第16話 前門の虎、肛門の狼 前編

 俺の家が選ばれた理由は、実に単純明快だった。


『あなたの家に死体が転がると思ったら、あなたが必死に止めてくれるでしょう?』

『そのレベルの衝動は自分で制御してくんない?』


 けれどまあ、二人のことをこのまま放っておくわけにもいかないし、俺の家で話し合いをすることに合意したわけなのだが……。


「せーちゃん、せーちゃん! いきなり女の子二人も家に連れ込むなんてどういうことなの!? お姉ちゃんに説明しなさい!」

「姉さん……大学は?」

「午後の講義がおやすみになってねー。せーちゃんの顔が見たくて、早めに帰ってきちゃった☆」


 大学生ってずるい。

 高校の授業も、気軽に休みになったりして欲しいぜ。


 それさておき、これは予想外だ。

 母さんは夜までパートの仕事、姉さんは大学に行ってるものだとばかり思ってたから二人を呼んだのだが……。


「清美ちゃん、とっても美人さんになってたねー! 相変わらず清楚で可憐でとっても私好みー! おまけにあんなにスタイルも良くなって……」


 清楚で可憐なのは見た目だけになってしまったわけだけど、そこは敢えて触れないでおく。


 世の中には崩しちゃいけない夢っていうのもあるよな。

 ほら、サンタクロースとかさ。


「そ、れ、と。もう一人の子は一体誰? あっちの子もすっごく可愛い子じゃない! 清美ちゃんとは違ってちょっとフワフワしてて、思わず抱きしめたくなる感じの可愛い子だったわねー。しかもあの子もわがままボディ。最近の高校生は発育がいいのねー」


 ほんとそれな。

 まったく……あの二人が今まさに俺の部屋でくつろいでるのかと思うとドキドキが止まらねえぜ! 色んな意味でな!

 くそっ……もってくれよ、俺の心臓!


「で、まさかとは思うけど……。あの子がせーちゃんに告白してきた子ってわけじゃあ、ないわよね?」

「あはは……まっさかあ……」

「せーちゃん?」


 視線が痛い。あと近い。

 姉さんがいる時点でこうなるとは思ってたけど、早速バレちゃったな……。

 俺は頭をかきながら答える。


「そうだよ。あの子が昨日話した玲愛さんだよ」

「そっかあ、そうなんだあ……」


 ふうっと悩まし気なため息を一つ。


「お姉ちゃん、あんまりこういうことに口出しするのは良くないとは思ってるんだけど……」


 そして心配そうな眼を揺らして言う。


「騙されてない?」


 まあ、そうなるよね。


「だって、あんな可愛い子が好意もないのに告白してくるなんて、絶対何か裏があるじゃない! せーちゃん、本当はイジメられてたりするの? 昨日の相談は、実はお姉ちゃんへのSOSのサインだったりしたの!?」

「違う、違うって! 確かに姉さんが疑問に思うのももっともだけど、後ろ暗いことは何もないよ」

「ほんとに? せーちゃんが気づいてないだけじゃなくて? せーちゃんが優しいから見逃してるだけじゃなくて?」


 弱ったな……。

 こうなってくると、俺が何を言っても姉さんを安心させてあげられる気がしない。


 姉さんは俺のことになると、必要以上に心配性になるからなあ……。


 おろおろとあらぬ心配をする姉さんをどうやってなだめたものかと考えていると、背後の階段から誰かが下りてくる音がした。


「あ、志茂田さん。帰ってくるのが遅いと思ってたら、こんなところにいたんですね」

「玲愛さん。悪い、すぐ戻ろうとは思ってたんだけど」

「ふふ、いいんですよ。そちらにいるのは……お姉さん、ですよね?」


 そして百五十点の笑みを浮かべて、ぺこりとお辞儀。


「はじめまして、安里玲愛です。急に押しかけてしまってすみません」

「そ、そんなにかしこまらなくて良いのよ。せーちゃんのお友達が来てくれるなんて、とっても嬉しいもの」

「お友達……?」


 きょとん、と首を傾げる玲愛さん。

 そしてあっけらかんと言う。


「もしかして、聞いてないですか? 私、志茂田さんの彼女です」

「ひゃうっ!」


 まさか正面切って言われるとは思っていなかったのだろう。

 姉さんは空気の抜けるジェット風船みたいな音を立てて、体を固くした。


「とはいっても、まだ正式にお返事をいただいたわけじゃないので、あくまで彼女候補、なんですけど。志茂田さん、あんまり待たせないでくださいね……?」


 最後のセリフと同時に体を傾けて、肩を軽く俺に押し付けた。


 くぅっ……! 分かってる、弄ばれてるのは分かってるんだけど、それがいい! もっと転がして! 俺の心臓を! 手のひらの上で!


 唖然とする姉さんの前で、玲愛さんは言う。


「お茶の準備、まだみたいですね。私も手伝いますよ」

「まじか、それは助かるよ。キッチンはそこの角曲がったところだ」

「りょうかいでーす」


 そうしてキッチンへ向かう玲愛さんの後に続こうとすると、はっしと俺の手首を姉さんが掴んだ。


「せ、せーちゃんはお部屋に戻ってなさい。ここはお姉ちゃんが行くわ」

「は?」


 ひそひそと、俺にしか聞こえないくらいの囁き声で続ける。


「やっぱりあの子、ちょっと怪しいわよ! あの子がせーちゃんにふさわしい子がどうか、お姉ちゃんがきっちりばっちり見極めてあげる!」

「え、いや、いいってそんなの!」

「いいから心配しないで! お姉ちゃんに任せなさい!」


 違う、そういう心配をしてるんじゃない! そもそも任せたくないんだって!


 しかし、弟の身に関することとなると異様な行動力を見せる姉さんは、そのまま玲愛さんの後を追ってキッチンに入っていってしまった。


 俺は成す術もなく、その様子を眺める。

 おいおい……清美と話す前から波乱万丈じゃねえか……。

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