第12話 お姉ちゃんはブラコンです! 後編
「それじゃあせーちゃん、こっちにおいでー」
「いや、それはちょっと……」
「どうしてー? 相談事をするときは、いつもこうしてるでしょ?」
ようやく俺の背中から離れ、ソファの上で行儀よく座った姉さんは、ぽんぽんと膝の上を叩いた。
膝枕。
それが姉さんの相談事を受ける時の基本スタイルだ。
因みに膝枕をしなくてはならない論理的な理由は特にない。
「ほ、ほら、俺ももう高校生だからさ」
「そっかそっかあ。せーちゃん大きくなったねえ。お姉ちゃんはねー、今年で大学二年生になったよ?」
そういうこと言ってるんじゃないんだよなあ。
あれよあれよという間に頭を抱えられ、ハーフパンツから伸びた程よく柔らかい太ももに押し付けられる。
ああ、ダメだ……。もう抵抗できない……。
子供の頃からの習慣だったからか、この体勢になると抵抗する気力が抜けていく。
「さあ、話してごらん? せーちゃんはどんなことで悩んでるのかなー?」
言いながら、俺の髪をほっそりとした指で
切実にやめてくれ。めっちゃ恥ずかしい。
「じ、実はさ、今日会ってた女の子に告白されたんだよ」
「そっかそっかあ。せーちゃんかっこいいもんねー。そういうこともザラにあるよねー」
人生初体験だけどな。
ザラにあるどころかサラサラないけどな。
「ただ、その告白された理由っていうのが、ちょっと変わっててさ。打算的……っていうのかな。早い話、その子は俺のこと、全然好きじゃないんだよ」
「ほむほむ。なのにせーちゃんと付き合いたいの?」
「その理由は……悪いけど割愛させてくれ。ちょっとプライベートな問題なんだ」
「ふふ、そういうせーちゃんの優しいところ、お姉ちゃん大好きだぞっ♪」
やめて恥ずかしい。
誰かに聞かれたら本気で死んじゃう。
「それで、告白された理由に、せーちゃんは納得したの?」
俺は頷いた。
「そうだな。納得したっていうか、理解できたっていうか……腹の底から同意できるわけじゃないけど、一本筋が通ってるから賛同できるっていうか……なんかそんな感じ」
「なるほどー。じゃあ、オッケーしたってこと?」
「いや。まさにそこが姉さんに相談したいところなんだよ。俺、この子と付き合っていいのかな?」
俺が悩みを告げると、姉さんはふんふんと頷いた。
「悩んでるってことは、懸念材料があるってことだね。そしてそれをお姉ちゃんに相談するってことは、自分の中で何が引っ掛かってるのか、言葉に出来てないってことだ」
あ、別人みたいな発言し始めましたけど、同一人物です。
お悩み相談中の姉さんは、普段のポンコツっぷりはどこへやら、とても頭の回転が速くなる。
ついつい相談したくなるくらいに、頼りになるのだ。
「実はその通りでさ。告白されてから、こう……心の中に何かつっかかりがある気がして。もやもやしてるっていうか」
「OK、お姉ちゃんに任せなさい! そのもやもやを、ぜーんぶまるっと取り除いてあげるからね!」
「さすが姉さん、頼りになるよ」
「うへへー、もっと言ってー」
「よ、姉さん日本一! お姉ちゃんの鏡! 全弟の憧れ!」
「やだもー幸せの過剰摂取で死んじゃうー」
心底幸せそうな表情を浮かべたのち、姉さんはぱんっと自分の両頬を叩いた。
「よーし! それじゃあ方針も分かったところで、お姉ちゃんからの質問たーいむ! イエスかノーで答えてね。それで、えーっと……その子の名前は?」
「安里、玲愛」
「玲愛ちゃんだね。じゃあ最初の質問。玲愛ちゃんの外見は好き?」
「イエス」
「おっぱいは大きい?」
「……イエス」
「お尻も大きい?」
「……イエス」
「太ももも結構むっちりめ?」
「……イエス」
「なるほど、かなりせーちゃん好みだね」
「待て、なんで俺の好みの体型がバレてるんだ」
「だってお姉ちゃんが刷り込んだから」
いやぁあああああ知りたくなかったそんな黒歴史!
