第15話 そして戦いの火ぶたは切って落とされる

 あのあと玲愛さんは


「だ、大丈夫ですよ。私、絶対誰にも言いませんので! それでは!」


 と言い残し、そそくさと学校へ走って行った。


 まあ、玲愛さんなら周りに言いふらしたりする心配もないだろう。

 今度二人で会った時、じっくり説明すればいい。


 そう、思っていたのだが――


「安里さん、おはよう。今日も可愛いわね。そういえばシャンプー変えた?」

「安里さん、一緒にお手洗いに行きましょう。二人っきりで」

「安里さん、お昼一緒に食べない? 誰にも邪魔されないところで、おかずを交換しましょう?」

「安里さん、美術のペアは私と組みましょう。任せなさい。あなたの顔を、誰よりも美しく描きあげて見せるから」

「安里さん」

「安里さん」

「安里さん」


 いや、下手くそか。

 ばらされるのを恐れるあまりに、玲愛さんのストーカーみたいになってるじゃねえか。


 放課後、玲愛さんから


【安里玲愛】

 屋上

 できるだけ早く

 おねがいします


 というラインが届いた時は、そりゃそうだよなと深く頷いた。

 放課後はさっさと帰ってゲームの続きをやりたかったんだが……こればっかりは仕方がない。清美と玲愛さんだけじゃ、変にこじれるかもしれないしな。


 そんなわけで、俺は急ぎ屋上へと向かった。

 うちの学校の屋上は主に吹奏楽部のために常時解放されている。

 が、今日の吹奏楽部は遠征で不在。屋上には人っ子一人いなかった。


「ちょっと桔梗屋さん! あなた、どういうつもりなんですか?」


 青空がいっぱいに手を広げ、爽やかな風が頬を撫でる。

 そんな広々とした屋上に、怒声が行きかっていた。


「もちろん、あなたを監視しているのよ。どこで私の秘密を暴かれるか、分かったものじゃないもの」

「だーかーらー! それは誰にも言わないって言ったじゃないですか!」

「そんな言葉、信じられるわけないじゃない。『秘密をばらされたくなかったら私の言う通りにするんだな。ほおら、こういうのが好きだったんだろう?』とか言って、私の服を一枚一枚いでいくんでしょう! 昨晩私が熟読した、エロ同人みたいに!」


 自分の性事情をさらっと曝露ばくろするな。


「落ち着けって清美。ここは玲愛さんの話もよく聞くべきだ」

「せ、征一君。まさかあなたもこの女とグルなのかしら? 『ずっとお前のことこんな風にしてやりたいと思ってたんだよ! 卑猥な体ぶらさげやがって! おら! 抵抗するんじゃねえ!』なんて言いながら若い情欲を獣のように私にぶつけるつもりなの!? 一昨日私が熟読した、エロ同人みたいに!!」

「だから自分の性事情を赤裸々に語るんじゃない」


 あとお前が読んでるジャンル偏ってない? そういう秘めたる願望でもあるの?

 お兄さんちょっと心配だよ。


「志茂田さん! この人どうにかしてください!」

「すまん。どうにかできるなら、とっくにしてる」

「もぉおお! この人のせいで、私みんなに変な目で見られてるんですから!」


 まあ、そうだろうなあ。

 クラスで変に目立たないようにしている玲愛さんと、クラス中の視線を集める清美。昨日まで接点のなかった二人が――それも清美の方から接近しているとなれば、話題になるのも当然だ。


