第24話 弱みを握れ! 後編
その後、玲愛さんたちがカフェに移動したので、俺たちもその後を追った。
幸運にも彼女たちに近い位置に陣取ることができたので、引き続き玲愛さんたちには顔を見られないようにしながら、耳をそばだてる。
といっても、これと言って何か目新しい情報が手に入ったわけではなかった。
俺たちはただただ取り止めもなくて他愛もない、そして何より毒にも薬にもならない、すさまじくどうでもいい女子高生の会話を、げんなりとした気持ちで聞き続けた。
「すげえなあいつら……。なんで写真一枚であんなに盛り上がれるんだ」
「内容がないに等しいからじゃないかしら。深く考える必要がないから、その場のノリと勢いをありったけ詰め込めるのよ。まあ、下ネタと一緒ね」
「お前よく今まで女子に嫌われずに生きてこられたよな」
「あら、誰が嫌われたことがないって?」
「え?」
俺は突っ伏していた机から頭を持ち上げた。
「自慢じゃないけど私、結構敵は作る方よ」
「そうなのか? クラスメイトはみんな、お前のことが好きだと思ってたんだけど」
「同じクラスの子は、そうでしょうね。ああいうのは大抵、六割方の好感度を抑えれば、残りは何も考えずに好きになってくれるものだから」
「ええ……めちゃくちゃ打算的じゃん……」
クラスのみんなが聞いたら卒倒するよ?
「だけど、クラス外となると話が別よ」
見てなさい、と清美は視線を玲愛さんたちの座っているテーブルに移した。
何の因果か、ちょうどアキと呼ばれていたギャル子が清美の名前を出したのだ。
「そーいえばさあ。玲愛のクラスに一人、やたらと顔がいいやついない?」
「もしかして、桔梗屋さんのことですか?」
「あ~、その名前聞いたことあるかも~。うちのクラスの男子が、可愛い女子ランキングみたいなの作って騒いでた気がする~」
「何それ。ほんと男子ってバカよね。あたしらもやってみる? イケメン男子ランキング」
「同学にはいなくな~い? 先輩の方がいい人いる気がする~」
「分かる。っつーかタメとかガキすぎて話にならんわ」
ドンマイ同学の男子ども。来年入ってくる後輩女子に期待しようぜ。
こうやって男はロリコンになっていくんだろうな。
「それで、桔梗屋さんがどうかしたんですか?」
「ん? ああそうだ。あの子、どういう子なの?」
「あんまり関わりないので分からないですけど……。色々完璧な人って感じですね。見た目もいいですし、勉強もスポーツもできますし」
「ふうん、性格は?」
「性格は……あんまりよく知らないのでノーコメントで」
さしずめ、知ってることを話すと清美との関係を聞かれるから避けてるって感じか。ちょっとでもぼろを出さないようにしてる感じ、徹底してるな。
「あたしさあ、この前廊下であの子とぶつかったんだけど。その時なんて言われたと思う?」
「普通に『ごめんなさい』とかじゃないの~?」
「それがさあ。『次から気を付けてね』だったの。やばくない?」
「何それ、超上から目線~」
うわ、なんだそれめっちゃ言いそう。
……でも、俺にならともかく、こいつが他の人にもそんな言い方するか?
