第22話

 謹慎が明けてから上原さんが僕に対して積極的にアプローチしてくるようになった。

 具体的にいうとスキンシップが増えた。腕を組んできたりすることが多くなり、その度に胸を押し付けたりしてくる。しかも、場所を選ばないのでクラスで色々と噂になり始めていた。


「遠山、今度の休みにお出掛けしない?」


 放課後、図書委員の業務中に上原さんが話し掛けてきた。


「今は業務中です。それに図書室は私語厳禁ですよ」


 僕は図書委員らしく振る舞ってみせた。


「えー少しくらいいいじゃん。今は高井さんしかいないしさ」


 まあ、僕もクソ真面目な人間というわけでは無いので話くらいは構わないけど。

 今は高井がいつもの席で読書をしているだけだ。


「……分かった。それでどこに行きたいの?」


 最近はちょくちょく上原さんから遊びに誘われていたがいつも理由を付けて断っていた。

 断ってばかりでも悪いと思いお誘いを受けることにした。


「えっ⁉︎ 一緒に行ってくれるの?」


 また断られるのだろうと上原さんは思っていたような反応をした。きっとダメもとでいつも誘っていたんだなあと思う。


「いつも断ってばかりで悪いしね」


「やった! それでどこに行く?」


「どこか行く当てがあったんじゃないの?」


「いやあ、どうせまた断られるかなと思って考えてなかった」


 やっぱり上原さんはダメもとで誘っていただけなうようだ。


「それじゃあさ映画観に行かない? 私、観たい映画があるんだ。アニメだけどいい?」


「アニメでも別に構わないよ。今、上映してるのだと……もしかしてアレかな?」


 コミック原作ですごくヒットしてて、映画も興行収入が歴代ナンバーワンとか騒がれてるやつだ。


「もしかして鬼討きとうつるぎ?」


 僕は今話題のタイトルを挙げた。


「そうそう、コミック読んでてアニメも観てるから映画も行きたいなぁと思ってたんだ」


 そういえば上原さんは小説より元々はコミック派だったっけ。


「上原さんがアニメ観るとは意外だね」


 上原さんはラノベもイケるからアニメに拒否反応を示すようことは無いかもしれないけど、彼女のイメージ的に観なさそうに感じた。


「普段はあまり観ないけど、鬼討の剣は好きで観てたよ。遠山は鬼討の剣は観てた?」


「コミックはこの前ネットカフェで全巻読んだよ。アニメは観てないけど映画は観たいと思ってたから丁度いいかも」


「やった! じゃあ決定ね。映画すごい人気だし、早く席の予約しないと席無くなっちゃうから、次の日曜でいい?」


「なにも予定は入ってないから大丈夫だよ」


「じゃあ、映画の予約が取れた時間に合わせて待ち合わせ時間決めよ」


「そうだね、時間決まったらメッセージ送って」


「うん! 分かった!」


 上原さんは満面の笑顔で答えた。喜んでいる彼女の姿を見て今日は断らなくてよかったとつくづく思った。


 そんなやりとりをしている最中ふと視線を感じ、カウンターから上原さん越しに高井に目を向けると、彼女が僕たちのことをジーッと見ていた。僕の視線は上原さんの影に隠れて高井には見えていないようで、彼女にしては珍しく他人が気になるようだった。


 やったー! と振り返り、上原さんは高井の方へと駆けて行った。


「ねえねえ、高井さん! 鬼討の剣って知ってる? 今、ちょー流行ってるんだよ」


「タイトルくらいは知ってる。見たことはないけど、それが?」


「今度、映画観に行くんだ。すっごい楽しみ!」


「そう、楽しんできて」


 以前より二人の会話が成立していた。

 上原さんが進歩していないと言っていたが、ひと言だった会話が二言、三言に増えている。これは大変な進歩ではないかだろうか。


  高井と楽しそうに話している上原さんは、僕と高井がセフレだって知ったらどう思うかな? 悲しむだろうか……?


 そんなことを考えても意味のないことだと僕は胸の奥底に仕舞い込んだ。



◇ ◇ ◇



 上原さんと約束している日曜日、僕は慌ただしく部屋で支度をしていた。


 ――ヤバい! 着ていく服がない。


 お洒落に無頓着な僕は、他所行きの服などは持っていない。

 よく考えると女の子と二人きりで私服のデートは初めてだった。今までそういったことに縁が無かったので全く用意をしていなかった。


 高井とはセックスをする為に彼女の家に行くだけだ。二人きりで外出したことは一度も無い。


 ――まあ、無いものはないし普段と同じ格好でいいや。


 いつものジーンズにロンT、上にパーカーを羽織った。


 う〜ん、自分で言うのもなんだが地味だ。鏡を眺めて僕はやっぱり陰キャだなと再認識した。


 ――おっと、待ち合わせに遅れてしまう。


 僕は諦めることにして部屋を出て玄関に向かった。


「お兄ちゃん! どこ行くの?」


 玄関でスニーカーをはいてるところで菜希が声を掛けてきた。


「映画観に行ってくる」


「え? そんなの聞いてないよ?」


「出掛けるのに菜希にわざわざ言う必要があったっけ?」


「だってお兄ちゃんが休みに出かけるなんて初めてのことだし、気になるじゃない」


 いや……さすがに初めてではないと思うのだが。菜希は僕のことを引きこもりだと思っているのだろうか?


「ただ映画を観にいくだけだよ」


「それで誰と観にいくの?」


 教えるとついて行くとか言い出しそうだな……。


「一人で観に行くかもしれないよ?」


「ハッキリ言わないところが怪しい……。もしかして……オッパイ星人⁉︎」


 菜希の中で上原さんはオッパイ星人で認識されているようだ。


「オッパイ星人言うな。上原さんだ」

 

 あ、やべ……自分で相手をバラしてしまった。


「あーやっぱりそうなんだ! 菜希も一緒に行く!」


 予想通り一緒に行くと言い出す菜希。


「予約で席二つしか取ってないから菜希は来ても観れないよ」


「あーズルいぃ」


 菜希に構っているとこのままでは遅刻してしまう。


「分かった分かった、今度どこか連れて行ってあげるから我慢して」


「むぅ……我慢する」


 中学生とは思えないお子様ぶりだった。


「遅刻しちゃうしもう行くから」


 そう言って妹を置き去りに僕は駅へと急いだ。

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