第1話 消えていたエロ動画が復活するとちょっと嬉しい
――時間は少し巻き戻る。
――これは志茂田征一がクラスメイトに告白された、その日の朝のお話。
朝、気持ちよく目が覚めた。
スマホを付ける。新着メッセージ、なし。
窓の外を見る。迎えに来ている友達、なし。
いつも通りの清々しい朝に、口角が上がる。
「やっぱりボッチは最高だな」
時間は有限だと人は言う。
ならば、その時間をフルに自分のために活用できるボッチこそが最も効率的に人生を謳歌できるのではないだろうか?
小学生の頃、幼くしてその真理に気付いてしまった俺は、以来一人として友達を作らないまま、高校生になった。
高校に入学して早二カ月、部活にも所属せず、放課後は爆速で家に帰り、誰ともろくに会話をしなかった結果、晴れて高校ボッチの地位を手に入れた。
友達からのラインに一喜一憂することもなければ、朝ラインに反応できなかったからとあわてることもない。日中行きたくもないトイレに同行する必要もなければ、夜、友人との会話を思い出してあれこれ思い悩む必要もない。
まさに自由! フリーダム!
何者にも束縛されず、何者も束縛しない!
個として、人間として確立された完璧な存在!
一人最高! ボッチ最強!
俺はこれから三年間、優雅なボッチライフを堪能させてもらうぜ!
「行ってきまーす」
外に出る。
天気は快晴、学校に向かう足取りも軽くなる。
さわやかな朝。
踊る心。
はつらつとした気分で、家の外へと一歩足を踏み出して――
「おはよう征一君。随分と機嫌が良さそうね。消されていたお気に入りのエロ動画でも再アップロードされていたのかしら?」
「台無しだよ馬鹿野郎」
隣の家からひょっこり顔を出した
「あらひどい。挨拶より前に罵倒が飛んでくるなんて。確かに私たちは裸の付き合いまでした間柄だけど、親しき仲にも礼儀あり。ないがしろにするのは頂けないわ」
「幼馴染を卑猥な感じに言い換えるな。単に赤ん坊の頃からの知り合いってだけだろ」
「そういう言い方もできるわね」
「普通はそういう言い方しかしねーんだよ」
家は隣、学校は一緒、互いに部活への所属はなし。
となれば自然、一緒に登校することになる。
友達のいない俺が、同年代とまともに会話する唯一の時間だ。
ま、こいつとは家族みたいなものだから、あんまり同級生と喋ってるって感覚はないんだけどな。
「ふわぁ……」
「なんだよ、眠そうだな」
「寝不足気味なの。少し寝坊したから、朝はバタバタしてしまったわ」
「へえ。お前でもそういうことあるんだな」
俺の中の清美のイメージは、夜は十二時までにはちゃんと寝て、朝も決められた時間にきっちり起きる優等生って感じなんだけどな。
「それで征一君。どんなエロ動画が復活していたの? 私、とても気になるわ」
「だからその前提に対する異様な自信は一体何なんだよ」
「違うの?」
「当たり前だろ。大体、消えてた動画が復活くらいで別にそんな――」
「嬉しくないの?」
「嬉しい!」
「ほらみなさい」
ちくしょう、俺の正直者!
でも、男だったら誰だって嬉しいよなあ!
生き別れの兄弟に再会するくらいの感動はあるよなあ!
「違うんだって! 俺は単に、自分のボッチライフが今日も粛々と進んでいることに、充実感と満足感を覚えていただけなんだよ!」
「ふうん、そんなことであんなに清々しい顔になるのね」
「なるさ、なっちゃうね。ビバボッチライフ! 俺は何物も縛られないぜ! みたいな感じだよ」
「なるほど、
「俺がいつ物理的に縛る縛らないの話をしたよ」
「嫌いなの?」
「そもそも話の論点が合ってないんだって」
「あら、それはごめんなさい。私としたことが、つい言葉尻に飛びついてしまったわ」
「まあ、分かってくれればいいけどさ」
それにしても、言葉尻に飛びつくって表現は、なんだかちょっと卑猥な感じがするよな。尻に飛びつくって部分とか特に。
せっかく話題が下ネタから逸れそうだから絶対言わないけど。
「ところで話をエロ動画の件に戻すけれど」
「戻すな。エロに対する
逸れなかった。
なんだこいつ、下ネタが実家なのか?
