第14話 仁義なき髪型論争 〜世界で一番エッチな髪型〜
「時に征一君。あなたはどんな髪型の女の子が一番エッチだと思う?」
「なんだお前、戦争でもしたいのか」
翌日の通学路。
清美の口から出た宣戦布告の言葉に俺は戦慄した。
こいつ、なんてことを気軽に聞きやがる……!
「あらあら朝から随分と好戦的ね。血を昇らせるのは下半身だけにしときなさいと、あれほど言い聞かせたのに、まったく困った子ね」
言われてねえし、言われたくもねえよ。
いつでもクールで下半身だけホットな男ってのも、それはそれで嫌だろ。
「いいかお前よく聞けよ。俺たち男子高校生の間では、絶対に優劣決めてはならない三つのタブーの話ってのがあるんだよ」
「それは初耳ね。ぜひご教授いただきたいわ」
よーし、いい心がけだ。
しっかりと覚えて帰ってもらおうじゃないか。
「まず一つ目は、おっぱいと尻だ。これはどちらも尊きものであって、貴賤優劣をつけるのはナンセンスだ。ミロのヴィーナスとモナリザのどちらが美しいかなんて、そもそも比べられないだろ?」
「彫刻と絵画を比べている時点でその例えはどうかと思うけれど、まあ理解はできるわね」
「二つ目はおっぱいの大きさだ。世の中には爆乳好きに巨乳好き、貧乳好きに美乳好きと多種多様な派閥が存在しているが、派閥間での争いはただただ不毛だ。何故なら俺たちは、みな等しくおっぱいを愛しているからだ」
「ちなみに征一君は巨乳派なの?」
「なんだその質問しているようで実質確信してるようなよく分からん質問の仕方は巨乳派です」
「だと思った」
勝ち誇ったようにふふんと笑う清美。
なんだよ、例え俺が巨乳派だったとしても、別にお前のおっぱいが好きという訳ではあるぞ!! 俺は生きる!! 自分の気持ちに正直に!!
「で、最後が髪型の話だ。女性の髪形ってのは、色々あるからいいんだよ。どれが一番とか、どれが素晴らしいとか、そんなことで争ったって醜いだけだ。例えばポニーテールで世の中が埋め尽くされちまったら、それはそれでつまんないだろ? 多様性ってやつが大事なんだよ」
「なるほど。なんだか壮大な話でまとめられてしまった気がするけれど、概ね意見には同意したわ」
「ならよかった」
ちなみにこれは、ビジネスで触れてはいけない三大タブー「政治・宗教・野球」から着想を得て俺が勝手に作ったんだけどな。適当言っても、割と様になるもんだぜ。
「それで征一君はどんな髪型の子が一番好きなのかしら?」
「お前、俺の話聞いてた?」
「もちろん聞いていたわ。そして納得もした。けれど、個人の好みの話をするのは別に自由でしょう?
「ぐっ……」
さすが学年トップの成績を誇る秀才、IQ130オーバーの女。頭の回転が速い。
「ど、どうしたんだよ清美。今日のトークテーマはやたらと大人しいじゃないか。いつもみたいにもっとえぐいテーマじゃなくていいのか?」
「あら、そうかしら? 髪型ってフェチズムの代表的なものの一つだと思うけれど。平安時代には簾の向こう側に見えるような長い黒髪が男の情欲をそそるとされていたし、フランス革命期のパーティーでは、カツラに白い髪粉をふりかけてきらびやかにみせて、男女ともに自分を華やかに見せて異性を誘惑していたと言うわ」
「めちゃくちゃ博識なところ見せてくるじゃん、震えるわ」
「これくらいはエロスの一般教養よ」
なにそれどこで教えてくれんの?
「といわけで征一君、さっさとあなたがどんな髪型に興奮してくんかくんかはすはすげっへげっへしたくなるのかを教えなさい?」
「擬音だけで人を変態に仕立て上げるのやめてくんない?」
どんな髪型に興奮するか、か。
そんなの、健全な男子高校生なら絶対に一度は考えたことのあるテーマだ。
だからこそ、心の中で答えは決まっている。
即答できる。
……だけどなー、あんまり言いたくないんだよなあ。
俺がこの質問への回答を渋っているのには理由がある。
だって――俺が好きな髪型って、清美みたいな黒髪ストレートなんだもん。
墨のようにしっとりとした黒髪。
髪を結っても結んでも、すぐにほどけてしまうほどの滑らかなキューティクル。
願わくばその髪の中に両手をつっこんで、一生触っていたいほどの魅力がある。
でもさー、それを当人の前で言うのはちょっと恥ずかしいよな。
大きなおっぱいが好き! って公言するのとはちょっと訳が違うって言うかさ。
ほら髪型って個性出るじゃん? 好きな髪型が一致してたら、まるで「お前のことが好きだ!」って言ってるみたいじゃない? 遠回しな告白っぽくない? 考えすぎ?
