ強い奴が群れのトップに立つ……それは野生動物の世界と同じらしい。
ーーーーどんな状況においても、男は強くなくてはならんからな。
そう言って、地獄のような鍛練が始まったのを覚えている。
そして、さらに成長して成人前になると、今度は利口で頭のいい奴がモテるのだそうだ。
ケンカの強さが物をいう中坊時代を過ぎると、途端に周りは大人の目線を向けてくるようになる。
なので、いつまでもケンカ三昧の日々を送っていると、周りは英雄視よりも白眼視してくるのだとか……。
なので、本を読み、知性に富んだ姿を見せると“大人の男”という見方に変わってくるそうだ。
さらに頭の出来で就ける仕事も幅広くなってくる。
算術ができれば会計関係の仕事ができるし、文字が読み書き出来れば事務関係の仕事ができる。
その両方が出来なければ、一生使いっ走りの力仕事に就くしかなくなる……という事らしい。
じゃあ、自分はどうなのか……とツッコミたかったが、それをすると酒癖の悪い絡み方をしてくるので、いつも言わないようにしていた。
「師匠……いま何してんのかなぁ……」
走りながら、当時のことを思い出す。
ズボラで酒飲みで、酔うとウザったく絡んでくる人ではあったが、今の自分にとっては、その後の生き方の起点になった人物なのは確かだろう。
圧倒的な剣の冴え……他を魅了する出立ちでありながら、近づく者は容赦なく斬り伏せると言わんばかりのオーラを纏っていた。
そんな姿に恐れ、驚愕してしまったが……それ以上に、見惚れてしまったのだ。
圧倒的な力を持ちながら、いつも飄々としていて、何者にも囚われない自由な姿。
その背中に魅了され、憧れたのだ。
それが5歳の時……そこから五年間、師匠の元で鍛練を続けてきた。
今どこで何をしているのか分からない師を思いながら、イチカはラストスパートをかけた。
昨日リオンに言ったように、イチカは元帝国軍の軍人であった。
最前線で戦わなくてはならない状況下で、常に己の体を鍛え上げてきたわけだが、同じ帝国軍人達の中でも群を抜いて身体機能が高かったのは、地獄の様な鍛練があったからだと、今更ながらに思い返した。
いつかまた師と巡り会えたら、あの事についてのお礼も言わなければ……しかし……。
「ズボラで酒飲みにプラス放浪癖まであるからなぁ〜……あの人……。
もう会えるかどうかもわからないし……」
10歳になった時。
ーーーーもうある程度はお前に教えたな?じゃあ、あとは己の研鑽で道を切り開け!
そう言い残して、師匠は旅立った。
元々弟子を取る気はなかったと度々言っていたのは知っているし、面倒くさいことはしない主義だったのも知っている。
しかし、たった5年だ。
たしかに技も、知識も、色々教えてもらえたが、たった5年でさよならは無いだろうと思った。
まぁ、何者にも囚われない雲の様な人だとは思っていたが、あまりにも突飛だった。
そして本当に旅立ってしまい、残されたイチカはとりあえず修行場であった山を下りて、帝国軍人として身を置く様になった。
(あの突然の旅立ちがなければ、俺は今頃何をしてたのかなぁ……)
師匠と同じように、山奥に建てた小屋でまるで仙人の様な生活をしていたかもしれない……。
今ではそんな事、想像すらできないが……。
そう思っているうちに、イチカは畑を一周し終えていた。
母屋の方へと向かい、ガウスの言っていた小型収穫機の調査を見るために、そっちの方へと歩み寄るが……。
(あっ、一応工具も持ってきた方がいいかな?)