でもたしかによく考えると、俺の好みの体系ってまんま姉さんなんだよなあ……。
俺がシスコンだったら危ないところですよ、これ。
シスコンじゃなくて良かったぜホント。
「じゃあ次の質問ね。せーちゃんは玲愛ちゃんと付き合うのが嫌?」
嫌……ではないな。だって超かわいいし。
「……ノー」
「玲愛ちゃんと付き合うことに不安がある?」
「イエス」
「玲愛ちゃんと付き合うことに罪悪感がある?」
罪悪感? ずいぶん変わった質問だな。
罪悪感……罪悪感ねえ……。
少し思考を巡らせて、そう言えばと、はたと思い至る。
俺はボッチを貫くことを人生における最大の目標に据えている。
至上の命題と言ってもいい。
だとすれば、だ。
彼女を作ることはこの矜持に反するだろうか?
彼女と友達は別物だ。
普通に考えて問題はない。
しかし、しかしだ。
彼女ができれば時間は消える。
遅くまでラインは来るだろうし、もしかしたら通話なんかもしちゃったりするかもしれないし、週末にはデートなんかに行ったりして、時間どころかお金も消える。
時間は有限だ。
だったら、その時間をフルに自分のために活用できるボッチこそが、最も効率的に人生を謳歌できる。
何者にも縛られないし、縛らない。
それが俺の生き方、ポリシー、スタンス。
だとすれば、彼女を作るという行為は、それに反しているわけで……。
あれ? もしかしてこれって結構難しい問題なんじゃね?
もやもやしてる理由絶対これじゃん!!
「たぶん……イエス」
「そっかそっか」
満足げに頷いて、姉さんは続けて言った。
「じゃあ、最後の質問。その罪悪感に、清美ちゃんは関係ある?」
俺は姉さんの膝の上で首を傾げた。
「清美? なんでそこに清美が――」
「イエスかノーで、答えるんだよ?」
肩をすくめる。そんなの答えは一択だ。
「ノー」
「ノーなの?」
「ノーだよ」
だって絶対関係ないもん。
これは俺の生き方、これからの人生に関わる問題だ。
そこにあんな下ネタ大好きっ娘が関係してくるはずもない。
俺が即答すると、姉さんは「そっか」と小さく笑って頷いた。
なんだったんだ今の質問?
「では、お姉ちゃんの結論を出します」
「うん」
「私は、玲愛ちゃんとお付き合いしてみてもいいと思うよ。人生何事も経験だからねー。あんまり深く考えずに勢いで選択してみても、案外うまくいくこともあるんだよ」
「深く考えず、勢いで……か」
「そうそう。せーちゃんはまだ高校生なんだから、考えるより先に行動するくらいが丁度いいかもしれないよー? ただし」
つん、と唇をつつかれる。
「一瞬でも後悔しそうって感じたなら……。ほんの少しでいいから、立ち止まりなさい。そう感じた原因を自分で言語化して、理解して、それでもその後悔と向き合える覚悟ができたら、その時は、進んだらいいと思うよ」
「後悔と、向き合う……」
「まあ、せーちゃんの場合、まずは色々と自覚するところから始めないといけないかもだけど」
「どういう意味?」
「なんでもないよー」
話はお終いとばかりに、姉さんは俺の頭をぽんぽんと叩いた。
最後の言葉の意味はよく分からな語ったけれど……自分の中で現状に整理はついた気がする。さすが姉さん、頼りになるぜ。
「今日のお悩み相談室は閉店でーす。やー、働いた働いたー。いい仕事すると、気分も晴れやかだなー。さ、そろそろお風呂行こっか?」
「さりげなくついて来ようとするな」
「えーん! せーちゃんが冷たいよー! こんなに親身になって相談に乗ってあげたのにー!」
それとこれとは話が別だ。
高校生にもなって実姉と風呂入ってるとか笑い話にもならない。
かの有名なひっかけ問題「ねえちゃんと風呂入ってる?」がひっかけ問題にならなくなるだろ。
「えー、姉ちゃんと風呂入ってんのー! ……えっ、ほんとに入ってんの? そ、そっか。仲、いいんだな……」って引きつった笑顔を向けられたら軽く死ねるよね。
まあ! そんな問題出してくる友達なんていないんですけどね!
すっかりポンコツに戻ってしまった姉さんを置いて、リビングから出る。
その背後で、
「お姉ちゃんは、せーちゃんは清美ちゃんとくっつくと思ってたんだけどなあ」
そんな独り言が聞こえたけれど。
俺は内心で否定する。
それはない。それだけはない。
その可能性だけは、あり得ないんだ。
だって俺は、既にあいつに――フラれているのだから。
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