「どうしたの、征一君? そんなに悩むようなことかしら。あなたのことだから、好きな髪型くらい即答できるでしょう?」
「ああ、もちろんだよ。俺が一番好きなのはワンレンボブだ」
迷った挙句、俺は違う髪型をチョイスすることにした。
「ふうん、ボブカット。無難な選択だけれど、ワンレンというところにフェチズムを感じるわね」
「よく分かったな。ワンレンにすると、顎のあたりで毛先がちらちら揺れるんだけど、そこがたまらなく可愛いんだよな。あと、ロングだった子が短くした時のギャップがたまらん」
「それは遠回しに私に髪の毛を切れと言っているのかしら?」
「自意識過剰にもほどがあるが」
その綺麗な黒髪が短くなったら俺は三日三晩発狂する自信があるぞ。
清美はシャープな顎に手を添えて、
「どうも引っ掛かるわね」
「何がだよ」
「征一君なら自分の好きな髪型について語るとき、もっとねちっこく、気持ち悪くなると思ったのよ。まるで自分の好きな作品について語るオタクみたいに」
「やめろその例え」
炎上したいのかこいつ。
「それに自分の好きな髪型を語るときに、他の髪型を引き合いに出すなんて愚行、征一君がするとは思えないわ。まるで、今
くっ、こいつまじで鋭いな……。
「ソ、ソンナコトナイヨ……」
「怪しい」
ずいっと顔を寄せてくる清美。
やめろ近づくないい匂いするから!
「あなたまさか、本当に好きな髪型は他にあるんじゃないの?」
「あ、あり得ないだろ。わざわざ隠す必要がどこにあるんだ」
変な冗談はやめてくれよキヨミー、HAHAHA。
やばい、顔が引きつって定型化されたアメリカ人の笑い方みたいになっちまった。
「それもそうよね……。だけどこの違和感はいったい……。はっ! まさか!」
清美の目がかっと見開かれる。
まるで頭の背後に閃光が走ったかのような、何かを悟った顔。
これはやばい!
犯人特定の確定演出じゃねえか!
「分かったわよ征一君……。あなたの本当に好きな髪型は……!」
探偵が犯人を追い詰めるがごとく、清美の人差し指が俺を指す。
くそっ、万事休すか……!
「サイドテールなのね!」
全然違うが。
「あなたに告白してきた例の女の髪型! あれがドストライクだから私に隠していたのね! 何よ! それならそうと早く言ってくれればいいじゃない!」
名探偵かと思いきや、とんだへっぽこ迷探偵だった。
「サイドテールのどこがいいのよ! ほら早く言ってみなさいよ! どうせあのぷらぷら揺れる髪束に欲情してるんでしょう? 上にまたがられた時に目の前で左右に揺れて、『征一君、このサイドテールの揺れより早く腰を動かしちゃダメよ。ほぉら、もう早くなってる。どうしたの? 我慢できないの? ふふ、ほんとにこらえ性がないんだから』って焦らされるのが夢なんでしょう? そういうサイドテール振り子エッチがお好みなんでしょう!?」
「なんだその特殊なプレイ! 創造力豊か過ぎるだろ! 勿体ないからもっと人類のために活かせ!」
ちなみに一瞬想像してちょっといいな、って思ったのは内緒だ!
うーん! サイドテールも悪くないなあ!
「なあ、ちょっと落ち着けよ清美。もうすぐ学校だし、あんまり大きな声は――」
出さない方がいい。
と言おうとして、その言葉を飲んだ。
理由は簡単。
もうすでに手遅れだったからだ。
「あはは……。お、おはようございまーす……」
くだんのサイドテールをゆらっと揺らして、控えめに片手を挙げる玲愛さん。
俺たちへの距離は二メートル弱。
奇跡的というかなんというか、周囲には誰もおらず、遮る物も音もない。
間違いない。
俺たちの猥談は、完全に聞かれていた。
おい、どうすんだよ! と目線を送る俺。
俺の視線を受けながらも動かない清美。
微妙な笑顔のまま固まった玲愛さん。
しばしそのまま痛いほどの沈黙が流れ……。
「……ふっ」
ばっ! と音が聞こえるくらいの勢いで、清美が背中に垂れた髪をかきあげ。
そして言った。
「おはよう、安里さん。今日はとても良い天気ね。日本経済とマニュフェストについてお話ししない?」
「お前、さすがにそのギアチェンは無理があるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます