幽霊との暮らし

こうして,幽霊の息子との暮らしが始まったのだ。


幽霊だから,もちろん食事はしないし,食べられないのだが,目の前に息子がいるというのに,彼の分も作らないで,自分だけが食べていると、申し訳なくなる。だから,食事を息子の分も用意することにしている。食事が出来ると,息子は,にこにこして,「いい匂いがする。美味しそうだ。」と言ってくれる。やっぱり,幽霊になっても,息子の優しい性格は,全く変わっていないようだ。


後は,一緒にテレビを見たり,お喋りをしたりして,過ごしている。「覚えていない」と言われても,懲りずに,毎日古いアルバムを出して見せていたら,記憶が少し戻ってきたようで,死ぬ直前のことは,思い出せないものの,昔のことがよく思い出せるようになった。これで,話も合うようになり,悠貴が小さい頃の話など,昔のことを話して,懐かしんでいる。


ところが,豪雨のことや事故のこと,自分が死んだことは,自分が幽霊になっていることでわかるものの,詳細が全く思い出せないようだ。いくら尋ねても,無理だ。


そこで,息子が住んでいた岡山県の町の警察などに連絡をし,他殺の可能性もあるので,息子の死について調べるようにお願いをしてみたのだが,全く相手してくれない。


豪雨が収まって,すぐに川辺で発見されたのだから,災害で犠牲になったと考えるのは,確かに,ごく自然である。それに,川から発見された遺体は,甚大な被害を受けた地域だから,息子一人ではないし,他殺の可能性を考える方が不自然な状況であるのは,間違いない。私だって,息子の幽霊が現れていなければ,抵抗なく,息子の死を事故だと受け止められたのだろう。


もちろん,警察には,息子の幽霊のことは,話せないので,他殺を疑う根拠も,特にないということになる。相手してもらえなくて,当然だ。被災者の救助活動及び生活支援や,地域の復旧復興に奔走し,万全を尽くしているこの大変な時に,私のような人の相手をしていられないのだろう。しょうがないと思った。


そこで思いついたのは,高橋恵梨だ。悠貴の幼馴染で,たまたま同じ大学に進学することになり,交際までしていた女性のことである。悠貴は,確かに,亡くなる前に最後に話した時に,「恵梨とは別れた。」と言っていたのだが,理由は訊かなかった。恵梨なら,息子の最近の様子について,自分にはわからないことをもしかして,何か知っているかもしれない。それに,別れた原因については,聞いていないから何とも言えないが,場合によっては,殺害する動機もあったのかもしれない。


私は,早速,高橋恵梨に連絡を取り,会ってもらえるようにお願いをしてみることにした。


***


悠貴は,病院から帰ってきて,診断書をまじまじと見つめ続けた。まさか,自分がこの病気に罹るとは,夢にも思わなかった。悪夢でも,見ているような気分だった。しかし,翌朝になっても,診断書は,消えずに,部屋の机の上に置かれたままだった。


「これは,夢ではないようだ。現実だ。」

悠貴は,そう思い,静かに泣き始めた。


自分を落ち着かせようと,自分の病気についてインターネットで調べてみることにした。自分が思っているほど,恐ろしいものではないかもしれない。しかし,どのサイトを見ても,悠貴を慰めるような情報は,何処にも載っていなかった。


「これは,やっぱり死ぬ病気だった…。」

悠貴は,自分が死ぬことを思うと,息苦しくなるくらいの恐怖に襲われ,また泣き始めた。


しかし,すぐに,気を取り直した。


自分は,死ぬ。それは,変えられない。でも,親の苦しみは,何とかできるかもしれない…。そう思った。

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