視線をこっちに戻すと、清美は肩をすくめた。
「情報に偏りがあるわね。正確には、廊下でふざけていたあの子にぶつかって私が職員室に運んでいたクラスアンケートを落としてしまった。拾っている時に軽く謝罪されたので『いいわ。次から気を付けてね』と言った、よ」
「……めちゃくちゃ切り取られてるな」
「情報操作が上手いのね。いいマスメディアになれるわ」
清美は気分を害した様子もなく、静かにコーヒーに口を付けた。
向こうの会話は続く。
「やっぱさあ、美人なやつって、ちょっと鼻につくよねえ。お高く止まってるっていうか、見下してるっていうか」
「わかるわかる~。そういうのって、全身からにじみ出るよね~」
「しかもあいつ、クラスにファンクラブとかできてるんでしょ?」
「ま、まあ、噂では聞いたことがありますね」
「なにそれウケる~。アイドル気分じゃん」
「それな。どーせ男子に媚び媚びなんだろうなあ」
今までのどの会話よりも盛り上がっているからだろうか、彼女たちの笑い声が、よく耳に届いた。とても、不快な気分だった。
「落ち着きなさい、征一君」
俺の苛立ちを感じ取ったのか、清美が静かに言った。
「私は大丈夫。慣れてるのよ、こういうのには。だからお願いだから、向こうの席に殴り込みに行ったりはしないでね。折角の尾行がバレてしまうから」
「でも……」
「それにあながち間違ってはないもの。色んな人にちやほやされるのは悪い気はしないし、ああいう人達とは相いれないと思っているのも事実」
「……全然、違うだろ」
「ふふ、どうしてそんなに怒っているの? 私が大丈夫って言ってるんだから、気にしなくていいのに」
気に、するさ。
幼馴染が根拠のないデタラメで馬鹿にされてるんだから。
握りしめたこぶしが、ぎちぎちと音を立てた。
むかむかとした気持ちを落ち着けたくて、コーヒーをぐいっと飲みほした。苦いだけで、あまり気分はよくならなかった。
いら立つ俺とは対照的に、清美は平然としていた。さっきよりも更に余裕が感じられるほどだ。一体こいつ、どんだけ図太い神経してるんだ。
「そういえばさあ」
一段と大きい声に意識を取られた。
「ちょっと聞いてみたんだけど、あの子って
「へえ、そうなんですか。知らなかったです」
「セカチューなんだ~。あそこ、超お嬢様学校じゃ~ん」
「そうなんだよねー。大体の子はそのままエスカレーターで上がるらしくてさあ。なんでうちの高校にわざわざ転入してきたのかなあって」
「え~、気になる気になる~! さすがアキっち、情報通~」
「まあねー。ああいう子ってさ、大体裏の顔があるもんでしょ」
「表の顔と裏の顔ってやつだ~。男絡み系のやつ~」
「そうそう。でさあ、女子高っつっても全く男子がいないわけじゃないじゃん? 男子教師とかいるっしょ」
「お、まさかまさか~?」
「そのまさかでさあ、あいつ、中学の頃はそいつら相手に売りやってたんじゃないかって噂が――」
「あはは、それはないんじゃないですかねえ」
不快な会話に割って入ったのは。
それまで曖昧な返事でお茶を濁し続けてきた、玲愛さんだった。
「……なに?」
「……………………あれ?」
玲愛さんはきょとんとした顔で、自分の唇に右手を添えた。
まるで、自分が言った言葉が信じられないとでも言うように。
「あれ、じゃないわよ。あんたあたしの話がデマだって言いたいわけ?」
「そ、そこまでは言ってませんけど」
「いやいや、言ってるでしょ」
「え、えーっと」
人差し指で頬をかき、困ったような顔を浮かべながら玲愛さんは言う。
「デマというかなんというか……桔梗屋さんの性格的に、それはないんじゃないかなあと思ったり……」
「でもさっきレアっち、桔梗屋さんのことあんまりよく知らないって言ってなかった~?」
「それは……そうなんですけど……」
「じゃあなに。何を根拠にあたしの話遮ったわけ」
かつかつ、と苛立たし気に机を爪先で叩く音がする。自分は今イラついてますよ、という威嚇のアピール。
玲愛さんは乾いた笑みを浮かべて、答えた。
「あ、はは……なんででしょうね?」
「なにその曖昧な言い方。ちょっとムカつくんだけど」
「で、ですよね。すみません空気悪くしちゃって……。えっと……私ちょっと、お手洗い行ってきますね」
玲愛さんが席を立つと、爪が机を叩く音も消えた。
俺はあっけにとられたまま玲愛さんの背中を見送った。
「い、今の聞いたか……? あれって、お前のこと庇ったんだよな?」
「……」
「……清美?」
