第25話

「うわぁ広いし綺麗だね」


 オシャレなオープンカフェを見回し、その広さに上原さんは驚いているようだ。

 ネットカフェというのは何となく汚いイメージがある。ここのネカフェは女性客にも気軽に利用してもらえるように企業努力をしているのだろう。


「へえ……色々な料理も用意してあるんだね。パスタ、カレー、ラーメン……カラオケ屋さんみたいだね」


 上原さんは店内に貼ってあるポップやポスターを楽しげに眺めている。

 そういえば最近のカラオケボックスもカラオケとランチのセットみたいなのやっていると聞いたことがある。


「えっと……オープンカフェでいい?」


 僕は自由にテーブルを移動できるカフェスタイルのオープンカフェの料金表を指差し、上原さんに同意を求めた。


「私、こっちがいい」


 上原さんが指差した料金表を確認する。


 ――カップルシート⁉︎


「え? なんで個室?」


「えーだって静かなところでゆっくり話したいし、個室って興味あるし」


「ま、まあいいけど……で、どっちにする?」


 靴を脱ぐ必要があり完全にフラットになっていて足が伸ばせてクッションが置いてあるフラットシートと、靴のまま利用するカウチソファーの部屋の二種類が選べる。


「フラットシートがいい!」


 上原さんは即答だった。


「じ、じゃあフラットにしようか」


「カップルシートでフラットの方お願いします」


 受付でシートの種類を告げると上原さんをチラリと見た後、僕を見やる男性スタッフ。これはいつものアレだな。上原さんを連れている僕に対す値踏みみたいなやつだ。


 普通の人は相手に思うところがあったとしても何かをすることはない。だけどそういう人間だけではない。だから嫉妬による逆恨みの火種は学校だけでは無く、どこに行っても付きまとう。


「個室は下の階だからそこの階段から降りるよ」


「あ、待って鬼討の剣のコミック一緒に持って行くから探してくる」


「それならそこだよ」


 僕は人気マンガコーナーを指さす。


「あれ? 十巻までしか置いてないよ」


 上原さんが十一巻以降が無いと尋ねてきた。どうやら貸出中のようだ。


「十一巻以降は誰かが持っていってるんじゃ無いかな。また後で確認に来ればいいよ」


「むう、残念。じゃあ、後はドリンク持って行こう」


 上原さんは中々に欲張りで一気に持って行こうとしている。


「そんなに持てないよ。本置いてからもう一回来よう」


 僕たちは指定の個室へ移動した。


「うわぁ……これは思った以上に個室だね」


 個室に入ると上原さんが驚きの声を上げた。


 個室の上部は空いているので完全な個室ではないが、フラットな床にソファーが置いてあり基本寝転ぶスタイルのように感じる。仮眠をするには向いてるが長時間マンガを読むには向いていないような……。


「カップルだとエッチなことできちゃいそうだね」


 実際そういうことをするカップルもいるという話を聞いたことがある。


「ホテル代わりに使おうとする人もいるらしいけど、天井に防犯カメラが付いてるし無理だと思うよ」


 上原さんは天井を見上げてカメラを探しているようだ。このネカフェでは小さくて丸いドーム状のカメラが天井に何箇所か設置してある。


「あ、あれがそうかな? なんか透明な丸いのがある」


「そうそうあれが防犯カメラだと思うよ」


「ちゃんと見られてるんだねー」


「そういうこと。泊まりの人とかで盗難も多いみたいだしね。防犯カメラが付いてるだけで抑止力にはなるのか分からないけど」


「このパソコンは使い放題なの?」


 初めてのネットカフェに興味津々な上原さんはアレコレと聞いてくる。


「パソコンで調べ物してもいいし動画観てもいいし、ゲームやってもいいし基本的には自由に使っていいと思うよ」


「ねえねえ、なんかエッチっぽいアイコンがあるよ? これ何?」


「なんだろ? グラビアアイドルかなんかのPV(プロモーションビデオ)とかかな?」


 僕たちは未成年なのでアダルト関連は視聴できない。


「ちょっと観てみよう」


 そう言って上原さんはマウスでアイコンをクリックする。


 起動したアプリでは色々なグラビアアイドルのPVが観れるようだ。


「遠山はどの子が好み?」


 ウインドウに並んだグラビアアイドルの画像とプロフィール一覧を前に上原さんが聞いてきた。


 このグアビアアイドルの人たちには申し訳ないが上原さんの方が何倍も可愛い。スタイルだって彼女はグラビアモデル並みだ。


 上原さんが目を輝かせて僕の答えを待っている。なんでそんなに期待した目で僕を見ているの?


 答えなきゃダメなのだろうか?

 このウインドウに表示されているグラビアアイドルの誰を選ぶのも違う気がする。


「えっと……自分の好みとかよく分からないんだけど……上原さんの方が数倍可愛いよ」


「ま、またそういうことを恥ずかしげ無く言っちゃうの……もう……遠山て天然だよね……」


「天然って?」


「天然のお・ん・な・た・ら・し!」


 いや、それは流石に無いでしょう。この容姿でどうしてそうなる。


「この地味なルックスでどうすればそうなるのさ?」


「遠山……あのね、ルックスってあんまり関係ないんだよ。顔が良くてもクソみたいな性格のもいるでしょう?」


 クソみたいって……上原さんて意外と口悪いんだな。


「ま、まあ、いるねそういうの」


 僕はクラスの誰かさんを思い出した。


「私は学んだの。男は顔じゃない中身だって……あの頃は本当に分かってなかったなって反省しているの。それでね――」


 何か上原さんが熱弁を振るい始めた。これはいつまで続くのだろうか?


「――というわけなの」


 ちょっと話が長かったので正直あまり聞いてなかった。


「そ、そうなんだね。よく分からないけど」


 今日の上原さんは饒舌じょうぜつだ。映画を観てテンションが上がってしまったのかな?


「ぼ、僕ちょっとドリンク取ってくるよ」


「あ、私も行く」


「じゃあ、貴重品は置いていかないようにね」




 ドリンクバーの前で上原さんは目を輝かせていた。


「うわあ、下手なファミレスよりドリンクバーが充実してるね」


 ソフトドリンクからティーバッグ、ソフトクリームサーバーまで揃っている。

 上原さんは既にドリンク三つとソフトクリームをお盆に乗せている。


「タダなんだから色々と飲んでみないとね。遠山は何がいい?」


「僕は……コーラで」


 上原さんは新しくコップを用意しコーラを注ぎ始めた。


「あ、私トイレに行くから先にドリンク持って戻ってて」


「分かった。部屋の番号覚えてる?」


「うん、覚えてる」


 上原さんと別れ僕はトレーに乗ったドリンクを持って先に個室に戻った。

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