もう一度きみと話せたら

アールケイ

愛してたって、君に伝えたい

 時間は過ぎたら戻らない。

 きっと、誰もが頭の中では理解してることなんだろうけど、気に留める人なんてほとんどいない。

 だから、ときどき錯覚してしまうことがある。

 きっと、どうにかなるんだって。

 その結果、取り返しのつかないことになると知らずに。


 もし、時間が巻き戻るなら、私はきっと、君に伝えたい。

 愛してたって、伝えたい。



 私という人間の人生は、きっとつまらないものだ。

 流されるままに勉強して、流されるままに運動して、流されるままにいつもの毎日を過ごす。

 そんな日常に、少しだけの非日常があれば、私はきっと満足して一日を終えられる。

 そう思っていた。私が高校二年生になって、彼と出会うまでは。


 ある日の放課後、私は教室で帰る支度をしていた。

 私は高校生になるということに、あまり実感を持たずに高校生になった。

 それはきっと、私が高校を選ぶときに、なんとなく平凡で、自分があまり努力しなくても入学できそうなところを選んだからだ。

 だから、中学生のときからの友人だってそこそこいて、普通の高校生として、青春らしき何かを送れていたと思う。

 青春らしき何かというのは、部活をして、試験が近づいたらその時ばかりは徹夜で勉強したりすることを意味している。

 きっと、そのことも青春と呼んでいいのだろうけど、私はそこに恋愛というのも入れて青春だと思っている。

 だから、青春らしき何か。

 こんな考え方をするのが私という一人の人間なのだ。


「あっ、架音かのんちゃん」


 そう私を呼んだのは、中学のときからの友人の空乃そらのだった。

 空乃は何かと私を見つけては付いてきて、時には私を引っ張って行くこともある、そんな感じの子だ。


「なに? 一緒に帰りたいの?」


「ちがうよ。それに、私がまだ部活あるのもわかってるよね?」


「それで、用件は?」


「あっ、えっとね──」


「はい、3、2、1、帰りまーす」


「ちょっと待って! えっと、そう! 先生が架音ちゃんのことを呼んでたの。理由は聞いてないけど、職員室に寄るように伝えてって、頼まれたから」


「えー、面倒くさいなぁー。明日じゃだめって、聞いて来て。その間に帰ってるから」


 私と空乃のやりとりと言えば、大体こんな感じ。

 というより、空乃はよく、先生なんかから頼まれ事をされることが多い。

 本人はそのことを嫌がってる様子もない。というか嬉しそう。


「もうっ! ちゃんと、職員室に寄ってから帰るんだよ? 私は部活があるからさ」


 そう言って、空乃は行ってしまう。

 それから、私は仕方なく職員室に寄ってから帰った。

 そんないつもを私は過ごしていた。

 だから、私にとっての非日常は唐突にやってきた。

 いつも通り登校すると、下駄箱にラブレターが入っていた。

 それも、差出人の名前付きで。

 本来、こういったものには名前がないような気がする。



 放課後、私はラブレターに書かれてあった場所でその人を待っていた。


「あの、待ったかな?」


 そこに現れたのは、今までこの学校で会った記憶のない人だった。

 だから、少し驚いた。そして、知りたいと思った。

 どこで、私を知ったのか。

 なんで、私にラブレターなんて送ってきたのか。


「えっと、雨露架音あまつゆかのんさんだよね?」


「そうだよ」


「えっと、僕と──」


「いいよ」


「はぁ、やっぱだめだよね。よく知りもしない──って! いいの!?」


「別にいいけど? あなたがどれだけ私に関心があるのかは知らないけど、私はあなたに関心なんてない。それでいいなら、いいよ」


「まあ、それは仕方ないよね。うん、わかった。えっと、たぶん読んでくれてるから名前はわかってると思うけど、一応名前ね」


 そこで、彼は一呼吸おいてからこう言った。


音無幻おとなしまぼろです。えっと、これからよろしくね」


「どうやら、君は私の名前を知ってるようだけど、一応。雨露架音あまつゆかのん


 私はぶっきらぼうにそう言った。

 そうして、私と彼は相手に対しての感情が真逆でスタートした。


 最初は、一緒に帰ることすら照れくさそうにしていた彼も、日を重ねるごとに慣れていき、三ヶ月が経った冬、私たちは初めてデートをすることになった。

 私は待ち合わせ場所である駅前のロータリーに、待ち合わせ時間である10時の約5分ほど前に着いた。

 けど、すでに彼はそこにいた。


「ごめん、待ったよね?」


 5分前頃に着いたのだから、そんなこと気にする必要はないと思うけど、なんとなくそう言うのが自然な気がした。

 そして、私は自然と手を差し出す。

 彼はその手をとりながら、


「いや、今来たところだよ」


 私の言葉に、彼は平然と嘘をついた。

 だって、彼の手は冷え切っていたから。

 今来たところなんだったら、きっとこんなには冷えていない。

 私はそのことは気にしないで、辺りを見回す。

 特徴的なところは特にないけど、昨日は冬の時期には珍しく雨が降っていたから、地面はところどころ濡れている。


「それじゃ、行こっか」


 彼はそう言って、私の手を引いて歩き出した。



 デートというのは、どんなことをするものなのだろう。