清美は俺の問いには答えず、険しい表情でまだ向こうの机を睨んでいた。
声が聞こえる。
「なにあれ? すっげームカつく」
「ね~。こっちは楽しく盛り上がってただけなのにね~」
「ああいうことされると、しらけんだけど。玲愛ってああいう子だっけ?」
「さ~? まあまだ知り合って二カ月とかだし、本性が出て来た的なやつなんじゃ~ん?」
「だったらちょっと付き合い考えたいわー。人の話の腰折るとかマジ最低だし」
あいつら……誰かを攻撃してないと生きていけない人種なのか? 節操がないにもほどがあるだろ。縄張りに入られたイトヨの方がまだ分別があるぞ。
「……攻撃の矛先、完全に玲愛さんに変わっちまったな」
「まあ、当然の結果ね」
「だよな。玲愛さんならこうなること、分かってそうなもんだけど――って、清美? なにしてんの?」
「はあ……。まったく、仕方がないわね」
薄いため息を吐いたかと思うと、清美は立ち上がり、そのままつかつかと向こうのテーブルへと近づいた。
そしてあろうことか、
「こんにちは。随分と品の無い会話が聞こえたのだけど、私も後学のために混ぜてもらってもいいかしら」
そのまま玲愛さんの席に座った。
さっきまで悪口を言っていた本人の登場に、さすがの二人も動揺したようだった。
「あ、あんたどうしてここに……」
「別に不思議なことじゃないでしょう。ここはこの辺で一番大きいショッピングセンターだし、私が休日に買い物に来る確率は低くないと思うけれど。そんなことより――」
にこっと清美は笑みを浮かべた。
うわ、こわ! なんだあの笑い方! 俺が小学生だったら漏らしてるわ絶対!
「――さっきの話の続きを聞かせてもらえるかしら。私が中学校の先生たちと……なんだったかしら?」
「ちっ、性格悪……。全部聞こえてたんでしょ? なに? 否定でもしにきたわけ?」
あの子もあの子で立ち直りはええなあ……。
俺だったらその場で尻尾捲いて逃げ出すわ。
「いえ、そんな不毛なことはしないわ。本当に噂が立っているなら、私がどれだけ否定したところで無駄だもの。こうやって好奇心旺盛な人たちの間でまことしやかにささやかれて、尾ひれがついて広まっていくのが関の山だわ」
「……何が言いたいのよ」
「噂の根源をつぶさなくちゃ意味がないってことよ」
清美は手元に置いてあったフラペチーノを一口吸った。
たぶんそれ玲愛さんのやつだけど、この際何も言うまい。
「ねえ、教えてちょうだい? あなたにその話をしたのは一体誰? それさえ教えてくれれば、私はこの場から立ち去るわ」
「い、言うわけないでしょ、そんなの」
「言うわけない? ふふ……おかしな言い方をするのね」
「どういう意味よ」
「言えない、の間違いじゃないの?」
「――っ」
「デマがどうやって生まれるか知ってるかしら? 知らないだろうから教えてあげるけど、大半はその場の会話を面白くするために、誇張してできるのよ」
清美は続ける。
「あなたたちの会話を一通り聞いていたけれど……そうね、こんな筋書きはどうかしら? 他の子が乗ってくるのが楽しくなって、ついありもしないセンセーショナルな話をでっちあげてしまった、とか」
「ぜ、全部聞いてたとか最低なんだけど。あり得ない」
「またそうやって話をそらす。あなた本当に言い逃れが上手いのね。稀有な才能よ。誇った方がいいわね。きっと他に誇るべき才能もないでしょうし」
「この、バカにして――っ!」
ついに怒りが閾値を超えたのだろう。
茶髪の子が勢いよく立ち上がったのと、玲愛さんがその場に帰ってきたのは同時だった。
「あ、あのお……これは一体どういう状況ですか……?」
おろおろと友達と清美を交互に見る玲愛さん。
トイレに行って帰ってきて、全く違う人間が自分の席に座ってたら、そりゃあ動揺するだろうなあ。
「……っ。ユキ、玲愛、帰るわよ!」
「そだね~。そろそろいい時間だし~」
「え、でも……」
「いいからっ!」
吐き捨てるように言い残すと、三人はカフェから姿を消した。
状況を完全に理解できてない玲愛さんが、最後までこっちに視線を残していたのが印象的だった。
「たまに無茶するよな、お前って。すっげえハラハラした」
向かい側に腰かけてそう言うと、清美は満足げな笑みを浮かべた。
「でも、すっきりしたでしょう?」
だから俺も、笑って答えた。
「ああ、最高だったよ」
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