「それは私のことを犬扱いしているということかしら? このダメ犬、さっさと靴をなめろ! みたいなプレイをしたいということかしら?」
「もうなんでもかんでも下ネタにするじゃん。往年の
「古田……敦也?」
「元ヤクルトの選手だよ。キャッチャーなんだけど、古田が取ると際どいボールもストライクに見えるって言うくらいの名捕手で……」
「えっと、ごめんなさい……。野球はちょっと分からなくて」
「ああ、いや、気にするな。今のは俺のたとえが悪かったよ」
「夜の野球についてなら語れるのだけれど……」
「よーし、この話題やめにしよっか!」
知らない話題に寄せようという気概だけは買うよ。気概だけな。
「ったく……。朝から下ネタ全開で楽しそうだな、お前は」
「楽しいわよ。征一君も、私と喋れて楽しいでしょう?」
「ツッコむのに忙しくてそれどころじゃなかったよ」
朝っぱらから立て板に水のごとく下ネタを話し続ける美人女子高生。
立てば
「お前のその本性、ファンクラブの男子たちが見たら泡を吹いて卒倒しそうだよな」
「大丈夫よ、私、あなたにしか下ネタは話さないもの」
そう。
清美は俺にだけ下ネタトークを振る。
曰く。
『疲れるのよね、綺麗な自分ばかり見せてるのって』
『だったら、素の自分――要するに、下ネタ全開のお前のままで過ごしたっていいんじゃないか?』
『ダメよ、清純な私はとても需要があるのだから。その期待には応えなくてはいけないわ』
『どこのアイドルだお前は』
『だから、征一君には付き合って欲しいのよ。私のガス抜きに』
と、いうことらしい。
理屈は通っている気はするが、俺としてはまったくのとばっちりだった。
(小学生の頃はこんなに下ネタを話す女の子じゃなかったんだけどなあ……)
清美はそれこそ、純粋で清純な、下ネタの「し」の字も知らないような子だった。
それが中学で離ればなれになり、高校で再会した瞬間に交わした会話が――
『あら征一君、随分と大きくなったのね。下の方の征一君も、少しは成長したのかしら? それとも、そっちの方はまだまだお子様なのかしら?』
『……』
『……? あら征一君、随分と大きくなったのね。下の方の征一君も、少しは成長したのかしら? それともそっちはまだまだお子様なのかしら?』
『会話の内容が聞こえてないから返事しなかったわけじゃねーんだよ』
『ああ、なるほど。こういう下ネタはあまり好みではなかったのね。じゃあ好きなAV女優についてでも語り合う?』
『下ネタの内容が気に食わなかったから返事しなかったわけでもねーよ』
『そうなの? それじゃあ――』
『なあ。お前、昔はそういうこと言うタイプじゃなかっただろ。いったい中学で何が――』
『女性の夏服と冬服、どっちの方がエロいか議論しましょうか』
『いいぜ、乗ってやるよ! 徹夜する覚悟はできてるんだろうな!』
これだったからな。
……いや、会話には乗っちゃったけどさ! これはしょうがないじゃん!
露出の多い夏服と、あえて体のラインを消すことで妄想力を刺激する冬服、どっちがエロいかとか無限に話せるじゃん!
