第20話 ラッキースケベは笑わない 中編
かくして俺たちは本日の目的地へと移動した。
スポーツアトラクション施設「スポッチ」。学生御用達の娯楽施設だ。今日も今日とて暇を持て余した中高生たちの楽しそうな声が建物の中に響いている。
俺はてっきり遊園地とかを選ぶと思ってたのだけど
『バカなの征一君? 対して仲良くない子と行く遊園地なんて地獄以外の何物でもないのよ。アトラクションを並んでる最中に話題が切れたらどうするつもりなの? その瞬間にその日のハイライトは疲労と気疲れとしりとりで占められることになるわよ』
とのことで、俺も納得した。想像するだけですごくげんなりとした気分になった。
たしかにスポッチなら会話が途切れても変な空気にならないし、どれも並ばずすぐに遊べるから無駄な時間も生じにくい。
そういう知識は俺にはなかったな。特に詳しくなりたいとも思わないけど。
「さて、スポッチに到着したわけだけれど」
「そうだな。さっさと受付済ませちゃおうぜ」
「スポッチって名前、どことなく卑猥だと思わない?」
「思わねえよ」
いきなり何言い出すんだこいつ。
「恐らく、『スポッ』と『ポッチ』の二つの単語が内包されてるのが原因ではないかと私は睨んでいるわ」
「一生睨んでろ」
そしてドライアイになれ。
「多分、マンゴーとかちんすこうとか生乳とかと同じ類ね。マンホールに至っては、もはや公然に許された猥言なんじゃないかと思うわ」
「あのさ、もう止めないから声のボリュームだけは落としてくれる? 他には何も望まないから」
受け付けの前にできた列に並ぶと、さすがの清美も声量を落とした。
「それくらい心得ているわ。安里さんとの一件で、私もさすがに学んだもの」
とてもそうは見えないけどな……。
「桔梗屋さんって、もう普通に私の前でも下ネタ喋ってますよね。そのへんは気にしてないんですか?」
玲愛さんの質問に、清美は鼻を鳴らした。
「私はあくまで征一君に話題を振っているの。私たちの周りをついてまわる電柱が一本生えただけと思えば、特に気にするようなことではないわね」
「お前またそういう言い方……」
「あはは、聞きました志茂田さん? こんな可愛い電柱が世の中に存在してると思ってるんですよこの人。まったく、おめでたい頭してますよねー」
「あ、はは……。そうだね……」
うん、玲愛さんは玲愛さんでタフだよな……。
受付を終えて奥に進むと、広いアトラクションスペースが広がっていた。ボールの弾む音、若者たちの歓声、子供たちの走り回る音がそこいら中に散らばっている。
思っていたよりもアトラクションの選択肢が多そうだ。
ここはみんなの意見を聞きつつ、遊ぶ順番を決めた方がいいだろう。
「で、何する? 無難にバッティングマシーンからいくか?」
「バッティング……棒と……球……」
「よし止めよう。バスケとかにするか? 屋外だし気持ちよさそうだぞ」
「バスケ……球……挿れる……穴に……」
「ダメだな。じゃあちょっと趣向を変えてビリヤードとかどうだ? こういうのってさらっと出来るとカッコいいから、ちょっとやってみたかったんだよな」
「ビリヤード、球……突く……長い棒で……」
「てめえいい加減にしやがれ頭の中真っピンクか」
球が出てくる度にいちいち反応しやがって! 感受性豊かすぎんだろ!
「球技はやめときましょうか。なんかまともに遊べる気がしませんし」
「悪い、そうした方が良さそうだ」
「いいんですいいんです。私もがっつり体を動かすって気分じゃないですしー。そうだなあ……あ、あれとかどうですか?」
玲愛さんが指さした先には、大き目のリングがあった。中ではすいすいと子供たちが楽しそうに滑っている。
「へえ、ローラースケートか。いいんじゃないか?」
やったことないけど。
まあでも、あんなに小さい子が滑ってるくらいだから俺にもできるだろう。
「清美はどうだ?」
「いいと思うわ。無様に転んであられもない姿をさらす安里さんの姿を写真に収めれば、いい交換材料になりそうだし」
考えてることが一々姑息なんだよお前は……。
「ふふ、余裕そうですけど、桔梗屋さんこそ大丈夫なんですか? ロングスカートとはいえ、転び方によってはそれなりの部分まで見えそうですけど」
「ご心配なく、運動神経には自信があるのよ」
「面白いじゃないですか。しょっぱなからスッ転んで泣いちゃっても知りませんからね?」
「だからなんで二人とも喧嘩腰なんだよ……」
まったく仕方がない。
どっちかが転びそうになったら、俺が支えてやるとするか。
不特定多数の前で下着をさらすなんて、さすがに可哀想だしな。
やれやれ、調停役ってのは楽じゃないぜ。
……
…………
「あの……征一君。とても言いにくいのだけれど……」
「なんだ、遠慮するなよ。俺とお前の仲じゃないか」
「そうね……。じゃあはっきり言わせてもらうわ」
「き、桔梗屋さん、ダメですよ! 志茂田さんは一生懸命、私を庇おうと……」
「いいえダメよ。こういうのは変に気を遣う方が良くないの」
「桔梗屋さん……」
「じゃあ、いいかしら征一君」
「ああ、覚悟はできてるよ」
「そう。じゃあ聞くけれど……」
「なんでそんなに下手くそなの?」
「俺が聞きたい」
地面に無様にスッ転んだ俺を、とても気の毒そうな表情で見下ろす二人。
おっかしいなあ……こんなはずじゃなかったんだけどなあ……。
あれ、ローラースケートってこんなに難しいの? なんでみんなそんなに普通にすいすい滑ってるの? 前世はスケート選手か何かでした? ああっ! 今あのガキ俺の事見て笑いやがった許せねえ追いかけてとっちめてやる! ま、追いかけようにもそもそも立てないんですけどね!
