第25話 そうして二人は和解した

 その後、俺たちはゆっくりとカフェでコーヒーを楽しんで、そのまま帰宅することにした。


「結局、今日は何の収穫もなかったな。色々あったけど、骨折り損のくたびれ儲けって感じだ」

「あら、そうかしら?」


 清美は微かに口元に笑みをたたえながら言った。


「私は実りの多い一日だったと思うけれど」

「尾行してレスバトルしたことを言ってんなら、俺の毎日はその百億倍充実してるんだが」

「そう。アダルトビデオ業界に感謝することね。毎日素敵な動画を作り続けてくれてありがとうございますって」

「俺が休日にAVしか見てないみたいな言い方やめてくんない!?」


 もうちょっと他に色々するよ!? 撮りためたアニメの一気見とか、昔読んだマンガの読み返しとか、色々!

 俺の休日の充実ライフの内訳を、こんこんと清美に語ろうとした時。

 後ろから声をかけられた。


「桔梗屋さん! 志茂田さん!」


 玲愛さんだった。

 肩で息を切らしながら、俺たちに近づいてくる。


「あ、あれ、玲愛さん? 友達と帰ったはずじゃ――」

「解散した後、私だけ戻ってきました。そんなことより」


 そしてぐいっと詰め寄ってきた。


「どうしてあそこにいたんですか!」


 まあ、当然の疑問だよな。

 さてなんと答えようかと考えていると、清美は小さく笑って言った。


「そんなの決まってるじゃない。あなたを、尾行していたのよ」


 ほんと、つくづく思うけど、よくそんだけ堂々と言えるよな。

 後の展開とかちゃんと考えてる?

 案の定、玲愛さんはあきれたようにため息をついた。


「そんなことだろうと思いました。大方、私の弱みをみつけようとか思ってたんでしょう?」

「さすがね、安里さん。まさしくその通りよ」

「はあ……桔梗屋さんって、本当にバカですよね。信じられない。でも――」


 ぺこりと、玲愛さんは頭をさげた。


「ありがとうございました」

「何の話かしら?」

「あの後、何があったか聞いたんです。桔梗屋さん……私に向いたヘイトを、自分に戻してくれたんですよね?」


 あの時、攻撃の矛先は完全に玲愛さんに向いていた。

 だから清美は、話題を一度「桔梗屋清美は中学時代に良からぬことをしていた」という噂話に戻したのだ。

 彼女たちの怒りの矛先を、清美自身に向けるために。


「本当にありがとうございました。あのままだったら私、どうなっていたことか……」

「お礼なんていらないわよ。あなただって私のこと、庇ってくれたじゃない」

「あれは別にそういうんじゃ……」

「なら、どうしてあの時、声を上げてくれたの?」


 清美の質問に、玲愛さんはすぐには応えなかった。


「……分からないんです」


 しばらくしてから、玲愛さんは橙色に染まり始めた空を見上げた。


「本当に分からないんです。ただ、あなたが悪く言われているのを聞き続けるのが、すごくすごく腹立たしくて……。気が付いたら口が滑ってました。私としたことが、大失敗です」

「そう。理屈じゃなかったというわけね」


 清美は満足げに頷いて、続けた。


「私ね。あなたのこと、信用することにするわ」

「え?」


 玲愛さんは空から視線を戻し、口をぽかんと開けた。


「どうしてですか?」

「分からない?」

「ま、まさか……私があの時あなたのことを庇ったから、ですか?」

「ええ、その通りよ」


 信じられない、とでも言うように玲愛さんは言葉をこぼした。

 

「そんなことで、いいんですか?」

「そんなことでいいのよ。だって――」


 清美は何故か、ちらりと俺の方を見て、そしてまた玲愛さんの方に視線を戻した。



「私は、の事は、無条件に信用することにしているから」



 玲愛さんはしばしあっけにとられたように目を瞬かせた後――声を出して笑った。


「ぷっ……あはは……。あの程度のことで信用しちゃうなんて、桔梗屋さんって、意外とちょろい人なんですか?」

「あら、心外ね。心はちょろくても、体のガードは堅いんだから」

「いや、そこには一ミリの興味もないんですが……」


 苦笑しながら、玲愛さんは手を差し出した。


「ではお近づきのしるしに、私の事は玲愛って呼んでください。苗字、あんまり好きじゃないんです」

「そうなの? あなたにぴったりの素敵な苗字だと思うけれど」

「喧嘩売ってます?」

「冗談よ」


 そして清美もまた手を差し出した。


「私のことも、清美でいいわ。お互いこれから仲良くしましょう。玲愛」

「はい。あなたの秘密は墓まで持っていきますから、ご安心を。清美さん」


 二人が握手を交わしている姿を見て、なんだか俺も感動してしまった。

 なんて言えばいいかな……。こう、喧嘩していた二人が川辺で殴り合って、最終的に寝そべりながら「お前、やるじゃねえか……」「へへ、そっちもな……」って友情を深めるシーンを見た気分に似てる。


 いやあしかし、ほんと良かった良かった。

 後はお若い二人に任せて、俺は一足先に帰るとするかな。まったく見られずに溜まりに溜まったアニメたちが、俺を待ってるぜ。


「あ、志茂田さん」


 静かにその場から去ろうとすると、玲愛さんが声をかけてきた。


「どうした?」

「ついでですから、志茂田さんも私のこと、呼び捨てで呼んでください。いつまでもさん付けで呼ばれてるのも、なんだか距離があって嫌ですし」

「そ、そうか?」

「はい。それと、その代わりと言っては何ですが、志茂田さんの事も下の名前で呼ばせて下さい」

「それは全然構わないけど……」


 女子のこと呼び捨てにするのって、清美以外だと初めてだな……。

 清美のついでの流れとは言え、なんだかちょっと緊張するな。


「じゃあ改めてよろしくな……玲愛」

「はい、よろしくお願いします、征一さん」


 うわなにこれ甘酸っぱ! 付き合い立てのカップルかよ!

 胸の奥がきゅんきゅんしてときめきが止まらないんだけど!

 いやー! 今日は清美についてきて良かったなー!


「……あなたもしかして、これが狙いだったの?」

「はい?」


 玲愛の右手を握ったまま、清美は訝し気な表情を浮かべた。


「だから、本当は征一君と下の名前で呼び合いたくて、私のことをダシに使ったんじゃ――」

「あ、そういうのは全然ありません。征一さんはついでです。神に誓えます」


 ばっさりと。

 玲愛は清美の疑念を切り伏せた。


 ……。

 ま、まあ? 俺はちゃんと分かってたよ? 分かってたけどさあ……。

 そこまで言い切らなくてもいいじゃんねえ?

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