息子の元彼女と警察ごっこ

高橋恵梨は,すぐに会うと言ってくれた。恵梨は,もちろん息子が死んだことを知っていて,私から連絡があったことを少しも怪しまなかった。


恵梨は,小学校から,悠貴とは一緒で,恵梨のお母さんと私は,仲が良かったから,このことになったのに,連絡を取り合わない方が不自然なのかもしれない。


近くの喫茶店で待ち合わせをして,数年ぶりに出会った恵梨は,とても大人っぽくなっていた。しかし,顔色が悪く見えたのは,気のせいなのかな?


恵梨は,豪雨が収まって交通機関が復旧して,すぐに休暇を取り,帰省したと話してくれた。気持ちの整理がまだ出来ていないというのが,理由らしい。それは,その通りだろうと思った。


「豪雨の時は,どこにいたの?一人だったの?」

と訊いてみると,

「自分のアパートにいた。」と答えた。怖くて,雨が止んだ後も,何日も出掛けなかったらしい。電車やバスは,数日止まったままだったから,仕事も休みになったし,出掛ける理由はなかったということだった。


ここまで聞いて,話題を変えることにした。


「あの…訊いて悪いけど,三週間前に最後に悠貴と電話した時に,恵梨と別れたって言っていたけど,何かあったの?」

と努めて,詮索する意図ではなく,心配しているだけだと安心させるような口調で尋ねてみた。


恵梨は,虚をつかれたようで,少し間を置いてから,「何があったか,話せません。」と答えた。


相手の母親という分際のものとしては,「話せない」と言われたら,それ以上追求する訳にはいかない。


でも,どっちから別れようと言い出したかだけでも,聞き出せたら,何かの手がかりになるのかも知れない。知りたい情報を教えてもらえるように,鎌をかけることにした。

「悠貴が恵梨に何か申し訳ないことをしたのなら…ごめんね。」


「いえいえ,振られたのは私の方ですので。」

と恵梨がすぐに言った。


そうか。悠貴が振ったのか…なら,恵梨には,悠貴を恨む理由はあったのかも知れない…。でも,さっきの恵梨のさりげない答え方だと,未練は無さそうだけど…。「振られた。」と言った時の目も,恨みがあるようには見えなかったし…。


得策ではないかもしれないとわかりながらも,目的を話さずに,これ以上踏み込んだ質問を恵梨に向けると,怪しまれてしまいそうだったので,腹を割って話すことにした。恵梨の反応で何かがわかるかもしれないとも思った。

「実はね…私はね…もしかして悠貴の死は,事故ではなかったかもしれないという気がしてならないの…。」


恵梨は,これを聞いて,目の色が変わった。動揺しているようにも見えた。しかし,すぐに気を取り直し,私に質問をした。

「…どうしてそう思うんですか?体は,川から出てきたでしょう?」


幽霊のことを話すつもりはなかったが,恵梨の反応が確かめて,言ってみた。

「実は…この間…悠貴の幽霊に会ったの…。」


「えー!」

恵梨は,驚きのあまり大きな声を出してしまった。


この反応は,別に怪しくないと思った。これを聞いて驚かない人がいたとしたら,その方が不自然だ。


「事故なら,幽霊になる必要はないでしょう?」

私が恵梨の目を真っ直ぐに見て,言った。


恵梨は,頷いた。

「そうですよね。」


しかし,その後,何を訊いても,恵梨から手がかりとなるような情報を得られなかった。


息子の最近の様子は,別れてから接点が減って,顔を合わせることもほとんどなくなったから,知らないと言われた。


私が,息子の死は事故じゃなかったことを疑っていると言った時の恵梨の動転しているような反応が少し気になったが,これ以上質問しても,何も教えてくれそうにないと見切りをつけて,「じゃ,せっかくの休みだし、やりたいことも色々あるだろうし…そろそろ、行こうか。今日は,会ってくれてありがとう。」

と会計を済ませてから,恵梨と二人で店を出た。


店から出ると,恵梨は何かをいうかどうか迷っているように見えた。


「じゃ,またね。色々と大変だけど,頑張ってね!恵梨ちゃんが元気そうでよかった!」と私が挨拶をすると,恵梨が口を開けた。


「もし…悠貴の死が事故じゃなかったら…きっと,彼なりの理由はあったと思います。」

恵梨がそう言うと,逃げるように,人混みの中へ消えて,私から離れていった。


彼なりの理由はあったと…?恵梨のこの言葉は,とてもショックだった。理由が2つあった。まず,恵梨は,やっぱり悠貴の死について何か言っていないことを知っていることを意味しているからだった。でも,それよりも,「彼なりの理由はあった」という言い方は,悠貴の死は,自分の意思に反するものではなく,本人が望んだものであることをほのめかしていることだった。つまり,息子が自殺したということだ。


でも,なぜ?

そして,自殺したのなら,恵梨は,どうして知っている?

そして,どうして自然災害のどさくさに紛れて,事故死に偽装する必要は,あったのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る