因みに俺はニットセーターという飛び道具がある冬服派です。
とにかく、久しぶりに再会した清美は下ネタ大好き女子高生にクラスチェンジしていたのだ。
初登場の双子の姉か、違う環境で育てられたクローンか、はたまた宇宙人に連れ去られて記憶を改ざんされたのかと疑ったが、普通の普通に本人だった。
なんでも、中学の頃の友達に感化されて下ネタを話すようになったらしい。
確かいいところの女学院に通ってたはずなんだが……やっぱり女子校って怖い。
(小学生の頃の清美、可愛かったんだけどなあ……)
下ネタを話す今の清美を見ていると、否が応でも思い出してしまう。
街中を歩けば十人中十人が振り返るような美少女っぷり。線が細く、いつもどこか不安げな表情をしていたから、どこか儚くて今にも消えてしまいそうで、
そんな彼女はいつだって俺にべったりで、服の裾を掴んでは『征一君、どこにもいかないで……』なんて潤んだ瞳で俺を見上げてきたものだ。
……といかんいかん、思い出すだけでも顔がにやける。
とにかくだ。
あの頃の清美はそれはそれは可愛いらしい少女だったのだ。
それが今となっては――
「征一君、私の話、ちゃんと聞いてる?」
「……っ!」
足を止める。
清美の顔が目の前にあった。
どうやら話を聞いていなかったのがお気に召さなかったようで、片頬を膨らまし、眉を
……全然怖くない。
「悪い、ちょっと考えごとしてて」
「とてもいやらしい顔をしていたわ。鼻の穴が膨らんで、口元がだらしなく垂れて、隣を歩いていてとても恥ずかしかった」
「だから、悪かったって」
「……誰よ」
「はい?」
清美は不機嫌そうに髪を払った。
「だから、誰のこと考えてたのって聞いてるのよ。どうせ女の子のことでしょう? 昨晩見たAVに出て来た女優さんのことでも思い出していたのかしら? だったら早く名前を言いなさい」
「なんでだよ」
「私も観るからよ」
「お前も観るのかよ!」
嫌だよ俺! 異性の幼馴染とオカズ共有するとかすっごく複雑な気持ちになるわ!
大体俺は、清美の子供時代のことを思い出していたのであって、そういういかがわしいことを考えていたわけでは断じてない。
だがしかし……。
(本当のことを言うのも、それはそれで恥ずかしいな、これ)
あと、なんかロリコン扱いされそうで怖い。
君の子供の頃の姿を思い出してたんだよデュフフ、なんて言われたら普通に嫌だろうし。
と、いうわけで。
「淫乱病棟二十六時~俺とお前と性の二時間~に出てくる冬氷ミネコさんだよ。演技が自然でおすすめだ」
俺はさらりと嘘をついた。すぐに作品名と女優名が出てきたのは、決して昨晩観ていたからではなくて、ただ単に俺の記憶力が抜群にいいからだ。ウソジャナイヨ。
「何よ、やっぱり女優さんのことを考えてたんじゃない。白昼堂々、よくもまあ頭をピンク漬けにできたものね、この変態」
「お前にだけは言われたくないんだよなぁ」
「ところで私は最近一周回って素人物にいぶし銀にも似た良さを感じるようになってきたのだけれど、征一君は何が好き? さっきのタイトルからすると、企画物かしら?」
「一個前のセリフ思い出してみ? ブーメラン頭にぶっささってんぞ。出血多量で死にたいのか?」
「ごちゃごちゃ言わずに早く答えてくれないかしら。学校に着いてしまうじゃない」
唇を尖らせ、俺の制服の裾を引っ張る清美。
不服気に俺を見上げる瞳はわずかに潤んでいて、幼少期の清美を
その姿に、ぐっと言葉に詰まる。
……ああ、分かった分かった、降参だ。
前言を撤回しよう。
昔の清美は可愛かった。
そして、今の清美も可愛い。それはもう、間近で見つめられれば目のやり場に困ってしまうほどに。
ただ――
「素人物のインタビューシーンってなんであんなに興奮するのかしら。あれをスキップして本番シーンまで飛ばす人とは、一緒にご飯を食べられないと思うわ」
ただちょっと言動が残念になってしまっただけで。
……まあ、これが致命的なんだけどな。
世の中にはギャップ萌えって言葉があるけど、さすがに成層圏からマリアナ海溝の底くらいのギャップがあったら、萌える前に燃え尽きて死んじまうよな。ほんと、もったいねーやつ。
そんなことを考えながら、結局俺は学校に着くまでの残り十分間、この美人な幼馴染とAVトークに花を咲かせたのだった。
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