第11話 お姉ちゃんはブラコンです! 前編


 俺には志茂田しもだ香澄かすみという姉がいる。

 そして身内のひいき目を除いても、結構な美人な部類に入ると思う。


 一緒に買い物に出かけた時は、すれ違う男が振り返るくらいだし、きっと友達が遊びに来れば「おい、お前のねーちゃん超美人じゃん! いーなー、うちの姉貴と交換してくれよー」みたいな会話が繰り広げられていたのだろう。


 残念ながら……いや、ありがたいことに友達がいないので、そんなイベントは起こったことがない。


 姉は現在大学二年生。

 入学したて頃は、サークルやら部活動やらから激しく勧誘を受けていたらしい。


「せーちゃん。私、結構モテるんだよ?」と、やたらとアピールしていたけれど、俺としては「良かったじゃん、お嫁にもらってくれる人がたくさんできて」という感想しか抱かなかった。


 どれだけ美人でも、姉は姉。血が繋がっているのである。

 世の中にはシスコンという言葉があるそうだけど、ありがたいことに俺には該当しないようだ。


 因みに姉さんはブラコンである。


「せーちゃん、おかえりー! 遅かったねーどこ行ってたのー?」

「ちょっと駅前のカフェまで行ってただけ……ぁあああ! 近い近い暑苦しい! さては風呂上がりだな!」

「えへへ、せいかーい。シャンプー新しくしたんだけど、分かったー?」

「知らん分からん暑苦しい! くぉんの……さっさと離れろぉ……!」


 背中からがっしりと俺の体を抱く姉さん。柔道経験者だからか、やけに拘束が固くて、振りほどけない。


 く、くそ……高校生になってもこの拘束からは逃れられないのか……!


「えーそんなこと言わないでよー。おかーさーん、せーちゃんが冷たーい」


 じゅわじゅわと何かを炒める音に混じって「なら、お風呂にでも入れちゃいなさいな」という声が返ってくる。

 違う母さん、そういうことじゃない。物理的な温度の話をしてるわけじゃないんだ。


「あはっ、それもいーかもー。せーちゃん、一緒にお風呂入ろっか!」

「なんでそうなる! 大体姉さん、さっき入ったばっかりだろ!」

「別にいいよー、何回入っても。いつも言ってるでしょ? お姉ちゃんは、『結婚して欲しい』以外のお願いなら、なんでも聞いてあげるんだからー!」

「前から思ってたけど、なんでそこだけ倫理観がしっかりしてるんだよ! どんな線引きの仕方だ!」

「ごめんねせーちゃん……。お姉ちゃんもできれば結婚してあげたいんだけど、日本の法律が許してくれなくて」

「なんで俺がお願いしてるみたいになってんだ! つーか日本だけじゃなくて全世界共通で許されてないし! そもそも結婚してあげたいってセリフ自体がおかしいし! 美人なんだからちゃんと外で男捕まえて来いよ!」

「やーん、褒められちゃったー。せーちゃんも、とってもとってもカッコいいよ♪」

「ああもう、そういうこと言ってんじゃねーんだよぉおおお……っ!」


 十分ほど抵抗して疲れ果てた俺は、姉さんを背中に背負ったままソファにダイブした。


 志茂田家の構成は、父、母、ブラコン、俺の四人家族。

 父さんは単身赴任の出張中で、年に数回しか返ってこない。まあ、もともと無口な人なので、そんなに会話を交わすことはない。


 物静かな父さんとは対照的に、母さんと姉さんは「ド」が付くほどの天然で、言動全てが複雑怪奇。毎日毎日、ツッコんでもツッコんでもきりがない。


「世の中はさあ、バランスが取れてないとダメだと思うんだよな。陰と陽。天使と悪魔。エロスとタナトス。阪神と巨人。どっちか片方だけだと世界が崩壊しちゃうんだよ」

「せーちゃん、何の話してるの? 哲学?」


 ボケにはツッコみが必要って話です。せめて後一人さばく人がいて欲しい。

 いや、今更いまさら弟か妹ができてもすげー複雑な気分にはなるけども。


「そいえば、せーちゃんさあ」

「なんだよ。っつーかそろそろどいてくんない? 小泣き爺でも目指してんの?」

「今日女の子と会ってたでしょ」


 え、怖い怖い怖い。

 なにが怖いって首筋くんくんしながら言うのが怖い。


 なんで匂いで分かんの? 浮気とかしたら一発でバレるやつじゃん。

 いや、俺はしないけどね? こうと決めたら一直線よ、うん。


「だいたいさー、せーちゃん友達いないのに、放課後にカフェとか行ってきたのがそもそも怪しいよねー。友達いないのにさー」

「おい、なんで二回言った。別にそんなに大事なとこじゃないぞそこは」

「しかも相手、清美ちゃんじゃないでしょー。清美ちゃんだったら、せーちゃん隠さないもんねー」


 でもって、なんでこういう時だけやたらと鋭いんだよ。

 いつもはもっとバカじゃん。「IQ? 無敵だよ!」って返すくらいバカじゃん。


「もしかして……彼女?」


 どうして俺は、実姉に彼女がいるかどうか問い詰められてるんだ?

 あと首筋にかかってるこの手は何? 返答間違ったら死ぬの? スフィンクスかこいつ。


 とはいえ、俺も姉さんとは生まれた時からの付き合いだ。

 こういう時、どんなふうに危機を回避すればいいかくらい、心得ている。


「姉さん。そのことで折り入って相談があるん」

「相談! いいよ、何でも聞いて! お姉ちゃん、絶対力になってあげる!」


 はっや。お家芸かな?

 そう、何を隠そうこの姉さん、弟から相談を受けるのが大好きなのである。


 だって頼りにされてるって感じるんだもん! 幸せなんだもん! というのが姉さんのげん。ありがたい反面、本当になんでも解決してくれようとするため、ここしばらくは相談事を控えていたのだが……。


 ……まあ、実際ちょっと俺の手にはあまる内容だしな。

 玲愛さんから受けた告白のこと、ちょっと相談してみるか。

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