第42話

 図書室に現れた中村さんが大事な話があるという。

 告白以上に大事な話とはいったいなんなのか? つい身構えてしまう。


「大事なお話?」


「そう、ここだと話しにくいから図書委員の仕事が終わったら一緒に帰らない?」


 それは中村さんと二人きりになるということだった。


 先日の相沢さんの言葉を思い出す。


「ごめん、今は中村さんと二人きりで帰ることはできない」


 こういう言い方をすると不快に思われてしまうかもしれないが仕方がない。


「もしかして……もう、知ってるの?」


 中村さんは何かあったことを伝えに来たようだが僕は何も知らない。やはり嫌な予感しかしない。


「いや、何も知らないよ」


「そう……でも、できれば人がいない所で話がしたいんだ」


 このカウンターで話しているといつ人が来るかわ分からない。

 でも幸い今は人がいない。


「じゃあ、ここで話を聞くよ。今は誰もいないし」


「分かった。遠山くんこれを見て」


 中村さんは自分のスマホ操作しカウンター越しに差し出してきた。


「スマホ?」


 ――!


 そこに表示されていた画像を見て僕は驚きを隠せなかった


「なんで、こんな写真が……」


 その写真は僕と中村さんが抱き合っている写真だった。あのハグをお願いされた時に盗撮されたようだ。


「……この写真をどこから?」


 僕は疑いの目を中村さんに向けた。

 当然、僕が中村さんにハメられて撮影された可能性があるからだ。


「ごめんなさい……先に謝ります。でも、これは私も撮影されているのを知らなくて友達に見せられて初めて知ったんです」


 確かに中村さんが僕をハメる為に仕組んだことなら今、僕にわざわざ伝えに来る必要は無い。黙っていればいいことだ。


「中村さんはこれを友達に見せられたと言ってたけど、出所は分かる?」


「ううん……分からないんです。クラスで前から私に言い寄ってくる男子がいて、この写真を私に見せて“遠山と付き合ってるのか“って聞いてきたんです」


 その男子が盗撮した? それとも誰かに写真を渡された? これだけでは何も分からない。


「この写真はもう出回ってしまってクラスの皆も知っているようです」


 ……最悪だな。相沢さんに言われたことが頭をぎる。僕が甘く考えていたせいで中村さんにも迷惑を掛けてしまったようだ。


「中村さん、ごめん。変なことに巻き込んでしまったみたいだ」


「それは違います! 私がおかしなことを遠山くんにお願いしたのが悪かったの……」


 中村さんは項垂うなだれ、目に涙を浮かべている。


「中村さん僕は大丈夫だから」


 僕は何を言われてもいいが中村さんに被害が及ぶのが怖い。


「もし……遠山くんが何か言われたら、ちゃんと私が証言します。これは私がお願いしたことで遠山くんは悪くないって」


 それを本人が証言してくれるなら何かあった時でも大事おおごとにはならないだろう。

 だが、今の彼女の言葉を信用していいのか? 今となっては信用できる人がクラスに殆どいない。


「僕がこの前のグループチャットの一件で根も葉もない噂を立てられてしまったのは中村さんも知ってるよね?」


「はい、私もグループチャットのメッセージは見ました」


 それなら話は早い。


「気を悪くするかもしれないけど、今の言葉を録音させて貰えるかな? 二人の合意の上でのハグだったって。中村さんを疑っている訳では無いけど、そうでもしないと僕は安心できない」


 相手を信用していないようなお願いはしたくはない。でも、相沢さんに言われたことを考えれば、そうせざるを得ない状況であることは間違いなかった。


「はい、もちろん協力させていただきます。元々は私が蒔いた種です。遠山くんに私を信用してもらう為にも断る理由がありません」


「そう、よかった……それじゃあお願いします」


「今からですか?」


「できれば早い方がいい」


「分かりました……あ、どうせなら動画で撮影しませんか? 私の顔が写ってる方が証拠としても良くないですか?」


「確かに……それじゃあ撮影させてもらうよ」


 中村さんが証拠の動画撮影まで協力してくれて助かった。最初は何かの罠かと思って疑っていたが彼女は信用できるだろう。


 しかし撮影しようにも返却の生徒が来るようになり時間が取れなかった。


 僕はカウンターに


“奥の部屋で作業中です。返却の方は返却ボックスをご利用ください。他の用の方は呼び鈴を押してください“


 と書かれたポップをカウンターに立てた。


「これで少し時間が稼げる。そこの部屋でさっさと撮影しちゃおう」


 中村さんを招き入れたこの別室は、余剰在庫や資料を保管している部屋で図書委員の許可があれば一般の生徒も入室でき、本や資料を探すことができる。



 撮影の間に呼び鈴が押されることなく無事に終えることができた。


「中村さん、わざわざ伝えに来てくれてありがとう。証拠の証言までしてくれて助かったよ。それとこの件は僕のせいだ。巻き込んでしまって本当にごめんなさい」


 僕と関わるとどうして周りの人を巻き込んでしまうのだろうか? これは僕に危機感が足りないからなのだろうか? それともやはり陰キャという烙印を押されてしまった自分自身の今までの振る舞いのせいなのか?


「ううん、そんなことはないよ。元はと言えば私が遠山くんにワガママを言ったからこんな事態になってしまったんだから謝るのは私の方です」


 中村さんは本当に申し訳なさそうにしている。


「こんなことはあまり考えたく無いけど、クラスに悪意のある連中がいるから中村さんも気をつけた方がいいと思う」


 巻き込まれるのは僕だけで十分だ。


「うん、分かった。遠山くんも気を付けて。何かあったら相談してね」


 彼女はそうひと言残し図書室を去っていった。


「この件で何も起こらなければいいんだけど……」


 盗撮されたのは偶然か、それとも僕の行動を見張っている人間がいたのか……分からないことだらけだった。


 中村さんに証言を撮影させて貰ったとはいえ、不安は尽きなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る