「し、志茂田さんは私を助けようとしてくれたんですよね?」
「助けるも何も、あなたちょっとふらついただけじゃない」
「それはそうなんですけど……」
「そもそも『危ないっ!』って叫びながらその場で転んでるんじゃ世話ないわよ。危ないのはあなたの足元よ征一君。人の心配をする前に自分の技術力のなさを心配しなさい」
「け、結構えぐりますね桔梗屋さん……」
いつもの事ですよ玲愛さん。
俺は立ち上がりながら言う。
「心配は無用だよ二人とも。たぶんもう少しした普通に滑れるようになるからさ。先に行っててくれよ」
「そういうセリフは、そのがっちりつかんだフェンスを手放してから言うことね」
「いや無理だって! これがなかったら無理だって絶対転ぶって!」
大体なんだよローラースケートって!
人の足は歩くために最適化されてんだよ! 滑る動作なんて生まれてこの方やったことないわ!
「はあ、全く仕方がないわね……」
「ふう、そうですね」
二人は顔を見合わせ、やれやれと笑った。
そして俺に向かって手を差し出す。
「掴みなさい、引っ張ってあげるわ」
「一緒に滑りましょう、志茂田さん。実際滑ってみた方が、早くコツが掴めると思いますよ?」
差し伸べられた手と二人の顔を交互に見ながら、俺は問う。
「い、いいのか?」
「さすがに見てられないから、仕方なくね」
「みんな一緒の方が楽しいじゃないですか」
あきれ顔で、けれどわずかに口角を上げた清美と、百二十パーセントの笑顔を浮かべた玲愛さん。二人とも……なんて優しいんだ……!
「すまん、恩に着るよ……」
手を取ると、すうっと二人が滑り始める。
その瞬間――
ぎゅるんっと視界が大きく傾いた。
上半身は前に投げ出され、体は一瞬宙を浮く。
視界に映る全てがゆっくりと、スローモーションのように動いた。
目を見開く清美。口元に手を当てた玲愛さん。
二人の顔が、ぐんぐんと近づいてくる。
刹那……俺は悟った。
あれ? これラッキースケベ展開じゃね!?
きっとそうだ、間違いない!
転んだ先には二人がいて、勢い余って押し倒しちゃって、なんでか分かんないけど両手が二人のおっぱいをわしづかみにするっていうあれだ!
僕、ジャンプで読んだことあるよ! いや、SQだったかもしれないけど!
そうさ、俺に下心は一つもない。ただ、みんなのように滑りたいと思った、ただそれだけなんだ。
だけど結果として試みは失敗に終わってしまって、転んでしまって、その結果二人のおっぱいを掴んでしまうなら、それはもう仕方がないよな? だって事故だもん!
よぉしそうと決まれば怖い物は何にもないぜ!
ふかふかでふわふわの豊満な大地に向かって、いざテイクオ
「ぶぎゃっ」
予想に反し、俺を迎えてくれたのは固くて平べったいコンクリートだった。
無様な声を上げて叩きつけられた俺は、じんじんと痛む鼻先をさすりながら顔をあげる。
「……お前ら、避けたな?」
「あなたがラッキースケベだやっほー! って顔をしてたからよ」
「え、顔に出てた!?」
「……本当に考えていたなんて。あの一瞬でそこまで思考が回ることには敬意を表したいわね」
ああっ! ちくしょう、カマかけられた!
「大丈夫ですか、志茂田さん?」
玲愛さんが俺の前でかがんだ。
こ、これはっ……!
ミニスカートの隙間が絶妙な角度で隠れた完璧な屈み方っ!
「避けちゃってごめんなさい。でも……」
「でも?」
答えながら、顔を傾ける。
いや、違うんだよ、なんか首が痛くってさあ! あー! 転んだとき捻っちゃったかな! 筋違えちゃったかなー!
「ハプニングで押し倒されて体が密着! 色んな所が触られちゃったけど仕方がないよね、だって事故だもん。あー、でもムカつくムカつく! あいつなんかに触られちゃうなんて! あれ……私、あいつの事ばっかり考えてる……もしかして私、あいつのこと……/// みたいなお約束展開、私的にNGなので」
「うん、お前はそういうやつだよな。知ってた」
むしろブレがなくて安心したぜ。やっぱ人間一本芯が通った部分ってのが必要だよな。
ところでもう少し、あと8度ほど足を傾けてもらえませんか見えそうなんです何がとは言いませんが見えそうなんです!
「ああ、それと」
そして玲愛さんは、ぱっとスカートの裾を払いながら立ち上がった。
「パンツも見えませんからね?」
「ぐっ……」
「ドキドキしました?」
「……負けました」
なんていうかもう、完膚なきまでに完敗だった。
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