第46話 第一章 完

 僕はとにかく走った。上履きのまま外に飛び出し一心不乱に体育用具倉庫を目指した。


 体育用具倉庫が遠目に見えてきたと同時に倉庫の前にいる小柄でツインテールにしている女子の姿を視界に捉えた。


 ――相沢さん!


 相沢さんは体育用具倉庫の扉を叩き中に声を掛けているように見える。


「中に誰かいるの? 返事して!」


 相沢さんは何度もドアを叩いているが反応は無いみたいだ。


「あ、相沢さん……はぁ……はぁ……」


 全力で倉庫まで駆け抜け、完全に息が上がっていた僕は膝に手を付き相沢さんに息も絶え絶え声を掛けた。


「遠山! 鍵は持ってきてくれた?」


「はぁ……はぁ……あ、ああ、もちろん持ってきた」


「それじゃあ、急いで開けて! 早く!」


 僕は倉庫の扉の鍵穴に鍵を刺し込もうとするが焦っているせいで中々鍵が刺さらない。


「遠山、落ち着いて」


 軽く深呼吸をして心を落ち着かせ、鍵を差し込み回すとカチンという鍵が開いた音が響いた。


 僕は意を決して倉庫のスライドドアを開けた。


 体育用具の鼻をつくすえた匂いがムアッと扉から流れ出てきた。


 直後、その声は聞こえてきた。


「たすけて……佑希ぃぃ!!!」


 その扉の向こう薄暗い倉庫の中に見えたその光景に、僕は頭の中が一瞬で真っ白になった。


 高井の腕を押さえる谷口、そして彼女に馬乗りになっている倉島。


 沸々と湧き上がる負の感情。


「倉島ァァッ!! またお前か ァァッ!!!」


 僕は怒りで我を忘れ猛然と倉島に向かって走った。


「と、遠山⁉︎ どうして、お前――」


 僕は倉島の言葉が言い切らない前に思いっきりタックルをかまし倉島を吹き飛ばした。


 高井に馬乗りのまま無防備だった倉島は簡単に僕のタックルを真横から食らい吹き飛ばされバスケットのボールが入ったカゴに激突した。

 

 衝撃でカゴからバスケットボールが飛び出し四方八方に床を散らばり転がった。


 直後、倒れた倉島にそのまま僕は馬乗りになり高井に目を向けた。


 まだ脱がされてはいないが乱れた着衣、頬が僅かに赤くなっていた。彼女には相沢さんが寄り添い抱き合っていた。


 そして谷口は床に手と膝を付いたまま茫然自失といったところだろうか。


「倉島……お前、高井に何をした……」


 僕は左手で倉島の首を鷲掴みにし体重を目一杯掛け床に押し付けた。


「く、くるし……ま、まだ何もしてねぇよ。な、だから離してくれよ。ぐぇっ! や、やめ……」


 僕は倉島を押し付けている左手の力を更に強めた。

 この状況で何もしてないだと……? コイツは何を言ってるんだ? もう倉島には何を言っても聞いても無駄だ。


「もう、お前は消えろ」


 僕は右手の拳を強く握り締め高く振り上げた。そのまま倉島の顔面に振り下ろせば終わりだ。


 ――なんでこんなことになっちゃったんだろうな


 僕はそんなことを考えながら右手を振り下ろす。


「佑希! やめて!」


 不意に放たれた高井の言葉。それでも僕は止まらなかった。


「遠山! ダメーーッ!」


 倉島の顔面にその拳を振り下ろそうとした瞬間、背中を暖かくて柔らかい何かが包み込み、今まさに振り下ろそうとしていた右手を僕は止めた。

 背中の暖かい感触は背中から抱き付き、身体を張って僕を止めてくれた上原さんだった。


「遠山……これ以上はダメ……お願いだから……」


 後ろを振り向き、必死に止めようとしている上原さんの濡れた瞳を目の当たりにし、僕は振り上げたままだった右手をおろした。


「上原さん……」


 そして高井の方へ振り向く。そこには泣きそうになりながらも必死に抑えている高井の姿が目に入った。


「そんな奴の為に佑希の身体を、心を痛める必要なんてないんだよ。私は大丈夫だから……大丈夫だからこれ以上はやめて……お願い……だから」


 僕は高井のその言葉を聞き倉島の首から左手を離した。




「こ、これはどういう事なの⁉︎」


 ようやく追い付いてきた宮本先生がこの惨状を見て驚きの声を上げた。

 散らばったバスケットボール、床に膝を付き茫然としている谷口、倉島に馬乗りのままの僕を背中から抱き締めている上原さん、そして相沢さんに抱かれ床に座り込んでいる高井。


