第23話 弱みを握れ! 中編
どうやら玲愛さんたちは、ショッピングモールに向かっているようだった。
繁華街に行くにつれて人通りも多くなるので、尾行するのは想像していたよりも難しくはなかった。
とはいえ、漏れ聞こえてくる会話は取り止めもない物ばかりで、清美が言う弱みとやらが握れるとは到底思えなかった。
「なあ清美。ここまでして弱みを見つけなきゃいけないのか?」
「当たり前でしょう。征一君は私の学園生活を終わらせたいのかしら?」
「そういうわけじゃないけどさ。玲愛さんの弱みって言うなら、お前ももう握ってるじゃないか」
平穏な高校生活を送りたい。そのために無難で平凡な俺と付き合う。
玲愛さんは友人にもこの事実を隠していると言っていたし、十分秘密を握っていると言えると思うのだが。
「バカね征一君。そんなの弱みでも何でもないじゃない」
「なんでだよ」
「平穏な生活が送りたい。そのために毒にも薬にもならない彼氏を選ぶ、だなんて、別に誰も損しないもの。むしろ周りの人間的にはライバルが一人減ってラッキーくらいに思うんじゃない?」
「自分の可愛さを隠してるって部分は?」
「それも言い方によるわね。男を落とすときだけ気合を入れるって言うのは、ある意味で普通の事だし。そこまでのマイナスにはならないんじゃないかしら」
「ふうん、そういうもんか」
「彼女の秘密はばらされてもそこまで被害がない。対する私の秘密はバラされればブラックマンデー並みの好感度ダウン。とても同価値とは言えないわね」
そう考えると、玲愛さんがロリコンなのも、別にマイナスにはならないかもな。
女子が年下の可愛い女の子を可愛がっても、そこまで犯罪臭はしないしさ。
「言ってることはよく分かるけどさあ。この前も言ったけど、多分玲愛さんはお前の秘密なんて喋らないと思うぞ?」
俺が言うと、清美は神妙な顔で答えた。
「小学校の林間学校の時。私、おねしょをしてしまったことがあるの」
「急にどうした」
「ああごめんなさい。ちょっと征一君には刺激が強すぎる話だったかしら」
「お前は俺をどんな性癖の持ち主だと思ってるんだ」
幼馴染の子供の頃のおねしょ話で興奮するほど、俺の変態性は高くない。
いいから続けろと促すと、清美はまた口を開いた。
「一緒の部屋にいた友達が処理してくれてね。絶対喋らないでねって念を押したのよ。その時はその子『大丈夫、私と清美ちゃんだけの秘密だよ』って言ってくれたのだけど……」
「まさか……」
「ええ、次の週には友達全員が知っていたわ」
そんなことがあったのか……。
同じ小学校に通っていたけど、知らなかったな。
「他にもあるわよ。怖い話が苦手なこと、掃除当番を忘れてしまった話、男子に告白された話、間違って図書室の本を汚してしまった話。絶対に内緒にしててねって言った子は、例外なく誰かにそのことを話していたわ」
人の口にとは立てられぬってやつか。
ほんと、昔の人はうまいこと言うもんだよな。
「友達ですらそうなのよ。だったら、この前知り合ったばかりの、なんなら人間的に相容れない相手のことなんて信用できるはずがないじゃない」
「……まあ、言いたいことは理解できるよ」
「そうよ。弱みを握られたならこっちも弱みを握り返す。あの子と互いの金玉を握り合うしか、私に残された道はないのよ」
「軽々しく金玉とか言うんじゃないよ。一応お前、女子高生なんだから」
とはいえ、だ。
清美の気持ちは理解できた。
かくいう俺も、他人を信用するという行為にはとんと縁がない。もし自分が清美の立場だったら……同じようなことを考えるのかもしれないな。
実際に弱みが握れるかは置いといて、清美の気がするまで付き合ってやるのが、幼馴染としての役目だろうと俺は心の中で頷いた。
ショッピングモールの中に入ると、雑音が少なくなって玲愛さんたちの声が良く聞こえるようになった。
玲愛さん以外の女子の特徴は、ちょっとぽっちゃり体型な垂れ目ちゃんと、それとは真逆にめちゃくちゃきつそうな顔をしたギャル子だ。
垂れ目ちゃんは気だるげな喋り方でやたらと語尾を伸ばす。
