第17話 前門の虎、肛門の狼 中編

「あ、そういえばお菓子持ってきたんです。よかったらご家族で召し上がってください」

「わあ、わざわざありがとー! 気にしなくていいのにー」

「いえいえ。これから長いお付き合いになるわけですから、これくらいは」

「そ、そそ、そうね! いやあ、お姉ちゃ……私、せーちゃ……征一君がこんな可愛い子に告白されるだなんて、びっくりしちゃったなあ!」


 結局心配になって、陰からこっそりのぞく俺。

 これってなんかしゅうとめの嫁いびりを見守る夫みたいな構図だよな。

 あ、嫁とか言っちゃったちょっと気が早すぎたかなぐへへ。


 状況としては、玲愛さんが持ってきたお菓子を広げながら、俺たち用のお茶を用意してるって感じ。


「お姉さん」

「か、香澄さんって呼んでくれていいのよー。まだお姉さんって呼ばれるのはちょっと早いかなー、なんて……」

「もうご存じなんですよね。私が志茂田さんのこと、好きでもないのに告白したってこと」

「ひゃうっ!」


 おっとぉ! ここで玲愛選手の先制パンチが決まったあ!

 これには姉さんもたじたじだあ!


「ど、どうしてそれを……」

「月並みな言い方ですが、女の勘ってやつですね」


 そしてその場で膝を折り、そのまま頭を床に付けた。


 あ、あれは!

 よく旅館とかで女将さんがやってくれるお辞儀の仕方だ!

 確か、座礼ざれい、とか言ったっけ?


「色々と不安に思うところがあるかとは思います。ですが、私の告白には一切の悪意はございません。志茂田さんを傷付けるつもりも、悲しませるつもりも、毛頭ありません。そこだけは、信じていただいて大丈夫です」


 ぴしっと綺麗に座礼を決めて、そのまま微動だにしない玲愛さん。


「え、ええっと……。ちょーっとだけ、待っててねー……」


 対する姉さんはキッチンから出てきたかと思うと……。

 そのまま俺に抱きついた。


「どうしようせーちゃん! あの子めちゃくちゃいい子そうだよ! あんなに綺麗に座礼できる子、お姉ちゃん見たことない! 絶対いいとこの娘さんだよー!」

「姉さん、清楚な子好きだもんな……」


 俺と一緒で。


「そうなのー! 清美ちゃんに勝てる子なんていないと思ってたけど、あの子もすごいオーラだよー! 清楚さって、見た目からだけじゃなくて、内面からにじみ出る物なんだね!」


 なんなら今の清美は内面の清らかさを失ってるから、その点では完全敗北しているまであるな、これ。


「で、でもお姉ちゃん負けない! お姉ちゃん頑張るから、ここで応援しててね!」

「お、おう。まあなんだ、あんまり無理するなよ」


 もはや何と戦ってるのかよく分かんなくなってきたけど。

 でもなんか面白いからこのままでいっか!


 ボクシングでリングの端にいるトレーナーよろしく姉さんを送り出す。

 ラウンド2、ふぁいっ!


「く、口ではなんとでも言えるんじゃないかしら? 好きでもないのに付き合うなんて、お姉ちゃんは感心しないなー」


 あ、一人称がお姉ちゃんになってる。

 けど、これは中々いい先制パンチなんじゃないか? 絶妙に姑っぽいし。あ、また姑とか言っちゃったちょっと気が早かったかなぐへへ。


「でも、これから好きになるかもしれませんよ?」

「そういう姿勢はどうかと思うなー。好きになれなかったら、そのままぽいってしちゃうんでしょ?」

「ふふ、絶対好きになりますよ。だって――」



「志茂田さんってすごく素敵な人ですから」

「分かるぅううううううううう!」



 お、これが噂の即落ち二コマか。見事なもんだなあ。

 いずれ文化遺産に認定されるかもしれないな。


「だよねっ、だよねっ! せーちゃんってすっごくいい子だよね!」

「はい。まだ恋愛感情までには至ってませんが、年の割に落ち着いているところとか、意外と面倒見がいいところとか、性根の優しさが随所に現れててとっても素敵だと思います」


 え、うそ、俺意外と高評価? やだ照れるあんまり褒められたことないから征一困っちゃう。


「お姉さんは、弟さんのことが本当に大好きなんですね」

「え、嘘、分かっちゃう……?」

「はい、分かりますよ。お家にいるのに服装はおしゃれだし、お化粧も落としてないし、香水もいいものをつけていますよね。志茂田さんに少しでも好かれたいという気持ちの表れと見ました」


 そうなの? ただ単に着替えるも化粧落とすのも面倒くさくて、全部そのままにしてるだけなんじゃないの?


「す、すっごーい! そこまで分かっちゃうんだ!」

「ふっふっふ、私にはなんでもお見通しなのです」

「お姉ちゃんね、お姉ちゃんね! せーちゃんのお願い事ならなんでも聞いちゃいたいくらい大好きなの! あ、でも結婚は別よ? 日本では親族間の結婚は許されてないからね。だからねー、せーちゃんには素敵なお嫁さんに来てもらいたいの!」

「志茂田さんのお嫁さんになる人は幸せですね。こんなに素敵なお姉さんとも家族になれるんですから」

「やだもう好きぃいいいいいい!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそうに俺の話をする姉さんと、笑顔でそれを聞く玲愛さん。

 完全に陥落した姉さんは、玲愛さんを抱きしめて幸せそうにしている。


 ふと、玲愛さんと目が合った。

 のぞき見ているのがバレるとまずいと思い、慌てて隠れようとしたが……。

 玲愛さんはにこやかに微笑んで――そのままぱちりとウィンクした。


 うわやば今すっげードキッとしたあっぶねえ、心臓止まったかと思ったわ。

 これからはAEDとか持ち歩こっかな。


「まったく……いつまで経っても戻ってこないと思ったら」


 ふわっと華やかな匂いを振りまいて、清美が俺の隣を通り抜けた。

 気配に気づいたのか、振り向いた姉さんが破顔して清美に抱き着く。


「清美ちゃーん! 久しぶりだねえ!」

「お久しぶりです、香澄さん。しばらくなんのご連絡もできず、すみません」

「いいんだよいいんだよー。こうしてまたうちに来てくれるだけで、お姉ちゃんは嬉しいんだよー!」


 そしてぐりぐりと清美の胸に顔をうずめる姉さん。


 大変うらやま……うらや……うらやましいっ!!!

 自分の気持ちには正直に生きようって決めてるんだ、俺!


「安里さん。私は早くあなたと話し合いをしたいのだけれど、いつになったら始めてくれるのかしら? それとも私と話すのが怖くて、香澄さんを取り込もうって戦法なのかしら?」

「ふふ、ご心配なく。私は今後もながーいお付き合いになりそうなお姉さんに、ちょっとご挨拶をしていただけですから。そわそわして折角降りてきてくださったところ大変申し訳ありませんが、さっさとお部屋にお戻りください?」


 バチバチバチッ!

 見えない火花が二人の間で弾けている気がした。

 挟まれた姉さんはおろおろと交互に二人を見ながら、


「え、えっと……仲良く……仲良く、ね?」


 なんて呟いた。

 結局、二人とも気に入っちゃった姉さんが一番割を食ってしまったみたいだな……。


 悪いな姉さん、苦労かける。

 今度満月ポン買ってくるから許してくれよな。

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