 この状況を目の当たりにすれば驚くのも無理もない。


 もうこの状況では倉島も言い逃れはできないだろう。


 僕は倉島に馬乗りのままの状態から立ち上がり、高井の元へ向かった。


「高井……また僕のせいで今度は君を危険な目に合わせてしまった……ゴメン」


「佑希……私は――」


「な、なんだこの状況は!」


 倉庫に入ってきた桑島先生の叫び声で僕は高井との会話を中断されてしまった。


「ど、どうなっているんだ? 宮本先生これはいったい……」


 体育用具倉庫に後を追ってきたと思われる他の男性教師が倉庫に入ってきた。


「桑島先生、警察を呼んでください」


 高井は立ち上がり僕と向かい合ったまま先生にそう告げた。


 ――これでようやく終わるのだろうか? できればそうでありたい。


 そうしたら僕はもう……。



◇ ◇ ◇



 あの体育用具倉庫の件は警察へ通報し少年事件となった。


 当然、首謀者の倉島、谷口は私への暴行で逮捕され退学処分になるのは間違い無いと思われている。

 それに伴いこの事件になるまでの経緯を調べられることになり、誹謗中傷のグループチャットの件も警察に捜査されることになった。


 グループチャットへの書き込みも誰がどのメッセージを書き込んだのか特定され、それにより嘘や誹謗中傷を書き込んだ生徒は警察に事情を聞かれることになった。

 この一件で退学を始め悪質な書き込みをした生徒には停学や謹慎が言い渡されるだろう。


 この事件はSNSなどで一時話題になり、学校の評判を落とすことになる。学校にとっては前代未聞の不祥事で教師陣にも減給などの処分がされるという噂を耳にした。


 被害者の私は当然、事情聴取を受けたが佑希との関係はただの友達と話した。佑希が私の家に来た事実はあっても性交渉した証拠は何もない。倉島が言っていた私と佑希が一緒に家に入っていく写真は撮影されていなかったらしく存在していないようだ。

 だから、それ以上警察に聞かれることもなかった。


 学校側の対応はといえば警察の捜査も入っていることから、根掘り葉掘り色々と聞かれることは無かった。




 一時、騒然としていた学校だが少しずつ平穏を取り戻しつつあった。


 でも、ひとつ変わってしまったことがある。


 佑希が再び以前のように人と関わらなくなってしまったのだ。前髪をまた伸ばし始め、以前と同じ陰キャと呼ばれていた頃の雰囲気に戻っていた。


 いや……以前より明らかに悪くなっていた。


 本当に誰とも関わらなくなってしまった。

 上原さんたちと仲良くする前でも沖田くんと一緒にお昼を食べたり話はしていた。でも、今は彼とも関わり合いを持たなくなってしまった。


 そして私とのセフレという身体の関係も事件を境に無くなった。もちろん警察で事件の捜査をしている今、そんなことをするほど私たちも馬鹿ではない。


 だけど、事件後に佑希と二人だけで話をした時の最後に彼はこう言っていた。


『これ以上僕に関わると高井を傷付けてしまう』


 僕は疫病神だと自嘲していたのを思い出す。


 そして佑希が続けた言葉を私はハッキリと覚えている。


『高井には上原さんや相沢さんたちがいる。もう一人じゃない。だからもう止めよう』と。


 これがどういう意味なのかすぐに分かった。

 

 “誰からも必要とされていない“


 私が佑希に依存していた理由。

 私が上原さんたちとの時間を過ごす中でそれは解決しつつあると佑希は思い込んでいる。


 佑希は自分と関わった私たちが事件に巻き込まれ傷付いてしまうことを恐れ、それなら関わらなければいいという結論に至ったのかもしれない。


 だけど……本当に傷付いているのは佑希……あなた自身だということに気付いてる?


 佑希、あなたを必要としている人たちがいることを忘れないで欲しい。


 だけど、それは心を閉ざしてしまった佑希に今は届かない。


 だから今度は佑希に救われた私が、あなたを心の闇から救ってみせます。



第一部 完


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ヤマモトタケシです。

4月1日スニーカー文庫より書籍が発売されます。

Web版に大幅な修正と書き下ろしを加え、カクヨムで読まれた方も楽しめる内容になっております。

書籍版の二巻の発売は現時点で未定ですがWeb版の第二部に話は繋がっておりません。

遠山、高井、上原の新たなストーリーを書籍版でもお楽しみください!


令和4年2月28日 ヤマモトタケシ

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陰キャの僕にセフレがいる事をクラスの君達はまだ知らない【書籍版タイトル】冴えない僕が君の部屋でシている事をクラスメイトは誰も知らない ヤマモトタケシ @t_yamamoto777

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