第10話 俺を挟んで争わないで!!


「だから! 今はタイミングが悪いからあっちに行ってなさいと言っているのよ!」


 聞き間違いじゃなかったわ。

 っていうか、何ならもう姿もばっちり見えてるわ。


 仕切りを一つ挟んだ向こう側、ギリギリこちらの様子が見えるくらいの距離で、そいつは何故かテーブルに手をついて立ち上がっていた。


 キャスケット帽子にサングラス。まるで何かから隠れるために用意したような装いだけど、制服とのミスマッチがすごくて逆に目立っている。

 まさかお前、それわざわざ買ったんじゃないだろうな?


「何してんだ、清美」


 ぴたりと動きを止めること、数秒。

 二回、三回と深呼吸。

 そしてキャスケット帽とサングラスを取り払い、華麗に髪をかきあげながら、振り返った。


「あら、こんなところで奇遇ね、征一君」

「この状況でよく言えたな、そのセリフ」


 ここまでいくと、その神経の太さに敬意を表したい。


「ありゃ。もしかして今、タイミング悪かったです?」


 と、今度は知らない顔が衝立の陰からひょっこりと顔を覗かせた。

 あどけない顔つきに、華奢で小さな体。あの制服は確か……清美が通っていた聖華せいか女学院の制服だったっけ?


「だから、さっきからそう言っているでしょう?」

「これは失礼しました! それでは瑠宇るうは退散しまする!」

「そうしてもらえると助かるわ……。ああ、ちょっと待って、あなたには後で話が――って、もういないし……」


 清美が何か言いかけた頃には、瑠宇なる少女は既にカフェの外に出てしまっていた。

 街の喧騒の中に消えていく瑠宇の姿をガラス越しに確認すると、目頭に指を添えながら、清美は深いため息を吐いた。


「今の、中学の時の後輩か?」

「ええ、まあそんなところよ。まさかこんなところで会うなんて……誤算だったわ」


 確かに聖華女学院って結構遠いところにあるもんな。

 この辺から通ってるやつがいるなんて、普通思わないか。


「まさかこんなところで、はこっちのセリフですよ。桔梗屋さん」


 俺の背後から清美に向けて、可愛らしい声が飛んでいく。


「こんにちは。私たちは放課後デートの真っ最中だったんですけど、桔梗屋さんはおひとりですかー?」

「ええ、そうだけれど。何か問題でも?」

「いえいえ。でも、このカフェって桔梗屋さんのお家とは真逆の方角じゃないですかー。そんなところで会うなんて、不思議な縁もあるものだなあと思いまして」

「あら、私もまったく同じことを思っていたところよ。世の中何が起こるか分からないものね」


 不敵に笑い、続ける。


「そういえば偶然、偶々、聞こえてしまったのだけれど、あなた随分と愉快な理由で征一君に告白したみたいね。好意もないのに告白するだなんて、私はどうかと思うけれど」

「わー、盗み聞きなんて趣味が悪いですねー。桔梗屋さんともあろう人が、品がないですよー?」

「聞こえてなかったようだからもう一度言ってあげるけれど、偶然、偶々聞こえてしまったのよ。耳が遠いの? 良い耳鼻科を紹介してあげましょうか?」

「あはは、結構ですー。あえて聞き返したに決まってますよねー」

「性格悪いわね、あなた」

「ふふ、お互い様かとー」


 いやもう怖い怖いやめてやめて!

 俺を物理的に挟んで言い争わないで!

 怖すぎて蛇と蛇の間に挟まれたカエルみたいになってたわ!


「征一君、こんな女やめておきなさい。あなたにはがいるはずよ」

「随分な言い草ですねえ。まさか、が自分とでも言いたいんですか?」

「は? 寝言は寝て言ってくれる? 私にも選ぶ権利というものがあるのだけれど」

「でしょうねー。まったく、あからさまにも程がありますよ。もうちょっとうまく……って、え? あれ? え?」

「何かしら?」


 玲愛さんは困惑したように言う。


「えーっと……。告白の邪魔をしたり、あからさまに尾行してきたりしたので、てっきり桔梗屋さんは志茂田さんを好きなのかと……」

「もっとジョークのセンスを磨いた方がいいわね。私から征一君への恋愛感情なんて、私の体に生えているムダ毛の先ほどもないわ」


 お前のムダ毛事情なんて存じ上げねえよ。

 あと、素が出かけてるぞ、素が。


「む、ムダ毛……?」

「おっと失礼、今のは忘れて。とにかくそういうことだから、変な勘違いはしないでちょうだい」

「そ、そうなんですか……。えっとその、なんていうか……」


 おい、どんすんだよ、この空気。

 俺が振り向くと、玲愛さんとばっちり目が合った。


「てへっ」


 いや、何そのごっめーん間違えちゃった☆ みたいなウインク!

 とんでもない流れ弾寄しやがって、無駄に俺の心が傷ついてんじゃねえか!

 だけどそのウィンクで癒されたからOKです!


「征一君、目を覚ましなさい。あなたさっき、あと一押しでころっといっちゃいそうなくらい呆けた顔をしていたけれど」


 し、ししししてねえし! 別に普通だったし!


「私の声で話が途切れた時、その女『ちっ、もうちょっとで落とせそうだったのに変なタイミングで入ってきやがって。っていうかあいつ桔梗屋清美じゃねえか。この前も告白妨害してきたし、マジで邪魔だな。一回シめとくか?』みたいな目をしていたわよ」

「おいおい、それはいくらなんでも言いすぎだろ。玲愛さんはそんな乱暴なこと考えないぜ。なあ?」

「…………え? あ、そ、そうですよ! いくらなんでも言い過ぎですよー!」


 思ってたんかい。

 薄々気づいてはいたけど、この子、割と腹の内真っ黒だな。

 そういう子……結構好きだぜ!


「さ。早く帰りましょう、征一君。こんな女は放っておいて、私と楽しく奴隷プ……奴隷解放宣言をナショナリズムの観点から統合的に解釈しましょう」


 お前今何言いかけたの?


「ちょっと待ってください」

「何かしら?」

「あなたには言ってません。私は志茂田さんに話しかけてるんです」

「お、俺?」

「はい。そうです」


 それまでとは打って変わって真剣な瞳に、思わず姿勢を正す。


「私……本気ですから」

「それは……告白の話、だよな」

「はい。今すぐじゃなくてもいいので……お返事、待ってますね」


 そう言って玲愛さんは、ぺこりと一礼してカフェから去っていった。


 ……本気ですから、か。

 これは俺も、しっかりと考えて答えを出さなくちゃいけないな。


 だけどなんだろう……。

 告白されてからずっと胸の奥がもやもやしてるんだよなあ……。


「ねえ、征一君」

「なんだよ」


 っつーか当たり前みたいな顔して俺の隣にいるけど、お前はそもそも部外者なんだからな。


 いやまあ心配してくれたんだろうし、そこは感謝するけど。

 にしても尾行するならもうちょっとうまい事だなあ……。


「さっきのセリフ。こてこての少女漫画に出てきそうだったわね」

「それはちょっと思った」


 色んな苦言を飲み込んで、俺は清美に同意した。

 ま、当の本人はそういうベタなのは嫌いらしいけどさ。

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