おそらくどこかのネジが緩んでいたり、油漏れだったり……逆に錆び付いているから、油刺しの必要があるかもしれないし……。
一旦、母屋の方から宿舎の方へと向かう。
自室に工具箱を置いているため、それを取りに行くのだ。
靴を脱ぎ、宿舎の廊下を歩いていくと、ようやく地平から登り切った太陽の光が差し込んでいた。
完全に登り切ってしまうと、気温も上がってきて暖かくなる。
さっきのランニングでかいた汗を拭いながら、着ていた上着を脱ぐ。
「あっついなぁ……こりゃー早めに様子見たした方がいいかな」
走り込んで暖まった体で、これからどんどん気温が上がっていく中、機械作業なんてごめん被る。
なので今のうちに終わらせておくに限るのだ。
「ええっと、確か収納棚の下に方に入れてたは……ず……」
自室の前に到着して、イチカは何の躊躇もなく、扉を開いた。
しかし、その瞬間に……イチカの脳内は思考の一切を完全停止させ、その場で固まってしまった。
何故か?
これに関しては、イチカの日常生活において何ら不審な点はない。
普段から使っている部屋で、普段から開け閉めしている扉で、普段から行なっている行為だ。
しかし、今回はそこが盲点だったのだ。
「は……ふぇ……っ」
「ぁ…………」
盲点……それは、普段そこにはいない人物がいた事。
「は……はぁ……っ〜〜〜〜!!!!」
「いぃっ?!!」
部屋の中にいた人物は、イチカが部屋に入ってきたと認識した瞬間に、顔をみるみる赤く染め上げ、頭部からは湯気が立ち上ってるのではと思うほど震えている。
そして最大の問題は、その人物の服装。
ネグリジェと呼ばれる寝間着を着用している状態だったのだ。
しかも、そのネグリジェが中々にアダルティ……。
寝間着にしてはスケスケの薄い生地。
そして何よりも、そのネグリジェを着ている本人がネグリジェ以外を纏っていない。
つまり……!
ほとんど裸同然だった。
「ぃ……いいっ……!!」
「うわっ……!ご、ごめーーーー」
「いやあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!」
部屋の中にいた人物。
リオン・ストラトスが放った絶叫。
その瞬間、部屋の中からあり得ないほどの突風が吹き荒れた。
突風は室内にある家財や毛布などをいとも容易く吹き飛ばし、入り口で立っていたイチカには、さらに強烈な突風が吹き抜けた。
「ぐっ、のぉっ?!おお、おわあぁぁぁぁぁーーーーーっ??!!!!」
圧縮された空気の塊を、全身にぶつけられたような衝撃。
イチカの体はものの見事に吹き飛ばされ、終いには部屋の扉まで吹き飛び、ほぼ同時に廊下の壁に叩きつけられた。
しかしそれで風は収まらず、さらにそこから強烈な疾風が襲いかかる。
壁に張り付けにされた可能に体が固定され、なんとか抗おうとするが、一向に動かせる気配もない。
(や、ヤバいっ!!!?)
風の圧力に潰されて死んでしまう……そう頭によぎった瞬間、イチカの体が急に軽くなった。
「っ……?!」
風が収まった……?
と思ったが、次にイチカの視界に入ってきたのは、眩しい太陽であった。
「ぁ…………」
その数秒後……。
飛び散るガラスの破片の存在に気づく。
そう、風が収まったのではない。
廊下の壁が崩壊したのだ。
「ぐふぉっ?!!!」
背中に受ける衝撃。
吹き飛ばされて、地面に思いっきり背中を叩きつけられたのだ。
肺の中の空気が一気に押し出され、息苦しさが襲う。
「痛ってぇ…………」
いきなりの出来事に思考が止まってしまったが、背中の衝撃と自分を襲った風が思考を再び加速させた。
「今の風は……」
自分の部屋には突風を起こす機械などはない。
ましてや宿舎の中にある一室に、そんな大掛かりな機械が入るわけもない。
では、あの突風を起こしたのは……。
「リオンちゃん……君は……」
上体を起こし、視線を自分の部屋の方へと戻す。
すると、リオンはイチカの部屋にあるベッドの毛 布で全身を覆い隠して、こちらを見ている。
未だに顔は真っ赤に染まったまま、涙目ながらに恥ずかしさが全面に出ている表情でこちらをずっと見ていたのだ。
「風の聖霊使い……か」
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