第22話 弱みを握れ! 前編

「色々考えたんだけどね、征一君。もうこれしかないと思うの」

「俺はそうは思わないけどな」


 三人でスポッチに行った翌週。休日の昼下がり。

 俺は清美に呼び出された。

 送られてきたメッセージは以下の通りだ。


【桔梗屋清美】

 尾行するわよ。


 このメッセージだけ送られてきたときの俺の気持ちを考えて欲しい。

 こいつ何言ってるんだろうとか、なんで当たり前みたいに俺を巻き込んでるんだろうとか、一瞬のうちに色々な感情が胸の内を過った。


 ぶっちゃけ無視することもできたけど、幼馴染が警察のお世話になっているところを想像するとすごく悲しい気分になったので、こうしてわざわざ家から足を伸ばしたのだった。


「もうすぐ安里さんが友達との待ち合わせにくるわ。私たちの使命は、彼女にバレないように後を付けて、彼女の弱みを握ることよ」

「なんで玲愛さんの予定をお前が知ってるんだよ」

「この前スポッチに行った時に聞いたのよ。何かの役に立つかと思って。一応聞いておいて正解だったわ」


 抜かりねえなこいつ。


「私ね、彼女と一緒に遊んで分かったの。ああ、きっとこの子とは仲良くなれないんだろうなって」

「まあ、最後は喧嘩別れみたいになっちゃったもんな」

「だからもう弱みを握るしかないと思って」

「マフィアか?」


 発想が飛躍しすぎなんだよお前は。

 後、弱みって言うなら俺は握ってるけどな。

 知ってる? 玲愛さんって、すげーロリコンなんだぜ。言わないけど。


「そうだ、これを渡しておくわね」


 そう言うと清美は、肩にかけたトートバッグからサングラスと帽子を取り出した。


「付けろと?」

「私たちは彼女に面が割れてるのよ。変装しないとバレちゃうじゃない」

「つけた方が逆に目立つと思うんだけど」

「いいから早くつけなさい。時には形から入るのも大事なことよ。ふふ、わくわくしてきたわね」

「……わくわく?」


 あれ? もしかしてこいつ、色々理由をこじつけててるけど、単純に尾行が好きなだけなんじゃないか? いや、絶対そうだ! だって鼻歌唄いながらキャスケット帽かぶってるもん!


「……」


 まったく、こいつもまだまだ子供だな。たかがサングラスと帽子くらいでウキウキしちゃってさあ。

 そりゃあまあ、サングラスとか付けてみたいって気持ちは、分からなくはないけどさ……。


「はあ、仕方がないか……」


 やれやれ、可能ならこんなことやめさせようと思って来たんだが……。ここまで来たら付き合うしかない、か。

 しょうがないなあとため息をつきつつ、俺もサングラスを付け、帽子をかぶる。


「……ど、どう?」

「なんていうか……普通ね。可もなく不可もなくと言うか、いっそ全然似合ってない方が用意した甲斐があったと思えるほどだわ」

「もうちょっとコメントに手心加えてくれても良くない?」


 ちょっとドキドキしながら変装した俺の純粋な心を踏みにじりやがって!

 普段馴染みのないもの身に着けると、ちょっとワクワクするよね。コスプレする人たちもきっとこんな気持ちなんだろうな。


「そんなことより、どうやら全員集まったみたいよ」

「ああ、ほんとだな」


 見れば、時計台の下に玲愛さんを含めた三人の女子が集まっている。


「見たことのない子ばかりね……。うちのクラスじゃないのかしら?」

「お前が言うなら、そうなんじゃないか?」


 俺はクラスメイトの顔と名前すら一致しないから、その辺はよく分からん。

 ただまあ、なんていうか見た目がギャルっぽい。それに、笑い声がちょっと離れてる俺たちのところまでよく聞こえるから、やたらと目立つ。

 あんな派手なやつらがクラスにいたら、さすがの俺でも記憶の片隅には残っていそうな気はした。


「安里さんとはずいぶんタイプが違う子たちのようだけど……本当に友達なのかしら?」

「友達って、別に違うタイプの人間が集まってもいいんじゃないのか?」


 知らんけど。


「まあ、それはそうだけれど……」

「移動するみたいだぜ。追いかけなくていいのか?」


 何かを考え込んでいた清美は、繁華街の方に移動し始めた玲愛さんたちを見てキャスケット帽を深く被りなおした。


「行くわよ征一君。あなたは尾行初心者なんだから、しっかり私の後についてきなさい」

「お前もどうせ二回目だろうが……」

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