 きっと、その問いに答えはなくて、ただ、好きという感情を持ってる相手と一緒に過ごすだけでいいと思う。

 だから、きっと今のこの状況もデートでいいのだと思う。

 私たちは今、あるお店へと向かっていた。

 なんのお店なのかはわからないけど、ただ飲食店とだけ彼が教えてくれた。

 そして、私たちは無言で、手をつないで歩いている。

 彼の手は少し震えてるから、きっと、緊張してるんだろう。

 そんな彼に対して、私はなにかを思うことはない。

 だって、私にとっての彼は、私を好いてくれるだけの人だから。

 黙々と目的地へと向かう彼は、ただただ必死そうだった。



「えっと、私はミルクティーをお願いします」


「かしこまりました」


 そう言って、店員は店の奥へと消えていった。

 私たちが来てるのは紅茶専門店。

 理由はよくわからないけど、早めの昼ごはんと考えてるらしい。

 彼が頼んだのは、ストレートティーとサンドイッチ。

 私もそれに合わせて、サンドイッチとミルクティーを頼んだ。

 店の雰囲気はとても落ち着いていて、リフレッシュ効果もある、いいお店だと思った。

 それだからなのか、無言の時間が続いているのに、気まずいと感じることはない。

 しばらくすると、注文した料理とドリンクが届く。

 私はミルクティーが届くなり、角砂糖を二つ入れた。


「雨露さんは、甘いものが好きなの?」


「う~ん、苦かったり、辛いものよりは好き。甘過ぎるのは好きじゃない、かな」


 彼の緊張も解けてきたのか、やっと話しかけてくれた。

 三ヶ月付き合っていても、彼は未だに私のことを雨露さんと呼ぶ。

 まだ、きっと照れくさくて名前で呼べないんだと、私は思ってる。

 だから、私も彼に合わせて、音無くんと呼ぶ。

 一度口を開くと、そこからは途絶えることはなかった。

 もちろん、なにかを食べていて、口に含んでるときぐらいは静かにしてたけど。


「えっと、このあとはどこに行くの?」


 今は1時過ぎぐらい。ここに来たのは11時少し前ぐらいに来たから、ここにかなりの時間いることになる。

 まだ帰るには早いし、そろそろ次の場所に行くなら丁度いい。


「えっと、ごめん。全然決まってなくて……」


「それなら、私のお買い物に付き合ってもらっても、いい?」


 私がそう聞くと、彼は快く受け入れてくれた。

 もう少しの間、この空間を楽しんでから、お店をあとにした。



「ねえ、音無くん。君は私のどこが好きなの?」


「きゅ、急だね」


 彼は見るからに動揺しながら、そう言った。

 そんな彼を見て、私は少し微笑みながらこう言った。


「そういえば、聞いてなかったなって」


 そして、私は空を見上げる。

 彼が少しでも照れないように。


「僕は雨露さんに一目惚れだったんだ。一目見て、君の全てが好きだと思った」


「そうなんだ。やっぱり、音無くんは少し変わってるね」


 彼の顔を見て、私がそう発したときだった。

 金属音がした。近くではずっと、工事をしている。

 心がざわざわした。嫌な気配がした。

 そう思ったときには彼のことを押していた。

 彼は躓きながら前に進み、私は頭を抱えてしゃがみこむ。

 私は思いっきり目をつぶって、そのときを待つ。

 そして、近くでガシャンと音がした。

 私に痛みや傷はない。

 私は立ち上がって、前を見る。

 そこには、なんてことのない彼がいた。

 私は、なんにもなかったんだと、そう安堵する。


「か、架音さ──」


 彼がそう私を呼ぼうとしたとき、彼の真上から金属パイプが落ちてきた。

 それは彼に当たり、そのまま倒れる。


「と、とりあえず、救急車を呼ばないと……」


 私は動揺することなくスマホ取り出して、緊急通報をしようとして、雫が腕にあたるのを感じた。

 雨かと思い、空を見上げるも、雲一つない、快晴の青空がそこには広がっていた。



 そのあと、私はすぐに119番に電話を掛けた。

 結果的に、彼はなんとか一命をとりとめていた。

 ただ、植物人間状態となって。

 けど、私は彼がいなくなっても、不思議と泣かなかった。



 三年が経った。

 私は今でもあのときを思い出す。

 あのとき、もし彼に愛してたって伝えていたら。そう思ってしまう。

 私は彼に、一度もそういった気持ちを伝えていなかった。

 だって、私は彼が居なくなって初めて、自分の気持ちに気づいたから。

 私は彼が好きだったんだと。愛してたんだと。

 でも、私がそれに気づいたときには、もう、遅かった。


 私は彼が未だに眠る病室へと入る。

 そこでは、今も彼が静かに眠っていた。

 もうきっと、目を覚ますことのない彼が、そこにいた。


「あのとき見せた、君の顔はとても美しかったよ」


 私はそう優しく声を掛け、病室をあとにする。


 私が向かったのは、友人である空乃の待っている、丘だった。

 そこから見える夕日は、とても綺麗で、美しかった。


「今日、また会ってきたよ」


「そう、なんだ。架音ちゃん、辛いときはいつでも言ってね。私、いつでも駆けつけるから」


「ありがとう、空乃」


 私は彼女の肩を小突いてから、それに背を向けて歩き出す。

 前を向きながら。

 空には、綺麗な夕焼けが広がっていた。

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