第26話

 映画を観終わってから上原さんのテンションが高い気がする。


 よっぽど映画が面白かったのかな?


「ま、楽しんでもらえてるならよかった」


 僕は個室のパソコンに向かいネカフェに置いてあるコミックの検索を始めた。

 

「そういえば……新刊発売されてたかな?」


 何冊か読みたいタイトルの新刊が出ているようなので後で探しに行こう。


 パソコンに向かい検索をしていると個室のドアが開く音が聞こえた。


「上原さんおかえり」


 上原さんが戻ってきたのだろう、僕は振り返らずにおかえりと彼女にひと声かけた。


 パタンとドアが閉まる音がした直後、背中全体を暖かくて柔らかいものに包み込まれた。


 上原さんが背中から腕を回し僕に抱き付いてきたのだった。


「う、上原さん⁉︎」


 背中に当たる柔らかい感触と上原さんの良い匂い。彼女の心臓の鼓動と息遣いを感じるほど密着している。


「ねえ、遠山……私が学校でも腕を組んだりしてるのに全然動じないよね。私って女性としてそんなに魅力がないのかな?」


 僕の耳元で吐息が当たるほどの距離で上原さんは囁いた。


「そんなことは……ない、よ。上原さんはとても魅力的だ」


「嘘、いつも平然としてる」


 その証拠に僕は今、かなり動揺している。

 上原さんの温もり、シャンプーや香水とは違う良い匂い、背中に当たる大きな胸の感触。全てが僕にとっては刺激的だ。


 上原さんの身体は肉付きもよくて柔らかい。高井は細身だから骨が当たるほどではないが上原さんほどではない。


 高井のお陰で少しは女性に対して免疫があるから、学校では上原さんのスキンシップでも流すことができる。

 でも、この個室では魅力的な上原さんに密着されてしまうと理性を保つので精一杯だった。


 僕は普通に性欲を持っている、ごく普通の男子高校生だ。セックスに不自由はしていないとはいえ、これ以上、上原さんにアクションを起こされたら拒めないかもしれない。

 セックスに不自由していないのと、今この場での性欲とは別の話だ。


「上原さん、防犯カメラでみられてるよ」


 そう告げると上原さんが背中から離れた。後ろ髪を引かれる思いであったのは否定できなかった。


「遠山、困らせちゃったね。ゴメン」


 振り返ると上原さんは申し訳なさそうにうつむいた。


「いや、いいんだ。上原さんの気持ちは分かってる」


 僕はラブコメの主人公のように鈍感ではない。

 上原さんが僕に好意を寄せているのは分かっている。彼女が何もアクションを起こさなければ僕は気付かないフリを通しただろう。

 でも、上原さんはこうして好意を隠さず行動してきている。ならば気付かないフリをするのは不誠実だ。

 ただそれが彼女の一時的な気の迷いなのかは僕には分からない。

 誹謗中傷を受けた時の吊り橋効果のようなものかもしれない。


「遠山……私のこと嫌い?」


 上原さんは自身なさげに呟いた。


「嫌いだったら今、一緒にいないよ」


「そうだよね……だったら少しは期待していいかな」


 上原さんのその言葉は僕に対しての質問なのか、独り言なのか判断はつかなかった。

 だから僕は否定も肯定もしなかった。いや……できなかったといった方が正しいかもしれない。


「あはは、なんか湿っぽくなっちゃってゴメンね。せっかく映画で盛り上がってたのにね……持ってきたコミック読もうかな」


 彼女は努めて明るく振る舞い、その場の空気を戻そうとしている。


「僕も読みたいコミックがあるから探してくるよ」


 一度この場を離れて気持ちをリセットした方が良いと思い僕は個室の外に出た。


 ふぅ……。


 僕は深呼吸をして落ち着くように努めた。

 実のところ上原さんに迫られて心臓はバクバクし密着されたことでたかぶってしまっていた。


 ――まあ、しょうがないよな。


 上原さんに迫られて何も感じない男なんてほとんどいないだろう。


 僕は落ち着くまでコミックを探しながら時間を潰した。


 

 その後、個室に戻った僕は上原さんとは何事もなく無難に会話をして時間を過ごした。



 ネットカフェで長時間滞在したこともあり、今日はそのままお開きになった。


 僕と上原さんは別の路線で帰るので駅前でお別れすることなる。


「遠山、今日は楽しかったよ。また遊びに行こうね」


「僕も楽しかったよ。洋服選んでくれてありが――」


 不意打ちだった。


 上原さんの唇が軽く僕の頬に触れた。


 人通りの多い駅前で大胆にもキスをしてきたのだ。


「おやすみなさい!」


 顔を真っ赤に染めた上原さんは、逃げるように駅へと走っていった。


 僕は頬に手を当て、走っていく上原さんの背中を呆然と見送った。



 上原さんと別れた後、僕は高井の家へ向かっていた。


 今日は高井と会う約束はしていない。


 僕は上原さんに迫られたかぶってしまい、それを解消できないままでいた。パートナーがいないなら自慰をして鎮めるのだろう。

 でも僕には都合の良いセックスをするだけの関係の高井がいる。だから会いたくなり僕は彼女の家に足を向けて歩いていた。


 家の前に着いたが、いきなり来られても家の人がいれば高井も困るだろう。


 僕はメッセージを送った。


『今、高井の家の前にいる。今から行っても大丈夫?』


 返信を待っていると高井の家に玄関の照明がともり、カチャリと鍵を開ける音が響きドアが開いた。


 開いたドアから部屋着の高井が姿を現した。


「佑希、髪の毛切ったんだ。それにオシャレになった」


 僕の姿を見た高井はすぐに気付いたようだ。


「あ、ああ……僕が余りに見窄みすぼらしい格好だったから上原さんが見兼ねてコーディネイトしてくれたんだ」


「そう……とても似合ってる」


 高井は僕の頭の天辺てっぺんからつま先まで見て、ひと言だけ褒めてくれた。


「あ、ありがとう」


 容姿など褒められたことが無かったから高井に褒められてとても嬉しかった。


「佑希、入って」


 僕は高井に促され玄関から家に入った。


「いきなり来てゴメン。なんか急に高井に会いたくなっちゃって」


「ん、別に誰もいないから大丈夫。私も佑希に会いたいと思ってた」


 高井がそんなことを言うのは初めてだった。だけど凄く嬉しい気持ちになり玄関先で高井を抱き締めた。


「部屋に行こう」


 高井が僕の耳元でささやいた。




 僕たちは何回か果て二人して裸でベットに横になっていた。


「今日は楽しかった?」


 そうだった……上原さんは高井に映画に行くことを話していたんだっけ。


「うん、映画面白かったよ」


 何か僕は高井に対して後ろめたい気持ちになり、映画に対して面白かったという意味を込めて返答した。

 僕と高井は都合の良い関係、だからそんなことを気にしなくていいはずなのに。


「そう」


 高井はそのひと言だけで他には何も聞いてこなかった。

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