第9話 とはいえ女の子と二人だとちょっと緊張する 後編
「……」
「あは、さては図星ですね?」
「……なんで分かった?」
「そりゃあ見てれば分かりますよ。しかも『作りたいけど作れない』じゃなくて『そもそも必要としていない』タイプでしょう? そういう人って、結構珍しいんですよねー」
すごいな、そこまでバレてるのか。
隠しても無駄だと思い頷くと、玲愛さんは満足げに笑った。
「ふふ、やっぱり私の見込んだ通り、あなたはエクセレントです! 彼氏間の確執も起こる余地がないなんて最高じゃないですか。個人的にはあれが一番面倒くさいんですよねー」
自分の彼氏と友達の彼氏が喧嘩すると、付き合っている方もなんだか気まずくなると言う、あれか。
確かに友達がいなければ、そもそもそんなトラブルは発生しないな。
「つまり、あなたを彼氏にすると、私の平穏な高校生活に一歩近づけるというわけなのです。ここまではご理解いただけました?」
玲愛さんに問われたので、改めて状況を整理することにする。
「ようするに玲愛さんは、別に俺のことが好きなわけじゃない」
「念のために言っておくと、嫌いでもありませんよ。今のところは、無って感じです」
「だけど、自分の理想の生活のために必要だから、俺を彼氏にしたい」
「その通りです」
「なるほどなあ……」
「おや、あまり乗り気ではなさそうですね」
「まあなんていうか、俺の想像してる告白とはちょっと違ったからな。戸惑っているって言うのが、正直なところだよ」
「では、私と付き合うのもあまり乗り気ではないと?」
「そうだなあ。ちょっと打算的な感じもするしなあ……」
そういう理由で付き合って、果たしてうまくやっていけるのかどうか。
正直、疑問に思うところもある。
付き合った後の方がむしろトラブルが増えた、とかになったら目も当てられないし、それは俺もゴメンこうむりたい。
やはりここは、真摯に対応しつつ、お断りするのがいいのかなあ。
「でも私と付き合ったら、私のこと好きにできる特典が付いてきますよ?」
「なんだってっ!?」
早くそれを言え! 話が変わってくるだろ!
「あはは、志茂田さんったら分かりやすーい。さっきと目の色、全然違うじゃないですか」
「ソンナコトナイヨオナジダヨ。と、ところで好きにしていいっていうのはどういう……」
「そうですねえ。もちろん段階はちゃんと踏んで欲しいですけど、お付き合いをするわけですし、デートしながらお互いのことを深く知っていきたいですよねー」
「お互いの事を、深く……!?」
「例えば夏になったら海水浴に行ったりー」
「海水浴……!?」
つまりそれは、あなたの水着姿を見られると言うことですか!?
「お祭りに行ったりー」
「お祭り……!?」
つまりそれは、あなたの浴衣姿を見られると言うことですか!?
「あ、肝試しとかもいいですねー」
「肝試し……!?」
つまりそれは、あなたと一緒に肝を試すと言うことですか!?
……いやこれはちょっと意味分かんないな。いったん落ち着こう。こういう時はラマーズ法だ。
「そんな感じで、色んなところを回ったり、一緒に時間を共有したりして……少しずつお互いの事を好きになれたら素敵じゃないですか?」
「……」
「そうやって両想いになれたなら、その時私たちの間に生まれた感情は、普通に付き合うよりも、むしろ強固なものになってると思いませんか?」
……え、普通に良い事言ってない?
すっげー胸が苦しんだけど、何かの疾患かなあ?
「きっかけは確かに打算的かもしれません。でも……私はそういう人間なんです。人と人との関係性を、メリット、デメリットで判断してリスクが少ない様に物事を運ぶ。あなたに提示できるのは、愛とか恋とかの気持ちではなくて、私と付き合うことで生じるメリットだけなんです」
そして玲愛さんは眉をハの字に落した。
初めて見る、少し困ったような笑顔。
「あはは、やな女ですよね。気分を害されてたら、ごめんなさい。私のこと、生理的に受け付けないなって思ったら……今日のことは忘れてください。……ううん、これも自分勝手な言い分ですね。こんなの、忘れられるわけないのに」
……ちょっと真面目に考えてみる。
人との関係性をメリットとデメリットで判断する。打算的に、機械的に、粛々と物事を俯瞰する。だけどそれは、誰だって同じなんじゃないだろうか?
一緒にいると楽しいから。
二人でいると落ち着かないから。
それだって、メリットやデメリットの言い換えでしかない。
俺が友達を作らない理由だって同じようなものだ。
一人でいる方が楽。そういうメリットを選択しているんだ。
「でも、もし……もし少しでも、私の提案に心を動かされるところがあったのなら……。私と、付き合って欲しいんです」
深い、ラピスラズリのように美しい瞳が俺を見据える。
きっと、彼女の言葉に嘘はなかった。たとえ今は、俺のことを好きでもなんでもなかったとしても、本気で付き合いたいと思っていた。
そこに悪意はなく、敵意もない。
だとすれば俺は――
「――――っ! ――まですっ!」
「……っ⁉ ちょっと――! ――――にしなさいっ!」
……ん?
聞き馴染んだ声が鼓膜を揺らして、俺は思わず辺りを見渡した。
……いやいや、さすがに聞き間違いだろう。
学校の中ならまだしも、街中で、しかも俺が普段来ないようなこんなオシャレなカフェで、あいつと出会うはずがない。
そう、だからこれはきっと幻聴だ。
毎日毎日聴いているから、ちょっと似ている声音を聞き間違えてしまったという、ただそれだけの――
「だから! 今はタイミングが悪いからあっちに行ってなさいと言っているのよ!」
聞き間違いじゃなかったわ。
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