「なにより一番、いっっちばん許せないのが!」

「許せないのが?」

「この人とと思われたことです!」


 それはきついな。


「『桔梗屋さんと安里さんって、その……そういう関係なんですか?』って頬を赤らめながら聞かれた私の気持ち! 桔梗屋さん、あなたに分かりますか!?」

「嬉しかった?」

「そんなわけ! ないでしょうっ!」


 ぎりぎりと音が聞こえそうなくらい、いーっと歯をみせて威嚇しながら玲愛さんは続ける。


「なんであんな変な誘い方したんですか! 嫌がらせのつもりですか!」

「あなたとの時間を誰にも邪魔されたくないからよ」

「言葉のチョイス!」

「だってそうでしょう? 二人きりじゃないと、私が席を外した時に何を話されるか分からないもの」

「志茂田さん! この人、ほんとは頭悪いんじゃないですか⁉」


 それは同感だ。

 でも残念なことに成績はいいんだ。成績は。それがまた質が悪いんだけどな。

 IQ130オーバーのやつが放ってくる下ネタとか、F1のエンジン搭載したチョロQぐらいのパワーあるだろ。


 にしても、俺と話してる時はいつだって飄々ひょうひょうとしていた玲愛さんが、ここまで感情をあらわあにするのも珍しい。


 頬を赤く染めて、目にはうっすら涙を浮かべて、地団太を踏んだり、手をわたわたと振ってる姿は、なんというか……うん、超かわいい。ここで一生眺めてたい。


「いいですか! 私は、平穏な高校生活を送りたいんです! あなたみたいに悪目立ちする人に関わられると、とってもとーっても迷惑なんです!」

「悪目立ちとは失礼ね。クラスで私に向けられる視線は、大体が好意か羨望、悪くて淫欲よ。悪目立ちというよりは、よい目立ちをしてると思うのだけれど」

「志茂田さんやっぱりこの人ムカつきます!」


 やだ、その袖をきゅって握ってくるのめっちゃいい! もっとやって!

 玲愛さんのために、俺は援護射撃を試みた。


「なあ清美。お前も知ってる通り、玲愛さんは平穏な高校生活を望んでるんだ。お前のことをバらせば、良くも悪くも注目の的になるだろ? そんな自分のポリシーに反すること、玲愛さんはしないと思わないか?」


 清美はぷいっとそっぽを向いた。


「その人のポリシーがどの程度信用できるものなのかなんて、私には分からないわ。人はねたみ、そねみ、引き下ろしたがる生き物なのよ。何かの拍子にぽろっと口を滑らしてもおかしくないでしょう? そもそも、目立たずに噂を流す方法なんていくらでもあるわけだし」


 まあ、それはそうかもしれないけどさあ。


「でも玲愛さんは自分のポリシーのために、俺なんかと付き合おうとしてるんだぜ? 玲愛さんのスペックならもっといい人と付き合えるのに、だ。これは十分彼女を信用するに値するんじゃないのか?」


 そこまで言った時、ちょいちょいと袖を引っ張られた。

 視線を降ろすと、玲愛さんが上目遣いに俺を見ていた。


「俺なんかと、なんて言わないでください。私は志茂田さんのこと……結構素敵だと思ってますよ?」


 そしておまけに愛くるしい笑み。


 え、ナニコレくっそ可愛い具現化された天使?

 ちょっと写メ撮っていいですか?


「私は!」


 だあんっ! とコンクリの床を踏み鳴らして、清美は玲愛さんを睨めつけた。


「あなたのそういうところも気に食わないのよ! 平穏な高校生活のために征一君と付き合う? 随分とお高くとまった言い草じゃない! あなたごときに征一君は勿体ないわ!」

「それとこれとは話が別では? 話が明後日の方向に行ってますけど、お気づきですかー?」

「あなた、本当に可愛くないわね……」

「えー、でも志茂田さんは私のこと、可愛いって言ってくれましたよ? ねー?」


 うぉおおいこっちに振らないで! 完全に巻き込み事故じゃねえか!

 巨大怪獣同士の争いに無力な一般市民を巻き込まないでくれ!


「ちょ、ちょっと待て! 一端落ち着いて話し合おう。冷静になれば、お互いの妥協点も――」


 その時、がちゃりと屋上の扉が開いて、わらわらと何人かの生徒がなだれ込んできた。今日は吹奏楽部がいないということに気付いて、他の生徒も屋上を満喫しに来たようだった。


 俺は声を落として二人に提案する。


「と、とにかく、このままこの場所にいるのはまずい。一回場所を変えようぜ」

「それは同感ですね。私もこれ以上、変な噂を流されたくないですし」


 清美の方を見ると、小さく一つため息をついて、髪をさっと払った。


「まあいいでしょう。その代わり、場所は私が指定させてもらうけど、いいかしら?」

「それは構わないけど……どこかいい場所でもあるのか?」

「ええ。こういう話におあつらえ向きの、素晴らしい場所があるわ」


 どこだろうか、と首をひねって考える。


 人目がある場所だったらお互い声を荒げることもないだろうから、カフェとかファミレスとかか?

 むしろ人目を気にしないって意味では、どこかの公園でもいいかもしれないけど。


「もったいぶらないで早く言ってください。どこだろうと、私はついて行きますから」

「あら、いい度胸ね安里さん。ちょっとだけ気に入ったわ」

「全然嬉しくないです好意を向けないでください」


 うわ、すっげぇ拒絶の言葉。俺が言われたら三回死ねるね。

 しかし清美は、彼女の言葉など聞こえなかったかのように淡々と続けた。


「私たちが話し合いを行う場所、それは――」



「征一君、あなたの家よ」

「人に家にまで戦火を広げるな」


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