一方のギャル子はTHE・ギャルって感じの喋り方だ。
二人とも喋り方に特徴があるから、顔が見えなくても誰が喋っているのかは手に取るように分かった。
「どこから行く~? とりあえず二階?」
「いいんじゃん? あたし服見たいかも」
「アキちゃんまた服ですかー? この前も買ってませんでした?」
「この前買ったのはアウター。今日はボトムス買いたい気分なのよね」
「あ~、わたしもシャツ見たいかも~。玲愛っちはなんか買わないの~?」
「あはは、私はいいですよー。服なんて着れればなんでもいいですし」
「玲愛はさあ、もうちょっとファッションに興味持ちなよ。あんたその服、前遊んだときも着てなかった?」
「そうでしたっけ?」
「わたしも覚えてるよ~。玲愛っちのローテって、結構早めに回るよね~」
「ほら、ユキが覚えてるって相当だよ? このパーカーだって、もうだいぶ色あせちゃってるしさあ」
「てか、ちょっとダさめだよね~」
「もー、私の服はなんでもいいじゃないですか。それよりも二人の服、早く選びに行きましょ」
二人の友人の背中を押して、玲愛さんたちはエスカレーターを昇って行った。
ベンチに座って彼女たちの話を聞いていた俺たちは、顔を隠すために使っていた新聞から顔をあげた。
「行ったみたいだな。二階をうろつくってさ」
「そのようね。私たちも追いかけましょう。それにしても……」
「なんだよ」
「あの子、どうして言い返さなかったのかしら」
二階に到着した玲愛さんたちを眺めながら、清美は言った。
「あんなにバカにされてもへらへら笑ってるだけなんて、おかしいじゃない。私と一緒にいる時の言葉のキレはどこに行ったの? 出張中なの?」
「あれはお前と話す限定なんじゃないか?」
「あの茶髪のギャル、人のファッションをバカにする前に自分の服装を鏡でよく見なおした方がいいんじゃないかしら。ズボン穴だらけだったわよ」
「あれはダメージジーンズって言ってだな……って、なんだよ。やけに玲愛さんの肩を持つな」
「別にそんなこと……」
「お前さ……実は玲愛さんのこと、結構気に入ってるんじゃないのか?」
「バカ言わないで。本気で食って掛からないのが癪に障るだけよ」
「さよか……」
お前がそう言うなら、そうなんだろうよ。
しゃれたアパレルショップの前で服を物色するふりをしながら、中の様子をうかがう。
相変わらず二人の友達にからかわれながら、いじられながら、玲愛さんは楽しそうに会話を交わしていた。
確かにその様子は、清美と一緒にいる時とはまるで別人だった。
「あんな風にバカにされてもへらへら笑ってやり過ごすのが、あの子の言う平穏な生活ってやつなのかしら。私には理解できないわね」
「そうか? 俺は何となく分かるけどな」
例えば、幸せと不幸せを分けるラインみたいなものが存在していたとしよう。
平穏って言うのは、そのラインの少し上、ちょっとだけ幸せな位置をずっと維持し続けることだと思う。
極めてハッピーなこともないけれど、著しく不幸せなこともない。
凪のような日常。波風の立たない毎日。
それはなんていうか、結構尊いものだと思う。手に入れるのが、割と難しい類のものだと思う。
「玲愛さんと俺って、ちょっと似てるんだよな。俺が友人関係を切り捨てることで手にした日常を、あの子は違う形で自分の物にしているんだよ」
「……やっぱり理解できないわ。平穏っていうのは変わったことのない、穏やかな状態のことを言うのよ。何かを我慢しないと得られないなんて、矛盾しているわ」
「でもさあ、お前だって同じじゃないか?」
形の良い眉を
「どういうこと?」
「お前も、みんなの前で下ネタを言うのを我慢してるだろ? それだって、穏やかな毎日を過ごすための処世術だろ?」
「……違うわ」
「本当か?」
「ええ」
清美は、しっかりとした口調で言った。
嘘偽りのない声音だった。
「あなたたちと私は、全然違うのよ」
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