第21話

 学校に復帰したその日の放課後に図書委員の当番が回ってきた。


 図書室に入ると宮本先生がカウンターで業務に勤しんでいた。


「宮本先生お疲れさまです。交代します」


「遠山くんお疲れさまです。久しぶりだけど業務内容は忘れていない?」


「はい、大丈夫です」


「それじゃあお願いするわね」


 そう言って宮本先生は図書室を後にした。




 返却されてきた本の棚戻しなどをしていると、やっぱり僕はここが一番落ち着く場所だと痛感する。


 本の放つ独特の匂い、そして書架に並んだ本に囲まれていると心が癒されていく。


 ――この場所に戻って来られて本当によかった。


 いつの間にか高井がテーブル席に腰掛け読書をしていた。図書室の奥で作業をしていたので彼女が来たのに気付かなかったようだ。


 僕は図書室で高井とは特に挨拶は交わさない。そのまま高井の横を素通りしカウンターに戻った。


 久しぶりに見る彼女の読書している姿。謹慎している一週間で足りなかったのはこれだった。


 図書室で落ち着くのは本の匂いと並んだ本、そして読書をする高井の姿を見ている時だ。


 僕は今、高井を抱きたいという感情でたかぶっていた。

 でも、嫌がらせを受けて発情していた時と違い心は平穏で下半身も治っている。


 ――抱きたい


 身体と身体で触れ合いたい、今はそういう気持ちでいっぱいだった。



「この本の貸し出しをお願いします」


 しばらくすると高井がカウンターにやってきた。


「返却は二週間後になります」


 僕は貸し出し処理をして本を差し出す。

 いつものやりとりだ。


「ありがとう」


 彼女はそう言って本を受け取らず、僕の手を取った。


「今日、家で待ってる」


 そして本を受け取り彼女はそう言い残し図書室を出て行った。


 僕から誘うつもりだった。でも今日は彼女と気持ちは一緒だったようだ。

 僕は少し嬉しくて笑みが溢れた。



「あれ? 高井さん帰っちゃうの?」


 図書室の外から上原さんらしき声が聞こえてきた。図書室を出て行った高井と上原さんがちょうど鉢合わせしたタイミングだったようだ。



「遠山、お待たせ! 返却にきたよ」


 声が聞こえた直後、上原さんが図書室に飛び込んできた。


「今、高井さんとすれ違ったけど、さっきまでいたんでしょう?」


 やはり予想通り上原さんは図書室を出ていったタイミングで鉢合わせしたようだ。今日は上原さんが遅く来たお陰で、高井と直接家で会う約束をすることができた。


「ああ、本を借りて帰ったよ」


「うん、すれ違ったから知ってる。今日は用事があってすぐに来れなかったから高井さんと話せなくて残念」


 この一週間上原さんは頑張ったけど高井はまだ彼女に心を開いてくれないそうだ。


 ――もうすぐ開いてくれそうな気がするけどね


 僕は上原さんを守ってあげてと言った高井のことを考えながらそう思った。



 僕はその夜、高井の家を訪れた。


「この部屋もなんか懐かしい気がする」


「十日くらい来なかっただけよ」


 週に何回も高井の部屋に来て会っていた僕にとって十日は長かった。


「僕にしてみると高井に会えなかった十日は結構長かったよ」


「そう」


 相変わらず高井は無表情でその感情をうかがい知ることはできない。僕に会えなかったこの十日間、彼女はなにを思っていたのか知りたい気持ちもあった。


「でも、佑希は頑張った。上原さんを守ってくれてありがとう」


 こうやって労ってもらえて僕は嬉しかった。謹慎を受けてまで行動した甲斐があった。


 高井は上原さんに対して心を開いているのだろう。そうでなければ他人に無関心な高井が守ってあげてなんて言うわけがない。ただ、高井は態度で素直に表すタイプではない。上原さんがそれに気付くことができるか心配だ。



 僕たちは少しお喋りをした後、お互い全裸になり抱きしめ合う。

 肌と肌を合わせるだけでも、こんなにも気持ちが良いなんて少し前には無かった。


 僕たちは恋人がするようなキスをし、恋人同士のように何回も愛し合った。



 僕たちは何回果てただろうか? 疲れて高井は眠ってしまった。


 すぅすぅと可愛い寝息をたてている高井の寝顔を眺めながら僕は思う。高井と肌を重ねる度に身体の相性がどんどん良くなっていく。これは僕たち二人のテクニックが上達したから? 


 それとも――


 僕が高井の身体に溺れ始めているから?


 だとしたら……そう考えると僕は怖くなった。

 このまま彼女から離れられなくなったら、僕はどうなってしまうのだろうと。気軽な関係だからこそ上手くいっているとしたら、僕は彼女の重荷になってしまう。


 私たちは都合のいい関係。高井はそう言っていたじゃないか。


「んっ……」


 高井が目を覚ましたようだ。


「今何時?」


 手元にあったスマホで時刻を確認する。


「えーと……七時半くらい」


「そう……まだ時間大丈夫?」


「うん、一時間くらいなら」


「それじゃあ、もう一回しましょう。私が大きくしてあげる」


 そう言って彼女は布団の中に潜り込んだ。


 僕はこのまま溺れてしまうのだろうか? これではダメだと分かっていても結局その誘惑にあらがうことができなかった。

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