第20話

 校門付近で合流した上原さんと並んで僕は久しぶりに教室の前に立っている。


 僕は今まで目立たないように過ごしてきた。矛盾しているかもしれないけど目立たないから目立っていたと言っても差し支えない。

 だからクラスで人気者の上原さんと仲良くしているだけで目立ってしまった。


 あのようなことがあった後だ、その目立つ僕が謹慎処分を受ければ更に目立つことこの上なく、腫れ物に触るような扱いを受けるだろう。


 毎日通っている教室に入るだけなのに緊張する。

 普段からクラスメイトに陰キャだ地味だ言われ、好奇の目に晒されるのには慣れているがそれでも今は教室に入るのを躊躇ためらう。


 未だ中傷誹謗を書き込んだ連中は何食わぬ顔で教室にいるのだ。火種が残っている以上、再び炎上する可能性がある。

 

 僕が教室の前で色々と考え逡巡していると不意に左手が暖かい何かに包まれた。


「遠山、大丈夫だよ。私がついてる」


 上原さんが僕の手を握り締めていた。


「上原さん、ありがとう」


 その柔らかくて暖かい手を離し僕は意を決して教室に入った。


 教室に入ると僕の姿を認識した生徒たちの注目が集まり、始業前でざわついていた教室が静かになる。

 僕だけでなく上原さんも続けて教室に入ってきたことで更なる注目を浴びた。


「見ろよ、上原さんも入ってきたぞ。一緒に登校してきたのか?」

「もしかしてあの二人は付き合ってるとか」

「いや、それは無いだろ」

「でも分からないぞ。遠山が上原さんを助けたって聞いたし」


 僕はヒソヒソと話すクラスメイトの注目を浴びながら自分の席まで歩いていく。

 まあ、色々言われるだろうとは思っていたけど、そういう話が好きだよな。

 人は想像する動物だからクラスの連中もグループチャットの書き込みに踊らされて色々と想像していたのだろう。


 そんな感想を抱きながら自分の席の前に立った。


「佑希……お帰りなさい!」


 千尋は満面の笑みで僕を出迎えてくれた。


「千尋ただいま。迷惑を掛けちゃったね」


「ううん、そんなことないよ。色々とあったけどお疲れさま。また今日からよろしくね」


 千尋の笑顔を見れただけでも帰って来れてよかったと思えた。


「遠山、大変だったな。話を聞いた時にはビックリしたけど上原さんを守ったなんてカッコイイじゃん。見直したよ」


 ポンと僕の肩を叩き、じゃあなと立ち去っていったのは話したことも無い男子生徒だった。

 それを皮切りにチラホラと僕に話し掛けてくる生徒が数人いたが皆好意的だった。


「遠山がなんか人気者になっちゃった? 私、妬けちゃう〜」


「上原さん、ほらアレだよ。時の人が現れたから好奇心で声を掛けてきたんだよ」


 好意的に話し掛けられ、ちょっと恥ずかしくなった僕は適当な言い訳をして照れ隠しをした。

 こういうのには慣れていない、どう反応していいのか分からなかった。


「上原さん、もうすぐホームルーム始まるから席に戻った方がいいよ」


 僕は上原さんに席に戻るように促しつつ高井の席に目をやる。すると彼女は視線に気付いたのか僕と目が合ったがすぐに前を向いてしまった。


 少しは心配してくれているかなと思ったけど、高井から表情からそう言った感情を伺うことはできなかった。


 ――相変わらず高井はブレないな。


「遠山、また後でお話ししよ」


 上原さんが自分の席に戻ろうとドア付近に差し掛かった時、彼女は不意に足を止めた。


 教室のドアから入ってきた倉島と上原さんは偶然にも鉢合わせてしまったのだ。

 倉島も今日から登校だったのをスッカリ忘れていた。


 硬直したように動かない上原さんを恨めしそうに睨む倉島。


 上原さんにとって倉島は恐怖の対象でしかない。


 ――クソッ! なんてタイミングが悪いんだ。


 僕は心の中で悪態をつく。


 倉島はそのまま不機嫌そうに教室の中を自分の席に向かって歩いて行った。


 僕はホッと胸を撫で下ろす。

 謹慎が解けたばかりで倉島が何かをする訳がないとは思うが心臓に悪い。

 こんな状況が続くのかと思うとウンザリしてくる。


「上原さん大丈夫?」


 僕は硬直している上原さんに駆け寄った。


「う、うん大丈夫。そのうち慣れると思う」


 そう言って自分の席に戻っていった上原さんの表情は冴えなかった。


 倉島の席の周りには集まってくる生徒が少なからずいた。当然その取り巻きの中に谷口もいる。

 倉島の評判は今回の一件で地に堕ちたというわけでは無いようだ。


〜 昼休み 〜


 謹慎明け最初の昼休みはいつもの僕の周囲の様子が変わっていた。


 何が変わったかというと、上原さんの友達の相沢美香あいざわみかさんが

なぜか机を並べて僕たちと一緒に昼食を食べているのだ。


 相沢さんは腰までありそうな長い髪をツインテールにしている小柄な女子だ。見た目はクリッとしていて可愛く胸は控えめで、彼女には失礼だが一見すると中学生くらいに見えなくもない。

 だが言動は見た目に反して大人っぽい。


「遠山はさ見た目と違って随分と血の気が多いんだね」


 相沢さんは開口一番物騒なことを言ってくる。


「そ、そうかな……」


 これに関しては例の一件の時の自分の行動を思い出すと反論できない。


「あの時の遠山の怒りようは尋常じゃなかったからね」


 どうやら相沢さんは下駄箱の一件の時、近くにいて目撃していたようだ。


「あ、私は遠山を責めてるわけじゃなくて、むしろ感謝してるんだよ。麻里花を守ってくれてありがとうって」


 上原さんの親友である相沢さんは何もできなかったけど遠山がいて助かったと言ってくれた。


「そうだよ、遠山はあの時本当にカッコ良かったんだから」


 上原さんがベタ褒めしてくれているが、自分的にはただキレ散らかしただけでカッコイイとは到底思えなかった。


「麻里花ってばここ一週間は毎日遠山の話ばっかりだよね。麻里花にとって遠山は白馬の王子様みたいだ」


「ち、ちょっと美香ってば、なんで毎日話してるなんて言っちゃうのよ。もう……」


 うーん……なんとも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。上原さんは自分が守ってもらったと僕を神格化しているのか好感度が上がっているようだ。


「僕としては割と恥ずかしい黒歴史になるんだけどね」


 謹慎処分なんて自慢できることじゃない。


「遠山、これからもアンタが麻里花を守ってあげてね」


 相沢さんは倉島をチラリと見やり真剣な眼差しを僕に向けた。


 僕は無言で頷く。


 それを見た相沢さんは満足そうに微笑んだ。


 何事もなければいいんだけど……僕はチラリと倉島たちに顔を向けずに目だけで追った。


 倉島と谷口は同じグループを形成し、こちらに敵意を向けているように感じる。


 僕は気付かれないようすぐに彼らから目を逸らした。


 ――このまま平穏に過ごすのは難しいのかな。


 彼らの敵意を感じた僕はそう感じ不安を覚えずにはいられなかった。

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